お面
盗作・無断コピーは強制禁止
「ねぇ、お母さん!一回だけ引いてもいいでしょ?」
「そうねぇ。じゃあ一回だけよ。はい300円」
準は嬉しそうに母の手からお金を受け取ると、
くるりと180度回転し、屋台の方に走って行った。
今日は町一番の大イベント。
代々受け継がれてきた花火大会。
この日になると、他県からも人が大勢訪れ、
たちまちに会場は人で埋め尽くされる。
橋の上から見ると、まるで蟻の巣に入り込んでしまったのかと思うくらい、
真っ黒な頭が小刻みに動く。
そんな中、準を見失わないように、母は必死で両手を前に出し、
人ごみを退けながら前に進む。
準が向かったくじ屋の前で足を止めると、準は屋台の前でしゃがみこみ、
頭を抱え込むように地面に座り込んでいた。
慌てて準に声をかける。
「準!どうしたの??」
母は準の腕を掴み、体を持ち上げる。
準は肩を揺らし、俯いたままだ。
「どうしたの?泣いているの?」
心配そうに準の顔を覗き込むと、準は顔が見えないように両手で覆った。
母は準の手首を持ち、強引に左右に引き離した。
そして母は悲鳴をあげ、魂が抜けてしまったかのように
その場に座り込んでしまったのだった・・・。
「はい、300円!」
準はお店の人にお金を渡し、箱の中に手を入れ、勢いよくかき混ぜてから一枚とる。
三角に折られた赤い紙の真ん中に黒く染められた部分を丁寧に契りとる。
「残念。九等はここから選んでね」
九等とかかれた紙を見て、店の男は賞品の場所を指差す。
そこに足を運ぶと、どうやら賞品はお面のようだ。
準は隅々まで壁に飾ってあるお面に目を通す。
目を通していくうちに準の笑顔は消えていく。
「ねぇー、なんだかここにあるお面変じゃない?」
小さな手を中に浮かせ、人差し指をたてお面を指差す。
準が指差した場所にあるお面はなにやら奇妙な表情をしている。
一つ一つがリアルすぎるのだ。
まるで本当に生きているかのように笑ったり、怒ったり、泣いたり。
さまざまな表情をしたお面が飾られていた。
すると店の人が真っ白な何も描かれていない
お面を手に持って、準の前に突き出した。
「ここにあるお面は自分のお面なんだよ。
このお面を被れば君の顔をコピーして、ここにある人達みたいに
君そっくりのお面が出来上がる。
世界に一つしかないお面を作ることが出来るんだ。
ほら、これをつけてごらん」
突き出された真っ白なお面を両手で受け取り、
言われたとおりに紐に手をまわして恐る恐る耳にかける。
一瞬お面の中で視界が奪われる。
驚いてすぐにお面を外すと、準の世界には色が失われた。
まだお面をつけている時のように、視界が見えなくなったのだ。
同時に話す事も出来なくなった。
そして息を吸うことも。
準は今、真っ白な何も描かれていないお面の状態なのである。
お面と引き換えに自分の顔をとられてしまったのだ。
次第に息苦しくなり、汗ばむ準。
真っ白な顔は徐々に紫色に染まっていく。
(僕、死んじゃうの・・・・?苦しいよ・・・)
準の前に男が立つと、後ろから抱え込むように宙に浮かせ、
再びお面が並んでいる棚の前に立たせる。
その時準はもう窒息しそうな状態だった。
「これはね、着せ替えお面っていって、君の顔をもらう代わりに
他の誰かの顔をもらうことが出来るんだ。
死にたくなければどれでもいいからお好きなお面をつけてごらん」
今、準の目には何も写っていない。
目がないのだから。
選ぶことも出来ず、準は両手を前に出しゆっくりと歩き、
お面がある場所へ近づくと、届く所にあるお面をとり、
紐に手をまわしお面をつけた。
「素敵な顔を見つけたね。
今日から君は一生その顔で生きていくんだよ」
息ができるようになった。
話す事も、見ることも。
しかし何かがおかしいことに気がついた。
自分の顔を自分の手で触れてみる。
ここには目、ここには口、ここには鼻。
これは誰の顔なの・・・?
準の体は震えだし、顔は青ざめていった。
妙に首元がうずく。
「か・・・がみ・・・あ・・・る?」
震える声で不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら、店の人に話しかける。
でも返事はない。
準はその場に座り込む。
「準!どうかしたの??」
母が準の手を掴み、心配そうに俯いている顔を覗き込み、
隠している手を左右に引き離す。
そして母は悲鳴をあげる。
準はゆがむ視界と共にトイレに急いで走る。
顔を見られないように両手で押さえながら。
トイレの鏡に写る準の顔のパーツは
全て逆さを向いていた。
END