戦いのゴングが叩かれた
索敵により、オーク大将の気配はしっかりとらえている。
はは、まだ赤黒い。
強くなったのに、まだ差は埋まらない。
なんで……なんで今日なんだよ。
せめて後1週間あれば、いや、あと1日あればもっと別の戦い方があったのに。
作戦は考えている。それが決まれば勝てる。
でも……一歩間違えたら死ぬ。
そんな戦い方だ。
他に、他にもっといい手段はないのか?
考える時間がないのはわかっている、僕に攻撃をしかけたオーク達が本陣に戻る前に決着をつけないといけない。
そうだ、買い物スキルだ!
買い物スキルで買い物するついでに時間を稼いで、何かもっといい手段を――
【戦闘中は買い物は発動できません】
ぐっ、戦闘中でもここは安全圏だろう……いや、そうじゃない。
僕の心が、ここが戦場だと判断しているんだ。
なぜなら、さっきから体の震えが止まらない。
なんだかんだ言って、ここまで僕は格上との戦いは全て逃げてきた。
臆病なのだ。
……いや、そういえば一度だけ、格上相手に戦ったことがあったな。
僕がまだブラックバスだったときだ。
ロッシュクラブ、今となっては雑魚でしかない岩蟹相手に、だが、僕にとっては強敵であるあいつに、子供を守るために戦った。
結果は勝ったんだが、あの時、僕は自分の子供を犠牲にした。
思えば、あの時からかもしれない。格上との戦いを絶対的に避けていたのは。
自分の領分をわきまえるようになったのも、あの時からだろう。
勝てない相手とは戦ってはいけない。
そう思ってきた。
「あぁ、そうか」
失うのが怖かったんだ。
自分以外の誰かを。
ならば――今、僕が負けて失うものは何がある?
HP? 僕の命? くだらない。
そんなのノーチェを――僕の愛する彼女を失うことに比べたらどうだっていうんだ!
気が付くと、僕の震えは止まっていた。
「よし、行くか!」
【スキルポイントを1支払い――】
絶対に必要なスキルを入手する。
戦いの中では役に立たないが、エルフ達を、ノーチェを守るには絶対に必要なこのスキルを。
正直、これは使うかどうかずっと迷っていた。
でも、やっぱり後のことを考えたら、これは今、入手しておかないといけない。
頭上の壁を見つめる。
オーク大将のいる場所に穴を空けることはできないし、このあたりは地盤は薄いけれど丈夫なため、意図的に地盤沈下を起こすこともできない。
最初は正攻法で行く!
「なんてするわけないだろ」
あくまで僕は弱者だ。正攻法で勝てるわけがない。
だから、大きく息を吸い込み、
――ミニドラゴンブレス!
岩を熱した。
岩が赤く熱せられていく。
限界まで熱した後、再度大きく息を吸い込み、
――ミニドラゴンブレス!
岩の温度がさらに上がっていき、赤く染まる範囲が増えていく。
同時に周囲の熱も上がって行き、快適な環境になっていく。
再度息を大きく吸い込み、
――ミニドラゴンブレス!
あまりの高温に岩が溶け始める。
これぞ、丸秘必殺技、焼き豚地獄!
オークといえば豚! この世界ではオークは豚じゃないけれど、これで焼き豚になりやがれ!
喰えたもんじゃないけどな!
そう思った、その時だった。
天井が、大きく割れた。地割れなんてなまやさしいものじゃない。
割れた天井の先に、そいつがいた。
【オーク大将:HP2910/3041】
ぐっ、HPが130しか減っていない。
「ぐうぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
あ、怒ってる?
雄叫びを上げているオーク大将を見て、さっきまでの僕なら恐怖しただろう。
だが、今は別のことを思っている。
いいのか、そんな無防備な状態で?
僕は内心そう呟くと、飛んだ。
飛行補助! 急浮上! 猪突猛進! 体当たり! そして、竜の角による角攻撃!
奥儀ヴィンデ対空砲――!
心の中で必殺技を叫び、僕はオークの心臓目掛けて飛んだ。
そして、それは成したと思った。
奴の、笑っている顔を見るまでは。
ウソだろ……角が、通じない。
僅か数センチしか入って行かない角、僕の角攻撃は奴の身体を浮かせるほどの力が加わっているというのに、なんで通じない。
地上に出た僕が見たのは、燃える天幕と逃げ惑うオーク兵、そして目の前にいる強靭な肉体。
【オーク大将:HP2820/3041】
僕の必殺技をもってしても、オーク大将のHPは1割も減っていなかった。
これが、絶望的なステータスの差。
【称号:無謀な挑戦者を取得した】
戦いのゴングというには、あまりにも辛いメッセージとともに、僕の本当の戦いは始まる。
【無謀な挑戦者:圧倒的な強者相手に先制攻撃を仕掛けた者の称号:幸運を除く全能力+3】