第2話part6
数10秒前。
「畜生、一体外で何が起きているんだ!」
侠弍は暗闇の中で外に出る方法を必死に考えていた。
四方八方塞がれている為、何も見えず。
が、漏れ聞こえて来る音から、戦闘になっている事だけは彼にもわかった。
「何とかして早く出ないと……リサ……」
侠弍は、無力な自身に失望を禁じ得なかった。
強さを見せる為に行った今朝のトレーニングは、反対に彼がリサよりも弱い事を証明してしまった。
そして現在も、彼はリサに守られていた。
其れは言い換えれば、戦力として当てにされていない、と言われているに等しかった。
だからこそ、彼はこの檻の中から脱出し、リサを援護しようとしていた。
彼女がもう戦わなくても良いように。
「何か手はないか、何か……ん?」
不意に突っ込んだポケットの中に何かがあるのを見つけ、取り出す。
そこには、1枚の札が握られていた。
何の札か、彼は手触りでわかった。
「これは……!」
今朝、侠弍が訓練場に移動する際に使った札と同じ物が残っていたのだ。
「これを使えば、抜け出せ」
言いかけた言葉を、彼は止めた。
何故か。
イドラの件が頭をよぎったからである。
(若しリサがいなかったら、俺は……でも、もしかしたら今度こそ……)
彼の頭の中を、不安と恐怖が埋め尽くしていく。
「駄目だ駄目だ、そんな弱気じゃ!」
彼は頭を大きく揺すり、ネガティブな考えや感情を振り払う。
「リサに戦って欲しくないんだろ!?だったらお前が動かずにどうする!?」
そう言って、自身を鼓舞する侠弍。
彼は覚悟を決め、心の中で叫ぶ。
(替移!)
札が光を放ち、彼を包む。
其の眩しさに彼は目を閉じ、次に開けた時、
「どうした?手詰まりか?」
彼はゼレイムの真後ろにいた。
距離にして10数m。
いつ気づかれてもおかしくない位置。
そんな彼の眼に入って来たのは、何かを喋っているゼレイム、そして片手で腹を押さえながら切先を敵に向けるリサの姿であった。
「!リ……」
侠弍は叫び出しそうになるのを堪えながら、ポケットに手を突っ込む。
其の手に握られているのは封印の札。
イドラに使った物と同種である。
そして、侠弍は駆けた。
足音1つ立てずに駆けた。
4m、3m、2m。
ゼレイムとの距離は瞬く間に縮んで行き、遂に彼は背後を取った。
其のまま次の一手――封札をゼレイムの背中目掛けて貼り付ける
「!?」
寸前、彼の手は硬直した。
見れば空中に浮かんだ魔法陣から別の腕が伸び、彼の下腕を掴んでいた。
「ほぉ?俺の背後を取るとは、やるな」
振り向きもせず、ゼレイムは言う。
「だが、自身の状況もわからず飛び込んで来るのは、愚かだ」
握られた侠弍の腕は、ミシミシと音を立てる。
「うっ……!」
彼が苦痛に顔を歪ませ、目を閉じた瞬間、
「侠弍!」
前方から、彼の名を呼ぶ声がした。
彼が目を開けると、自身の視界には数m先のリサの姿のみ。
ゼレイムの姿はなかった。
「成る程、イドラはこの札でやられたのか」
侠弍の背後から声がした。
振り向くと、いつの間にか彼の腕を片手で後ろにひねり上げ、もう片手で札をポケットにしまうゼレイムがいた。
「!」
目をカッと見開き、突進を繰り出そうとするリサ。
「おっと」
が、恋人のこめかみに銃口が突きつけられ、思わず動きを止めてしまう。
「先程の堅牢なガードに其の躊躇い、余程この少年が大事なようだな」
リサは苦虫を噛み潰したような顔をした。
敵に最大の弱点が知られ、更には人質にされているのだ。
「少年に危害を加えられたくないなら、武器を捨て俺と来てもらおうか」
「……わかった」
リサは刀を形態解除し、1歩1歩ゼレイムと侠弍に近づいて行く。
「!?駄目だリサ!来るな!」
「少年、彼女の心配も良いが、自身の心配が先じゃないか?」
ゼレイムは、侠弍の腕を更にひねり上げる。
「っ!」
そして遂に、リサは2人の目の前に来た。
来てしまった。
「来た。侠弍を放して。 若し何かしてたら……」
「ははっ、そう怖い顔をするな。目的さえ果たせるなら、無益な殺生はしない」
「ブラフかけてきたくせに」
「あれは一種のテストさ。おっと、長話してしまったな」
ゼレイムはそう言うと、自身の隣に渦を出現させた。
「ここを、俺と潜ってもらう。まずは、お前からだ」
「……」
リサはコクリと頷くと、侠弍の方を見る。
一瞬、悲壮感に満ちた表情を浮かべた後、渦の方へ向き直り、歩き出した。
「……!」
侠弍は歯を食いしばり、己の非力さを恨んだ。
(何が強くなっただ!これじゃぁ、前と同じじゃないか!)
リサのつま先が渦に触れる。
次の瞬間、
空間にヒビが入った。
「こんな時に、獣僕かよ!? まさかお前が!?」
侠弍がゼレイムに問う。
「否、援軍を呼んだ覚えはないぞ」
「へ?じゃ、じゃああれは……」
彼が戸惑っている間にヒビは亀裂に、亀裂は裂け目へと変わって行く。
そして、
ガシャアアアアアアアアアアアアン!!!!
ガラスが割れるような音と同時に、1体の影が空間に飛び込んで来た。
降り立った影は、暗緑色の羽織を着たロングポニーテールの女性。
「どうやら、間に合ったみたいだね」
即ち、
「先生!」
渚であった。
「俺もいるぞ」
そう渚の肩から声を発す1匹の蛾。
「ガラゴさん!」
「何?ガラゴだと?」
ゼレイムは侠弍の台詞に反応し、ガラゴを見据える。
次の瞬間、彼は吹き出した。
「フッ、ハハハハッ、お前ガラゴか?なんだ其の姿、えらい変わりようだな!」
「お前は変わりなさそうで少し安心したよ、ゼレイム」
「ガラゴさん、こいつ知ってるんですか!?」
侠弍は問う。
「あぁ。其の男は『掌上』ゼレイム。拾弐堕天の1人さ」
「!?」
その答えと自身の状況に、彼は全身から汗を吹き出す感覚を覚えた。
「なぁゼレイム。其の2人、解放してくれないか?」
「2人?こいつだけなら放しても良いんだが 」
「其処の渦に片足突っ込んでる嬢ちゃんもだ」
「其奴ぁ、少し難しいな このお嬢ちゃんを連れて来いとの命令でね 」
「命令……ヴァイアルか」
「あぁ……」
「……」
睨み合うガラゴとゼレイム。
「……わかった、今回は引き下がろう」
「!」
ゼレイムは侠弐の腕から手を離して拘束を解く。
「俺も出来ればお前とは戦いたくはない。其れに断ったら、お前の相棒に何されるか分からないしな」
彼はそう言いながら、複数の札を扇子のように展開して臨戦態勢を取る渚を見る。
「じゃ、俺はこれで」
「待て、ゼレイム」
ガラゴが言う。
「何だ?」
「ここに来る前に、機械人形に襲われた。何か知らないか?」
「否、知らないな」
「そうか……」
「……」
「……じゃあな」
ゼレイムはリサの眼前にある渦を自身の前に移動させ、くぐって行く。
渦は彼を飲み込むと、急速に小さくなっていき、消滅した。
だだっ広い空間に、3人と1体が残る形になった。
「ま、これでひとまずの危機は去ったな」
「否……」
渚はガラゴの言葉を軽く否定しながら、侠弐とリサの方を見る。
「リ、リサ……」
侠弐の気まずそうな声を、リサは振り向かず、背中で聞く。
「其の……、ごめん……」
「何で出てきたの?」
「へ?」
リサは振り向き、侠弐を見る。
その眼には、戸惑いと恐怖心が現れていた。
「私、言った、隠れててって。何で出てきたの?」
「其れは、俺も加勢してリサを助けようって思って……」
「結果、捕まって人質になった」
「そ、そんな言い方ないだろ?俺だってこの数年間、必死に……」
「今朝の腕前じゃ、足手纏いになるだけ」
「なっ……!そんな事はないだろ!1人で10体以上倒したの見ただろ!?」
侠弍の声に怒気がこもる。
「わかってない、わかってないよ、侠弐」
リサの冷静で落ち着いた声音にも少しの苛立ちが混ざる。
「侠弐はわかってない。蠱獄の凄惨さも、其の時の私も、何もかもをわかってないし知らない」
「俺が蠱獄でのリサを知らないっていうんなら、リサも会ってなかった時の俺を知らないじゃないか!」
「侠弍のわからずや」
「わからずやはリサの方だろ!」
「……」
「……」
「はい、一旦そこまで」
手をたたき合わせながら、渚が止めに入る。
「まずはここを出る事が先だよ?」
裂け目を出ると、外はすっかり日が暮れ、月が仄かに地上を照らしていた。
渚達と別れた後も、侠弍はリサと1度も言葉を交わすことなく帰路に着き、ベッドに入り目を閉じた。
彼は非常に悲しかった。
自身の血の滲むような努力が否定されたのもそうだが、其れ以上にショックだったのはリサと喧嘩をしてしまった事だった。
今まで1度もした事がなかった為、其の衝撃は非常に大きい物であった。
これ以上傷ついてほしくないだけなのにどうしてリサは自身の考えをわかってくれないのか、そう侠弍は考えていた。
が、考えれば考える程、リサの考えも理解できるようになっていった。
(リサの経験した事は俺とは比べ物にならない程過酷だった筈だ。俺に傷ついて欲しくなくて、自分の強さを見せつけたり俺を閉じ込めたりして戦わせないように……でも、俺だってリサには辛い目にあって欲しくない……)
自身の考えと相手の考えの板挟みになった侠弍は、どうすれば良いか悩みに悩んだ。
やがて、
(とりあえず、頭ごなしに考えを否定した事は、明日謝ろう。謝って、其れから話し合って考えよう )
という結論を出した後、彼は眠りについた。
「おや、手ぶらで御帰還ですか?」
「いやすまん。横槍が入ってな」
「まぁ、最初から期待などしていませんよ。あの裏切り者と連んでいた準裏切り者の貴方になど」
「随分な言われようだなぁ。あ、其の裏切り者からさっき聞かれたんだが」
「会ったのですか!?」
「まぁな お前、自分の兵隊をあいつに差し向けたのか?」
「はぁ?私が?何故に?」
「其の様子だと、お前じゃないんだな」
「当然でしょお!?あの裏切り者には手を出すなとヴァイアル様からの御達し、幾ら憎かろうと破る私とお思いで!?」
「そうか、じゃどうして……」
「……尤も、私が譲渡した者達は指揮系統が被譲渡者に移ってますから、其の者達じゃないですかねぇ 知りませんが」
「指揮系統を……?という事は、狙いはガラゴじゃなく……」
「何をブツブツと……ヴァイアル様が直々に動かれるそうですよ」
「……何だと?」
ゼレイムの瞳孔は、狭くなった。




