01
月だった。
真っ赤に染まった月だった。夜でもないのに空に浮かぶそれを形容する言葉は他に見当たらなくて、ぼろぼろと崩れて欠けていく様は、月の満ち欠けそのものを体現しているかのようだった。
ぼろぼろ、ぼろぼろ。
剥がれて、砕けて。
赤が滴った。
*
乾いた金属音が聞こえたような気がして、ロニ・バルフォアは目を覚ました。
「ん……」
瞼が重い。視界がぼやける。
いつの間にか眠っていたらしい。目を擦って顔を上げると、向かいの席で連れの男が頬杖をつきながら眠っている姿が見えた。
ロニは膝にかけていた上着を隣の席に置き、緩んだ首元のクラバットを締め直して佇まいを正す。しかしグレーのスーツパンツに寄ってしまったシワまでは何度伸ばしても元に戻らなくて、脱いでいた膝あたりまであるロングブーツを穿いても、ぎりぎり隠れなかった。
──スカートなら苦労しなかったのになぁ……。
心の中でロニはぼやく。
好きでこんな男のような格好をしているわけではない。
上から支給された制服が、襟付きのシャツとクラバット、黒いジャケット、グレーのスーツパンツとロングブーツのセットしかなかったので仕方なく着用している。
身長は一七六センチと女にしては高めで、声色も可愛らしいとは言えないから男に間違えられる事もしばしば。
性別を間違われるのは業腹だ。が、今は投げ出す時ではない。
人は犠牲なしに前進することはできない。
ロニの持論である。
この制服に袖を通したその時から、首輪を付けた時から、ロニはあらゆる不遇も甘んじて受けると決めた。制服を脱ぐ時が、首輪を外す時が、自分が目的を果たした時だから、それまではあらゆる理不尽に向き合おうと。許すかどうかは別として。
ロニは車窓を開けて外を眺める。