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101 少年と先輩。あと猫

 

 +++

少年と先輩。あと猫

 +++

 

 

 高層マンションのような外観をもつ15階建ての校舎。

 

 都心に近い場所にある学園。ここの地下にある体育館へ行ける階段は、地下2階分がゆるやかな勾配で直通の吹き抜けになっており、上階からや換気用の窓から時折吹き込む風が結構強い。

 

 油断するとスカートが捲れる学園の危険地帯だ。1年生の女子はまずここの風の餌食になる。

 

 今は放課後、掃除の時間。今日もこの場所で突風の被害を受ける少女が1人。

 

 

「きゃっ」

 

 風に煽られたプリーツスカートの裾を抑える1年生の女子生徒。

 

 彼女は下にいるクラスメイトをキッと睨みつけ、階段を上って行く。

 

 

「……見えたか?」

「ああ。薄い水色だな」

「いーや。白じゃなかったか?」

 

 階段の踊り場で群がりパンチラ談義で騒ぐクラスメイト達。そして、彼らの下からゴミ箱を持って階段を上る少年が1人。

 

 身長は170後半。1年生にしてはやや高め。クールな雰囲気を纏いどこか一線を引いた感じのする少年。彼の名前は山戸覚やまこ・さとる。学園の1年生だ。

 

 クラスメイト達とすれ違いざまにサトルは思った。

 

(……白、だったよな。しかもレースの……)

 

 

「だろ? よく見てんじゃねぇか」

「――!?」

 

 ビクッ 

 

 クラスメイトの脇を抜けようとしたサトルの動きが一瞬止まる。

 

 自分に声をかけられたんじゃない。そうわかっていても、サトルはつい止まってしまった。

 

 

「ん? つーか今誰が言った?」

「お前じゃねえのか?」

「何言ってんだよ?」


「……」

 

 ドキドキ

 

 (あっぶねー。また『漏らして』たよ。気をつけないと)

 

 サトルは表面上何も聞かなかったかのようにクラスメイト達を追い抜いてゴミ箱を持って階段を上り、外へ出る為に1階のエントランスホールに向かった。

 

 

 階段を上りきった直後。サトルは1つ上の女子の先輩に出会う。

 

 身長は160くらい。やや高め。壁に背中を預けて腕を組み、目を瞑っている。

 

 スポーツをやってる感じはしないが、彼女の身に纏う雰囲気は一種の清々しさを感じさせる。

 

 サトルが会釈して通り抜けようとすると、その先輩は目を瞑ったまま、まるで独り言のようにサトルに話しかけた。

 

 

「どうした後輩? 女子高生のパンツでも見たか?」

「……!」 

 

 ピタリ。突然で、あまりにも不躾な言葉に立ち止まるサトル。

 

 そう。気をつけないと彼は皆に『読まれてしまう』し、彼女に至っては見るだけで『読んでしまう』。

 

「……八束先輩」

「ん? 何かな?」

 

 ここで先輩の彼女はキリッとした両目を開き、悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。

 

 この先輩はサトルの知り合い以上の関係である。

 

 少なくともサトルが彼女に「女子のパンツでも見たのか?」と軽口を言われるくらいには。

 

 

 先輩の顔を見ることができず、サトルは口元を引き攣らせる。

 

 ギギギ、と首がぎこちなく回り、サトルは改めて彼女に向き直った。

 

「ナニヲイッテルノデショウカ」

「大丈夫だ。誰にも『サトラレ』てないよ。これはただの推理だ」


 いいかい? そう前置きして先輩はサトルに話す。

 

「さっき吹き抜けの階段パンチラスポットから顔を真っ赤にした1年生の女子が駆けて来た。確か後輩のクラスメイトじゃなかったかと私は思ったよ。そのあと何食わぬ顔で後輩が階段を上って来た。だから私は君にカマをかけた」

「カマ、ってそれのどこが推理ですか」

「私にすればわかりやすいよ。君は自分で思ってる以上に顔に出る」

「……」

 

 サトルは顔面ピクピク。「どうだい?」「正解だろ?」と自慢顔の先輩にサトルは何も言えない。彼は普段装ってるクールな体裁を保つのがやっとだった。

 

 

 彼女――八束香那美やつか・かなみは妖怪だから。

 

 

 並はずれた洞察力を持つ彼女は、人の心を見透かすように振舞うその態度から妖怪『サトリ』と皆に呼ばれ恐れられている。



「それでだな、後輩」

「……なんです? 八束先輩」

「白だ。しかもレース付きの」

「なっ!? 何がですか!!?」

 

 動揺したサトルは、思いっきりカナミの話に食い付く。


「私の今のパンツだが。……それとも」

 

 自分のスカートを少しだけ摘みあげるカナミ。

 

 こうやってカナミは、サトルを動揺させると同時に彼の記憶を刺激している。

 

 

「君がさっき見たクラスメイトのパンツがそうなのかな?」

「~~っ」


 真っ赤になるサトル。硬直してひたすらに念じる。

 

(忘れろ! さっき見たもの忘れてしまうんだ)

 

 サトルは『イメージしてしまったもの』を忘れようと心の中で絶叫。


(俺が見た笹島さんのパンチラをこの人に『サトラレる』な!!)

 

 必死に表情を取り繕うサトルを見て、カナミは「フフッ」と愉快そうに笑う。

 

 『力』は制御できているはず。でもカナミがサトルの思考を読み取ったのかどうかなんて、サトルにはわからない。

 

 『相手の思考を読み取る超能力』なんて、サトルは持っていないのだから。

 

 

「そうか。確か笹島さんだったな、彼女」

「……」

 

 おそらく。カナミのそのセリフはサトルの思考を読んだのではなく、彼女がすれ違ったサトルのクラスメイトの名前を言っただけであり、彼女が生徒全員の顔と名前を知っているからに違いない。


 サトルの『力』を知るカナミにとって、彼はからかいがいのある後輩おもちゃだという。

 

 +++

 

 

 俺、山戸覚やまこ・さとるは人には知られてはいけない秘密がある。俺は生まれながらの超能力者だ。一応。

 

 能力はテレパシー。離れた相手と通信できる、完全ハンドフリー、充電不要の携帯電話能力だ。もちろんメールはできない。

 

 喋らないでも話すことができる、相手の番号を知らなくてもいい、通話料金無料! なんてメリットもあるが、つまるところケータイで代用できるその程度の能力だ。最新のスマートフォンの方がよっぽど多機能で優秀。

 

 しかも俺の超能力には欠陥があった。

 

 一方通行のテレパシー。俺が思うことを相手に伝えることができても、俺には何も伝わらないのだ。さらには制御に難ありときた。

 

 俺のテレパシーは下手をすると周囲に自分の思考を漏らしてしまう。心を読まれてしまう。

 

 だから俺はあいつに――

 

 

――気持ち悪い

 

 

 ……まあ、昔はこの力のせいで色々と辛いこともあって「死にてぇ」なんて思ったこともあったが、今はそうでもない。世間体もあって力は隠してるけど、今では俺も立派なテレパス能力者だ(多分)。

 

 俺は幸運にも俺は師匠と呼べる人に出会い、救われた。師匠に少しずつ超能力を学び、生活に支障がないくらいには力を制御できるようになった。

 

 だから俺は普通の高校生をやっていられる。普通に勉強して、友達と遊び、……恋をしている。師匠には感謝しきれない思いでいっぱいだ。

 

 

 ……ただ師匠。俺が高校生になると同時に八束先輩を超能力のコーチ役に紹介したのはどうかと思います。

 

 +++

 

 

 先輩にからかわれたあと。俺は校舎を出て学園の裏にあるゴミ捨て場に向かう。手にしたゴミ箱の中身を処分すれば掃除は終わりだ。

 

「はぁ。先輩は俺を何だと思ってるんだ? 逆セクハラだぜ、あれ」

 

 毎度のことだけど八束先輩には困らされる。俺が彼女と出会って2ヵ月。ずっとこんな感じだ。

 

 先輩にすれば俺は隠してる割に『読み易い』らしい。クラスじゃクールで通ってる(*自己申告)俺も先輩の前じゃかたなしだ。『サトラレる』前に心の内を暴かれ、からかわれてしまう。

 

「訓練の一環だと先輩は言うけれど、絶対に遊んでるよな。俺で」

 

 さっきだってそうだ。俺は思い出す。


 捲れ上がるスカートとチラリと少しだけ見えた、先輩のほっそりとしたふともも。

 

「……」

 

 ……俺も健全な青少年だ。決して先輩の言うムッツリではない。(*自己申告)

 

 

 しかし。この時の俺は妄想に耽る場合ではなかった。思考が漏れやすい俺は普段から油断してはいけないのだ。

 

 誰もいないはずのゴミ捨て場。俺の背後に忍び寄る影。

 

「なー」

「……!?」

 

 ガバッ! 思いっきり振り返る。いたのは猫だ。

 

 黒い毛並みの野良猫。この辺りに棲みついてるやつか?

 

 いや。まずは確認しなければ。

 

「お前……『見えた』か?」

「にゃう?」

 

 勿論猫の言葉なんて俺にわかるわけがない。だけど。

 

 話しかけることくらいはできる。

 

 

 俺は黒猫に視線をあわせて訊ねた。

 

 話せばわかる。と言いたいところだが、この黒猫が話を聞いてくれるかどうかは5分5分だ。こいつの賢そうな顔に期待するしかない。

 

「いいか猫。お前の頭の中に妙なもの、さっき俺が思い出したイメージが『見えた』なら右の前足を挙げろ」

 

「『見てない』なら左を挙げるんだ。――どっちだ?」

 

 俺をじぃーと見て、何やら考える素振りを見せる黒猫。

 

 それから黒猫は招き猫のポーズ。右の前足を挙げた。

 

 答えは、YESだ。

 

「……はぁあぁぁぁぁ」

 

 思わずがっくり膝を着く。またやってしまった。

 

 読まれてた。いやサトラレてしまった。猫に、俺が見た先輩のふとももを……

 

 

 説明すると、俺はテレパシーを使うことで言語ではなくイメージ、思考で物事を伝えることができる。

 

 一方通行なテレパシーという欠点。それを俺は別のコミュニケーションで補うことで動物と簡単な意思疎通を図れるのだ。

 

 また。この時声に出して猫に話しかけたのは、思考を向ける相手を絞り、周囲にサトラレる俺の力を制御しやすくしている。

 

 

 不幸中の幸いは猫にしか俺の妄想がサトラレていないことだろう。周囲に誰もいなくてよかった。

 

 だけど。俺は安心できなかった。なにせこの学園には妖怪がいる。

 

 人の心を読む妖怪サトリが。

 

 

「た、頼むからお前、八束先輩に会わないでくれよ。あの人ならお前の顔を見るだけで俺が想像したことを察してしまう」

 

 そう黒猫に俺は言い聞かせる。念には念を入れねば。

 

 俺は黒猫に思考を読ませようとイメージする。山中で毛むくじゃらの猿人の妖怪に襲われる、哀れな俺の姿を。ちなみに猿人の顔は猫に覚えてもらうよう八束先輩にしている。

 

 さとり。山中に現れる妖怪。人の心を読み、こちらが口に出すよりも早く思ったことをしゃべるとも隙あらば人を取って食おうとするともいう。

 

 ……あのサトリ(先輩)は食わずに永遠と俺をいたぶるんだが。精神的に。

 

 

「わかってくれたか? 先輩に会うんじゃねぇぞ。YESなら右だ」

「なー」

 

 寝転がって両足を挙げる黒猫。正直どうでもよさそうな態度に俺はがっくり。

 

 なぜだろう。俺の頭の中には黒猫を抱え、生あたたかい目で俺を見る先輩の姿が。

 

 

――そうか。君の嗜好はムネよりモモか


――ん? 何って鶏肉の話だが?

 

 

 きっとそうだ。先輩なら俺と黒猫を見ればそう言ってカマをかけ、俺は問い詰められてからかわれる。そして暴露される。これがありえないことだと思えないのが怖い。

 

 蓄積されていく暴露話は負債となって俺を苦しめるというのに。

 

 

「……頼むよ。猫缶1つでどうだ?」

「なう?」

 

 すると黒猫は「猫缶って何?」といった感じで返事をした。多分そうに違いない。

 

 このあと俺はこの黒猫を相手に「猫缶なるものがどれほど美味いか」を延々と話し、猫缶1つと引き換えに「絶対先輩と顔を会わせるな」と交渉ネゴシエーションを開始した。

 

 +++

 

 

 サトルが黒猫に交渉していた頃、ゴミ捨て場にやってきてサトルを見かけた女子生徒が1人いた。

 

 サトルのクラスメイトだった。彼女の名前は高倉千紗たかくら・ちさ

 

 身長は160もなく平均くらい。ふんわりした長い髪をしてやわらかな印象を持つカナミとは別タイプの美少女。

 

 千紗のトレードマークはブレスレット代わりにしたシュシュだ。

 

 

「あら? あれって……」

 

 掃除で教室のゴミを捨てに来た千紗。遠くからこっそりサトルの様子を見る。

 

「あのクールな山戸君が猫とおしゃべり?」

 

 話の内容はここからでは遠くて千紗まで届かない。

 

 だけど視線を合わせて黒猫相手に必死に話しかけてるサトルが、千紗が普段教室で見るサトルとまったく違っていて。

 

 

「……うん。今の山戸君のほうが断然いいな」

 

 クラスメイトの意外な1面。そんなサトルを見て千紗はくすくすと笑った。

 

 

 

 

「よし! 商談成立だ」

 

 黒猫の前足を取り、握手をして喜ぶサトル。

 

 1つのことに集中すると周りが見えない、隙の多い少年である。

 

 +++

 

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