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第三話「Mercilessness」

「ま、待って、ください・・・!本当に・・・速い・・・!」

駅舎構内の階段を、ソアーは駆け下りていく。

ようやく下り始めるまで辿り着いた彼女に対して、前方を往く異貌は遥か先、もうすぐ段差の終わりに差し掛かっている。

出来るだけ速く、出来るだけ慎重に。

ソアーは階段を一段一段踏み鳴らすように降下していく。

年齢と言う、時間の経過は残酷だ。

特に持久力と呼ばれる物は、それが顕著に表れる。

19歳から38歳になったソアーには、それが自身を襲う重い疲労として感じていた。

かつての自分もまた運動の類はそれほど得手とは誇れなかったが、これ程までではなかった。

これからは自身の能力とも向き合わなくてはならない。

もう決して、「若い」とは名乗れないソアーが心にそう刻みながら、異貌を追う。

あの者は既に階段を下りきり、その先へと消えていった。

「待って、てくれて・・・いればいい・・・のですが・・・!」

全身を覆う装備から、異貌の年齢は定かではない。

そして、彼か彼女か、それ以外なのか。

いずれにせよ、自らと根本的な身体の造りが違うことを、ソアーは直感していた。

この世界にはどれほどの人種が存在し、どれほどの人間が暮らしているのだろうか。

そして、それらが織りなす社会とは。

ソアーが元々籍を置いていた世界において、人類史と人種差別は無関係では無かった。

自身はセオロ人種と呼ばれてる存在らしい。

決して自分がこの世界においての優良人種であることを望むわけではないが、無意味に無慈悲に虐げられるのは避けたい。

「はあ・・・見えてきました・・・!」

ようやくソアーが階段を下り終わる。

そこからそう遠くない場所に駅舎の出入り口、そしてその向こうには異貌が佇んでいた。

異貌の背景は夜空。

下り坂になっているのだろうか。

「はあ・・・ああ・・・ごめんなさい・・・っ!」

ようやく異貌に追いつき、その横で待たせた謝罪するソアー。

肩を上下させて、荒い息を吐く。

彼女を尻目に、異貌は親指だけを曲げた独特の仕草で眼前を指した。

それに釣られて、それが示す方向を眺めて、ソアーは尖帽の鍔を持ち上げながら目を丸くした。

「す、すごく・・・綺麗です・・・!」

二人が立つ場所を頂に、下り坂一面に街が広がっている。

所々に灯り。

その先は、広大な水面、その終わりは水平線。

海か湖だろうか。

宵が深い所為か、灯りの数はそう多くはないが、それでも情緒溢れるものには変わりない。

つまりソアーは、丘の上から港町の夜景を眺めているのだ。

大きな街だ。

人と物の交差は土地の繁栄を約束する。

そこが交通という観点から見て都合が良いなら尚更だ。

かつて彼女が暮らしていた島国もまた、主要な都市部は海に面した場所に集中していた。

「写真を残したいくらい綺麗です!この世界で初めて訪れた街が、こんな素敵なところで嬉しいです!」

疲労を忘れて、まるで子供のようにオオカミの魔女が燥ぐ。

その様子とはまるで無関係を装うことの如く、異貌が真っ直ぐと下り坂に足を進める。

「こんな綺麗な夜景を見たら、ちょっと疲れが吹き飛びました!残りもこのまま頑張れそうです!」

ソアーは急ぎ足で、異貌の横に並ぶ。

彼女の顔には宵に輝く笑顔。

大きさが揃っている石畳の下り道、その端を並んで歩く。

下り坂の隠し刃、制動を効かせながら歩かなければならない動きに、笑顔が曇り、言葉が虚偽になるのは、時間の問題だった。


「こ、此処ですか・・・?」

外套の上から膝に手を当てるソアーが顔だけを上げて前を見据える。

異貌が通りに面した格子状の門を開け、さらにその奥へと進んでいく。

それは箱に近い形をした巨大な黒煉瓦の建物だった。

その入り口の上には、二重の円に一本の棒のようなシンボルが描かれている。

この荘厳を匂わせる佇まいは、正しく宗教的な目的の為に設けられた建造物だろう。

教会、間違いない。

自身の憶測が的中したことと異貌が此処に関係を持った人物であることを、ソアーは安堵を以って噛みしめた。

「ん・・・!」

ソアーが力を振り絞り、異貌へと駆ける。

「もしかして・・・言葉が通じていますか・・・?」

横に並んだソアーは、眼前に向かって幾本の角が生える仮面に呟くが、これまでと同様に答えは無い。

『答え』がないのか、『答え』たくないのか。

表情が読み取れない顔面では、その本意を窺うことはソアーには出来なかった。

「勝手に開けちゃっていいんですか?」

異貌が教会の入り口、閉じられた両開き扉の、右の取っ手に手を掛けて奥へと押した。

二人が立つ、二つの月明かりに照らされた扉の前に、内部の光が差し込んだ。

光源が灯されている。

この時間でも誰か起きているのだろうか。

人が一人通れるくらいだけに扉を開けた異貌は、無言のまま進入していく。

この場所の人間と異貌は見知った仲なのだろうか。

或いはどのような場合でも要求を通すことが出来る程の高名な僧侶なのか。

「ごめんください・・・」

生憎、そのどちらも持ち合わせていないソアーは、挨拶を転がしながら内部へと足を運んだ。

両の手で掴んで、両の目で確認して扉を閉めることも忘れない。

こういう時に物を言うのは礼節だ。

場所が場所ならさらに、だ。

「すごいですね・・・厳かっていう言葉似合います・・・」

数歩先の異貌を追うように、ソアーは足を進める。

そこは高い天井の大広間だった。

表は煉瓦だったが、内部は白い壁一色だ。

規則正しく並ぶ同じ白の四角柱が、この場所の出で立ちを際立たせている。

広間の奥に見えるのは、何かの花と作物の穂が捧げられた壇。

此処は礼拝間だろうか。

椅子は無い。

この教会、延いてはこの宗教は座って祈りを行うものは無いのか。

「――――」

不意に、老年の男の声。

異貌が歩みを止め、ソアーはそれに釣られた。

並ぶ柱によって見通しが利かない広間。

その柱の一つの後方から、一人の男性が現れ、前方の異貌へと声を掛けた。

ソアーが見知った、かつての世界に一種類しか存在しなかった「人間」の形だ。

身長は異貌よりも頭一つ低い。

頭髪はほとんど生えておらず、褐色に近い顔面には皺と染みが刻まれ、さらに眼鏡。

かなりの高齢だろう。

だが、「枯れている」という印象を抱かない。

むしろかなりの精力的な人物に見受けられる。

それは異貌に向けるその顔が、若者のようなさわやかな笑みだからだろうか。

体には異貌とは別種の、所々に染色が施されている白いローブを纏っている。

称号や役職などで色が違うものなのだろうか。

「――――」

「――――」

件の一礼の後、老年が何度か言葉を発するが、異貌は無言のままだ。

それでも老人の表情は変わらない。

さらには、意味は理解できないが、同じ言葉を繰り返し発していないのは、尖帽の穴から出ているソアーの立ち耳が判別している。

相互的な会話を用いなくとも気心が知れた仲なのか。

或いは異貌は魔法のようなもので言葉を紡いでいるのか。

「もしかして・・・ずっと私に魔法で話しかけていたのでしょうか・・・?」

ソアーの表情が目に見えて曇る。

異貌はこちらの事情など知らないだろう。

魔法を使うことが出来ない魔女であることなど。

もしやあの者は自分に無視されながらも、ここまで案内してくれたのでは。

あちらが口から言葉を発せない理由は定かではないが、それを感知できなかった自分が失礼に当たるだろう。

尻が下がった化粧眉の下、ソアーの双眸がこちらに笑みを向けた老人を捉えた。

「あ、あの・・・」

「――――――」

「ごめんなさい・・・言葉が分からないんです・・・」

「そう、でしたか。失礼、しま、した、ご婦人」

「っ!!」

ソアーが驚愕する。

片言である上に抑揚の調子が外れているが、確かにそれはソアーが発するものと同じ言語だった。

「この言葉が分かるんですか!?」

「前、に、少し、だけ学び、しました」

「良かった、です!通じて!」

相手がこの言葉に未熟なのを考慮した上で、若干の言葉の明朗を付け加えて、ソアーが喜ぶ。

久方ぶりの会話にソアーの目には薄らと透明な液体が滲んでいた。

会話と言う行為がここまで感動的なものだったことが、初めて感じられた。

これもソアーをこの世界招待したあの人物が語っていた、「経験」なのかもしれない。

「さあ、立ち、話、はやめて、こちらへ。今、から、でも飲みも、の、くらいなら、出せ、ます」

老人は、此処への道のりの際に異貌が採った行動と同じ、親指だけを曲げた指し手を礼拝堂の横へと向けた。

「あ、あの・・・」

「なんで、しょう?」

ソアーの再び影を帯びた表情に、老人は変わらぬ笑顔で応えた。

「もしかして、あの方は、今まで私に、魔法か、何かで、話かけていたのですか?」

ソアーが指名する「あの方」とは異貌だ。

その意味を老年は感じ取ったのか、振り向いて何言か、先ほどから微動だにしない仮面と兜の者に投げかけた。

そして、もう一度ソアーに向き直る。

「先、ほど、あの者、と、私は、魔法、の、話、にて、話し、ましたが、ご婦人、には、話し、をして、いなかった、ようです」

「そうですか、良かったです・・・」

ソアーが苦笑いを作る。

懸念は異貌の不愛想で杞憂に終わった。

駅舎のホームから此処までの道のりの中で感じた優しさは、どうやら思い込みに近いものだったようだ。

「さあ、こちらへ」

老人がソアーに顔を向けながら先導する。

彼女はその後ろをついていく。

さらにその後方を、異貌が無言で倣った。


「どうぞ、飲ん、で、ください」

「ありがとうございます」

長テーブルの前に座るソアーの眼前に、老人が陶器の器を差し出す。

上部が歪な円、注ぎ口のようなものが設けられている。

ソアーの中で想起される。

これは鼻口部が伸びた有毛人種の為のものだ。

中には透き通りを持たない黄色味を帯びた白の液体。

何かの乳だろうか。

獣人種の魔女をもてなした老人は、彼女と向かい合うように席に着く。

ソアーと老人が腰を落ち着かせているのは、長方形に近い形をした長テーブルの丁度真中付近。

「・・・」

ソアーが横目で異貌を窺う。

あの者は長テーブルの端、老人側、ソアーの位置から右に当たる場所に着席している。

相変わらず微動だにしない。

異貌に対して眼前に当たる位置には、彼女と同じものが宛がわれている。

だが、それに手を付ける雰囲気は全く以って皆無だ。

「・・・」

その視線を動かし、ソアーは自身が通されたこの部屋を見渡す。

長テーブルとその下に差し込まれた沢山の椅子。

此処は食堂だろうか。

壁は礼拝堂のように白一色だ。

この宗教の原則の内の一つなのだろうか。

ソアーが知っている宗教施設は、内部に教義を伝えるための内装や絵画や文様が描かれている物が大部分だった。

「セオロ、の、ご婦人に、は、『ライメーレア』の、教会、は、珍しい、でしょう」

「あ!はい!そうですね・・・」

老人の言葉に、ソアーが取り繕うように話を合わせる。

珍しいのではない、初めてだ。

だが、これは胸の内に秘めていた方が無難だろう。

ソアーの嘘は、そこから導かれて弾き出されたものだった。

『ライメーレア』とは、この教会を擁している教えだろうか。

老人の弁では、セオロの人間はこの宗教とは縁が遠いらしい。

言葉はもとより、この世界の知識もまた、早々に学ぶべきだろう。

「それにしても、セオロ、の、『新古典派』、の、魔女、も、珍しい、ですね。よく、『新古典派』、は、『カーエナ』と、大体、なって、ます、が」

老人がソアーが着込んでいるつなぎ服を眺める。

外套は出入り口の横、壁に設けられた鍵の様な形をした突起に掛けられている。

「ああ・・・はい、そうですね」

ソアーが目一杯の愛想を込めた笑みを作る。

その裏は、焦燥。

知識と習慣を伴わない世間話は苦痛以外の何物でもない。

そこに厚意が感じられるならさらに、だ。

そこに隠し事を秘めているなら尤も、だ。

「旅、を、して、いる、の、ですか?此処、に、立ち寄った、のも、今日、の、ベッド、を、欲しい、ですか?」

「は、はい!どうか、一晩、泊めて欲しいんです!でも、お金は・・・ありませんが・・・」

ソアーが恥にも懺悔にも似た萎びた顔つきを作る。

衣服の下で張り巡らされた感触、自身の尾が自身の意思とは無関係に垂れ下がったことを、彼女の意識は感知した。

「気に、しないで、ください。最初、から、お、金、は、いりません」

その言葉と共に、老人が自分の胸の前で掌を掲げる。

それはソアーにとって見慣れた動作だ。

彼に言葉を教えた人物は、言語と共に僅かばかりの手標も伝えたようだ。

「ありがとうございます・・・」

「私、は、此処、の、教会、主、の、リウシェー=ガウラー=ハウジャ、と、名前、です。お、疲れ、でしょう。部屋、に、あ、んない、します」

「私は、ソアー、と言います」

「珍しい、です、が、素敵、な、お、名前、ですね。どうぞ、こちらに」

老人が立ち上がる。

「ありがとうございます、その前に」

ソアーは眼前の器を手に取ると、その中の液体を喉に通した。

自身に宛がわれたものを、無駄にするには忍びない。

行為と共に脳裏に浮かぶのは、この世界の礼儀の一つ。

セオロの女性において、差し出されたものにあえて手を付けないのも、あえて口に含むのも、失礼には当たらないらしい。

『彼』の贈り物に胸中で感謝しつつ、ソアーの身体に飲料は進入していく。

やはり少々の独特な臭みを感じるこれは乳だ。

それとは別に酸味を孕んだ甘さ。

何かの果汁、或いはすり潰した果物そのものだろうか。

ソアーがテーブルに置いた器の中は空になっていた。

ソアーが椅子から立ち上がる。

「ありがとうございます」

「いえいえ、さあ、こちらに」

「その前に、あと一つだけ・・・『ホシコ』という、人を、知っていますか?」

「・・・いいえ、記憶に、無い、です」

リウシェーの薄らと困窮を告げる表情に対して、ソアーはその真意を見定めることが出来なかった。

少なくとも、今が『然るべき時』ではないことは確かだ。

しばらくは自分の意思と行動だけで生きてみよう。

彼も、『ホシコ』もそれを望んでいるのだろう。

「・・・すいませんでした。なんでも、ありません」

「さあ、どうぞ」

馴染みとなった手標で促され、ソアーは歩き出す。

その動きの中で、ここまで会話に加わらなった異貌を目線だけで伺う。

相変わらず、異貌は身動き一つ取らなかった。

そこにどんな思惑があるのかもまた、ソアーには判別できなかった。


「部屋に送り届けてきましたよ、『猊下』」

食堂に戻ってきたリウシェーが開口一番に、異貌にそう告げた。

それは彼らがよく見知った、ソアーの知識が及ばないこの世界の言葉だ。

「そうか」

『猊下』と呼ばれたその者は、この時になって初めて仮面の下から言葉を発した。

その声の主があえて低く抑えつけているが、確かに若い女性のものだ。

いまだに『猊下』は、椅子に腰を下ろしたまま動かない。

老年の教会主は彼女と向かい合うように座る。

「それで、『猊下』。あのご婦人は?」

「先ほどお前に教えた通り、駅のホームで無様にあぐねいていたから此処に連れてきてやっただけだ。それ以上の、知った仲ではない」

「あのご婦人の言葉。私はアウテオンに、あれは『ザズボー』の部族の一つにだけに伝わる言葉だとして教わりました」

『ザズボー』とは、水生亜人種、遠洋に住まう回遊住性の鮫魚人を指す言葉だ。

『ザズボー』と『セオロ』の関わり合いは、皆無と称しても過言ではない。

「あれ程巧みに、ザズボーの言葉を操るセオロのご婦人とは珍しい限りです」

「何が言いたい?」

「『猊下』は、あの言葉をご存じで?」

「知るか。あんな耳障りな言葉など」

彼女の発する言葉に嘘は無い。

セオロの魔女と異貌に直接的な面識は交わっておらず、あの者が発する言葉を理解できる知識もまた持ち合わせていない。

そもそも彼女が知る、あの言葉を操る人物は、一瞬にして言語など習得できる能力を持ち合わせていた。

『君が何を話しているか、自分が理解できて、君と言葉が交わせるように』という思慮と共に。

「『猊下』は・・・ご婦人が仰っていた、『ホシコ』なる人物の方は、ご存じで?」

「何を勘繰っている?」

「いえ、それほど多くは。ただ、8年前に成し遂げられたとされる『救世』。そこで活躍した、かつて『猊下』が属していた『九人の英雄』の中、『無名の英雄』と呼ばれている二人の内の一人。その後に制定された『鎮世巫女』。そして、『猊下』がその責務や職務に背を向け、遊歴の修行僧侶に扮して各地に旅をしていらっしゃることに何か関係しているのかと」

「・・・阿保が」

にやけた笑みを浮かべる老年の教会主に対して、彼女は短く悪態を突いた。

これだから、この切れ者の年寄りは嫌いだ。

あれこれ詮索してくる性分なのに、散々に渡って「直接自分の下に就け」と催促しても、拒否する癖に。

情報通の傍観者を気取ることが、この歳になっても恰好が良いとでも考えているのか。

だから男は好きになれない。

かつて、『九人の英雄』と言う言葉で繋がれた仲でも、振り回されたのはセリルと自分が主で、「振り回していた」のは『異界の魔法剣士』を始めとした男連中だった。

もっとも、セリルと自分の「家庭」は、共に母権制の家柄。

このような出歯亀がしゃしゃり出てくるなら、簡単に処分できる風習と習慣の下地はある。  

だが、セリルの「家庭」は熾烈を極める家督相続抗争の渦中、自分の「家庭」は病床に伏した第一皇女を出し抜き、悪女を地で行く第二皇女の『あの女』が実権を握りつつある。

それ以前に、何かにつけて癪に障るが、聡明な頭を持つこの老人を、簡単に切り捨てる考えは無い。

「お前に話すことなど何も無い。お前が口を挟むことでも無い。今日は旅で疲れた。部屋に案内しろ」

「そのことですが・・・『猊下』・・・」

「何だ?さっさと言え」

老年の教会主は茶目っ気を含んだ、さも極まりが悪そうな顔を作って述べる。

「いつもは『猊下』の為にご用意しているお部屋ですが・・・今日はあのご婦人に貸し与えてしまいました」

「・・・」

「さらに、最近になって修道侍女を一名、新しく迎え入れましたので、生憎空き部屋が一つもございません」

「・・・」

「このような、色々と枯れ果てた爺でよろしければ、自室のベッドにて添い寝致しますが。いかがされますか?」

「・・・お前。私がその気になれば、お前の首などいつでも簡単に刎ねられるぞ?」

『猊下』の言葉は真実だ。

彼女と老人では、その身を置く地位に雲泥の差がある。

「存じておりますよ?ですが、『猊下』にその気はないのでしょう?」

リウシェーの言葉もまた真実だ。

彼女にとって眼前の人物は、一時の感情で潰せはしない掛け替えのない友人だ。

8年前。

『救世』を遂げた『九人の英雄』が、それぞれの道を歩み始めた時から。

「・・・此処でいい。毛布くらいはあるだろう?すぐに用意しろ」

「かしこまりました、『真珠姫猊下』」

「その名で呼ぶな。本当に首を刎ねるぞ」

「それは怖ろしい!『猊下のように』はなりたくはないので、早々にお持ち致します!」

軽口交じりのリウシェーが食堂を立ち去ると、『真珠姫』は自身の仮面を、そこに繋がった兜ごと脱ぎ、テーブルの上に置いた。

片手ずつ、手袋も外し、兜の横に並べる。

剥き出しの素手。

その造形は正しく年頃の女性のものだが、いまだに消えることのない、そこに蔓延る激戦の証が痣となって残っている。

まるで、両手の主の時間が8年前から止まっていることを告げるように。

嘲笑うかのように。

「結局、私は、いまだホシコに振り回されているわけか」

彼女が、兜の前、自身に手向けられた陶器の容器を掴む。

そして、その中の液体を『直接』、食道へと流し込んだ。

果物入りの乳飲料は、8年前に『テンゲン=ホシコ』と名乗る男に、この世界の食材で作成したものを薦められてからというもの、彼女の大の好物だ。

その味に、そこに秘められた思い出に囚われた『真珠姫』が、乳と果物の配合率、つまりはレシピだけをリウシェーに教え、此処に立ち寄った際に作らせているのだ。


続く

何やら思わせぶりな文章が続きましたが、この作品はいわゆる「バトルもの」ではありません。

展開の一要素として繰り広げられるかもしれませんが、それ一辺倒になることは無いかと思われます。

それはさておき、次回はTG(TSF)系における序盤の山場、「変化した自身の裸体を観察」です。

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