第1話part3
校門を抜けて正面玄関を入った、その真ん前に位置する昇降階段。
4階まで上がり、向かって左廊下の突き当り。
そこを右に曲がって直ぐの場所に、侠弐の所属する文芸部、その部室があった。
「ここだよ、リサ」
侠弐は左腕を伸ばし、文芸部と書かれた木製のプレートを指差す。
途中買った包帯の巻かれた腕を摩りつつ、リサも見上げる。
「ただいまー」
渚はそう言うながら、扉をスライドさせ中へ入る。
20畳程の1ルーム。向って右側には小綺麗なシングルベッドが、向って左側――というより入口手前側にはステンレス製のテーブルが、それぞれ設置されている。
「あ、おかえりなさーい」
そのテーブルで、カタカタとパソコンのキーボードを打つ、のほほんとした雰囲気を醸し出す、銅色長髪の少女が1人。
名は鳳螢。この文芸部の部長である。
「あれ?部長もいらしてたんですか?」
続けて、リサと入って来た侠弍が螢に気付き、問う。
「叢雨君―、こんばんはー。どうしてここにー?」
「こんばんは。えっと、散歩してたら偶然会って来ないかって。部長は?」
「昨日、公募に出す小説を書くから使わせて欲しいって、渚さ 先生に言って開けてもらったのー」
「自宅ではなく?」
「うんー、家よりも集中出来るんだよねー」
螢の喋りは、非常にゆったりとしている。
聴き心地の良い喋りとは、こういうのを言うのだろう、と侠弐は内心感じていた。
「ところでー、その子はー?」
「え?あぁ紹介が遅れました。彼女はリサ。俺の恋……昔馴染みです」
「こ、こんにちは……」
「リサ、彼女は鳳螢さん。俺の先輩で、ここの部長」
「よろしくねー」
螢は、にこやかに左手を振る。
緊張しているのか、それとも警戒しているのか、リサの表情は少し強張っていた。
「立ちっぱなしでいるのもなんだから、座ったらどうだい?」
羽織を脱ぎ、ハンガーに掛けつつ渚は促す。
「それもそうですね」
侠弍とリサは、同じように上着を掛け、螢の向かい側の席に並んで座る事になった。
「さて、これからリサ君を交えて、ちょっとした話をしたいと思うんだが 螢」
「?なにー?」
「もし、話の内容に嫌だったり怖いと思う箇所があったら直ぐに言ってね?」
「わかったー。でも一応これ持って来たから大丈夫だと思うよー」
螢はそう言うと、ノイズキャンセリングイヤホンを手に取り、渚に見せる。
「事前に対策しているとは、偉いよ螢」
渚は螢の頭を優しく撫でる。
「んふー」
嬉しそうに目を細める螢。
その様子は教師と生徒というより、恋人同士と形容した方が相応しかった
「では、早速本題に入ろうか」
気を取り直した渚が言った。
「まずは、リサ君に今の状況を説明する所からだね。叢雨君、例の物を」
侠弍は促されると、先程ポケットから取り出した札を2枚、机に並べる。
渚はそれを手に取り、自身の斜め右に座るリサに見せる。
「これが何か、分かるかい?」
渚が尋ね、
「……対象を封印する力を持つ札」
リサが答える。
「その通り。そしてこの中にはガメレアと先程捕らえた怪物、そして拾弐堕天の一柱イドラ……の死体が入っている。これを……」
渚は、机に降り立ったガラゴの方へ、札を近づける。
ガラゴは前足で合掌に似た形を取り、そして死体の入った方の札をーー
ムシャ ムシャ ムシャ ムシャ
無い筈の口で、食べ始めた。
「!……」
リサの瞼が僅かに、より大きく開く。
動揺や驚きとまでは行かないが、彼女にとっては初めての光景であったらしい。
対し、その隣に座る侠弐は、変わらない顔つきで食事を眺める。
彼にとっては、既に十数度も見た、新鮮味のないものであった。
ムシャ ムシャ ムシャ ムシャ
ガラゴは、自身の数倍は大きさのある札を快調に食べ進め、1分もしないうちに全て平らげてしまった。
そして、再度合掌に似た動作をすると、一枚を残して机を飛び立ち、渚の左肩に着いた。
「おや、イドラの方は食べないのかい?」
「腹一杯だ」
「そう」
渚は札をポケットにしまう。
「それで、パーセンテージはどう?」
「そうだな……10って所だ」
「つまり、丁度半分を超えたってことだね?」
「あぁ」
「……何の話?」
疑問を感じたリサが思わず尋ねる。
「大事な話だよ、リサ君。君の想い人である叢雨君と私達の活動目的を説明する為に必要な、ね」
「ブンゲイブ?っていうのが、そうなの?」
「それは表向き。裏があるのさ。名前はーー」
言いかけて、渚は螢の方をチラリと見、イヤホンを付けている事を確認。
再度、リサの方へ視線を戻し、言った。
「闇夜ノ狩喰」
「ヤミヨ?」
渚は頷き、説明を続けた。
「闇夜ノ狩喰。活動内容はヒビの監視と獣僕の討滅、ガラゴの完全復活、そしてーー」
「待ってください、先生」
「どうした?叢雨君」
「リサが、内容を整理しきれずに混乱しています」
渚がリサの頭上を見ると、クエスチョンマークが浮かんでいた。
「あぁ、すまない。では順序立てて説明していこう」
そう言うと渚は立ち上がり、隅に置かれていた移動式ホワイトボードを引っ張ってきた。
そして、備え付けの油性ペンを手に取る。
「では最初に、蠱毒について話そうか」
「コドク?」
渚は、蠱毒の字をホワイトボードに書く。
「わかりやすく言うと、多種大量の虫々を一か所に閉じ込めて殺し合わせ、最後に生き残った一匹を最強の式神――配下として使役する行為の事さ」
「……それって」
「そう。その蠱毒に似た事が世界規模で起こっている異次元空間、蠱獄。リサ君、君がこちらに来る前にいた、あの世界の事さ」
「!」
瞬間、リサの表情は強張り、侠弐は驚愕しリサを見る。
前者のソレは自身が経験してきた過酷極まる日々を思い出したため、後者のソレは其処に恋人がいたという事が殆ど確定されたため、である。
特に、侠弐の驚きは大きかった。
蠱獄については、彼は既に渚達から聞かされていた。
故に、その凄惨さも苛烈さも、彼は聞かされていた。
そんな場所にリサはいた、そして生き残り続けていたのだ。
先程の感動の再会で薄れていた感覚が事実として、彼は実感していた。
「……続けるよ」
渚は言った。
「リサ君、君は蠱獄で戦っている間、何か声のようなものが繰り返し頭の中に響いてこなかったかい?」
その問いに、コクリと頷くリサ。
「それは同じ声だったかい?」
「うん、ずっと……殺せ、殺せ、って」
「その声の主の名はヴァイアルだ」
「ヴァイアル?」
「肆天魔の1柱、音領ヴァイアル」
渚は口頭で説明を入れつつ、ボードに文を書き込んでいく。
肆天魔。拾弐堕天の更に上位に君臨する4体の存在。
一体一体が、片手間に世界を滅ぼせる程の力を持つ別格中の別格。
その中に在って、ヴァイアルは一際異彩を放つ特異点であった。
「奴が蠱獄を創り出した全ての元凶。獣僕達を操り、脅し混じりの殺しの誘惑を行い、何万何億という意思を殺し合わせた飛び切りのイカレ野郎さ」
渚の肩に止まったガラゴが、少々怒気を含んだ口調で言う。
「奴の傍迷惑な目的の為に、一体何組のカップルが――否、どれだけの者が犠牲になったかと思うと――」
「ガラゴ、どうどう」
渚は左手を肩へ近づけ、その手でガラゴをポンポンと、軽くたたく。
「ヴァイアルの話になると、直ぐ熱くなるんだから」
「む、そういうお前もヴェリア絡みの時にはーー」
軽い言い合い状態になり、残される侠弐とリサ。
堪らず侠弐が手を上げ、間に割って入った。
「あのー」
「ん、あぁすまない。話が脱線したね。えっとヴァイアルの話までだったね」
ボードを見て、今話していた内容を確認する渚。
「そのヴァイアルが創造し、操っているのがさっきガラゴが言った獣僕と呼ばれる怪物達。リサ君も見た事あるんじゃないかな」
渚は写真を取り出し、リサに見せる。
「これとこれとこれはよく覚えてる。最初に襲ってきたのと、沢山同じのがいたから」
リサは3枚の写真、爬虫類擬きと蟹擬き、蝉擬きを指差す。
「ふむ、ガメレアとガギルス、ゼスラードか」
「後のも見覚えがあるけど、そんなにはっきりとは思い出せない。生き残るので精いっぱいだったから」
そう言うリサの声音は、暗さと悲しさを帯びていた。
「それで、その話と侠弐に何の関係があるの?」
「大ありさ。何故なら、叢雨君はその獣僕の討滅、退治する組織に入っているのだから」
「え?」
「実はね、今写真に写っているこいつら。こっちの世界にも出現しているんだよ」
渚は机上の写真を懐にしまい、別の写真を置いた。
そこに写っているのは、何の変哲もない広場。
そして、空間に生じたヒビである。
「このヒビの向こう側が蠱獄に繋がっていてね。時折、そのヒビを広げて獣僕達が出てくるんだよ、さっきの君とイドラのようにね」
「出てくる……」
「ヴァイアルが送り込んでいるのか、それとも指揮を外れたのか。いずれにしても放っておけば一帯は間違いなく大混乱に陥る。そこで」
渚は、パチンと指を鳴らす。
「ヒビの監視及び出現した獣僕の討滅を行っているのが、私達 闇夜ノ狩喰 というわけさ」
漸く話が、彼女が最初に捲くし立てた所まで戻って来た。
「目的は、それだけ?」
「否、まだある」
渚は一息置き、答えた。
「ガラゴの完全復活。これが当面の活動目的さ」
「完全、復活?」
リサは怪訝な顔つきで渚を、ガラゴを見る。
「今のままでも、強いのに?」
「分かるのか?リサ」
「うん。あの見た目もカモ……カモ……」
「カモフラージュ?」
「それ。ありがと、侠弍」
「強さを隠すカモフラージュか……半分当たって半分外れだな」
感心したような口ぶりで、ガラゴは言う。
「カモフラージュってのは当たりだ、これは俺の本当の姿じゃない。が、強さを隠しているわけじゃない。寧ろその逆」
「どういう事?」
「詳しくは話せないが、今の俺は最盛期の半分程の力しかない。それでも獣僕の1体や2体なら軽く蹴散らせられるが、堕天以上になると苦戦を免れない」
ガラゴは少し苦々しい感じで話す。
「だからこうやって、蛾の姿になって力を温存しつつ、叢雨が取って来てくれる獣僕を糧にして増強を計っているのさ」
「侠弍が札を貼り付けて封印してた、あれ?」
「そう。最初の内は私も同行してたのだけれどある時、1人でやらせて下さいって頼んで来てね、それから単独で10体近く封印しているんだから、驚嘆に値するよ」
リサの問いに渚が答える。
「侠弍……」
「ん?どうし、わぷ!?」
侠弍は、隣からの力に引っ張られ、顔をリサの胸元に埋める形になる。
引っ張ったのは、勿論リサだ。
彼女は、侠弍の頭を優しく撫で、囁く。
「もう大丈夫。侠弍は、私が守る」
「ん?」
侠弍は、その言葉に違和感を感じ、顔を離す。
「否否、俺がリサを守るんだって」
「?違う。私が侠弍を守る」
「否、俺だって」
「私」
2人とも一歩も引かず、自身が相手を守ると言い張る。
そこに、渚が割って入るように口を開く。
「なら、確かめてみるといい」
その言葉に、2人は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「先生、それはどういう事で」
「叢雨君、君は明日も日課の鍛錬を行うだろう?それを見てもらうと良い。」
「確かに」
日々行なっている事を見せれば、自身の強さを分かってもらえる。
侠弍はそう思った。
「リサ君も、それで構わないかい?」
その問いにリサは頷き、肯定の意を見せる。
「決まりだね。と、言うわけで蠱獄関連の話は一旦ここまで。ここからは」
渚は、部屋の隅へ行き、段ボールの上に置かれたエコバッグを手に取る。
「おやつパーチーの時間だ」
瞬間、机に広げられる大量の菓子と飲料物。
ポテチ、煎餅、おかき、チョコチップクッキー、牛乳、ジュース、コーヒーetc
「さぁ食べよう、さぁ飲もう」
袋を開け、ペットボトルのキャップを外す渚。
対し侠弍は、そのあまりの数に面食らっていた。
「おや、食べないのかい?」
「いえ、そうではなくて、量多く無いですか?」
並べられたのは、どれも業務用に使われるであろう大きさの物ばかり。
4人、ガラゴを1人分として含めても5人。
この時間から食べてなくなるか怪しい、と侠弍は思った。
「ハッハッハッ、心配する事はない。残ったら私とガラゴが全て食べる。尤も、其れ程多くは残らないだろうけどね」
渚は、侠弍の隣を見る。
つられて、彼が同じ方に顔を向けると
「……」
キュルキュルと腹を鳴らし、口から涎を溢れさせながら、目の前の菓子類に釘付けになっているリサ。
が、自身の現状に気付くと、涎を引っ込め警戒態勢に入る。
「こ、これ 罠?」
「否?再会を果たした君達を祝う、ささやかなパーチーさ。ありあわせではあるけどね」
「……」
「ふむ、まだ信用されきれていないか 叢雨君」
「はい?」
「君の役目だよ、彼女を緊張から解き放つのは」
「え? あぁ」
そう言う事か、と侠弍は感じ取ると、ポテチを一枚取り、
「いただきます」
口に放る。
それを目で追いかけるリサ。
パリパリと咀嚼し、飲み込む侠弍。
「ほら、大丈夫だよ。食べてごらん?」
リサは促され、恐る恐るポテチを手に取り、口に入れる。
咀嚼する事数秒。
「……!」
彼女の眼から、大きく見開かれる。
「ど、どうした?」
「……美味しい」
侠弍にとっては、食べ慣れた味。
彼女にとっては、いつぶりかも分からぬ元の世界の味。
反応に差が出るのは、必定であった。
「もう1個、食べても、良い?」
リサが渚に問う。
「1個と言わず、好きなだけ食べたら良い」
言い終わるや否や、リサは菓子達に手を伸ばし、頬張る。
甘い味。しょっぱい味。辛い味。
口内でそれらが混ざり合い、美味さを倍増させる。
顔を綻ばせ、頬袋を膨らませるリサ。
そんな彼女を見て、思わず微笑む侠弍。
彼らを見て、うんうんと頷く渚。
そして、
「あ、お菓子だー。私も食べていーいー?」
丁度ひと段落ついた螢。
彼女も、このパーティーに混ざる事に。
「チョコチップクッキーを牛乳に浸して食べると美味いんだこれが」
「このお煎餅、塩辛くて好きー」
「先生、このミルクセーキって飲み物凄いですよ⁉プリンですよプリン、飲むプリンです!」
「美味しい、美味しい」
4者4様の反応を、それぞれが示す。
パーティーはその後、深夜12時過ぎまで行われた。




