Lady of Cinder
――正義の女神は、名を持たない。名は意識を呼び、意識は情動を呼ぶ。正義とは公正なる天秤、そこにはいかなる情動も伴うべきではないのだから。
なんて、母が寝る前に読み聞かせてくれる本は決まってそんな文句で締めくくられた。今にして思えば、子供に話すには随分と難解だったとは思うけれど、でも幼いながらにその文句が重んじられるべき真理の一つであることは何となく分かったし、何より母が話してくれるなら、例えそれがどんなに陳腐な三文小説でもよかっただろう。決して大きくはないカンテラに火を灯して、仄かな明かりと夜の静寂の中で紡がれる言葉に想いを馳せる時間。年端もいかぬ小娘だった私にとってはこれ以上ないほど愛おしく、尊い時間だったことに相違ない。お世辞にも裕福とは言えない暮らしでも、確かに幸福が満ちていた。
ああ、だけど、運命とは人の不幸を愛でるものなれば、長続きする幸福を探す方が難しいというもので。いかに些細とはいえ、貧しき母と娘の幸福も目溢しされることはなかったのだ。
「ケヒャヒャヒャヒャ!こんなところで思わぬ掘り出し物を発見だぜ、こいつらを売りとばしゃ暫く美味い酒が飲める、ゲヒャ、ツイてるぜ、マジで!」
「見ろよ、あの顔!平和な生活をぶち壊されたオンナの顔ってのはどーしてこうもそそるんだろうなァ!」
「全くだ!さぁ、楽しい楽しい略奪の時間といこうや!」
覚えているのは、全てを嘗めとり灰燼に帰す赫い赫い舌。燃えていく、背丈を歴史と刻んだ壁、母と身を寄せ合った毛布、夢と言の葉を照らしたカンテラ。硝子の砕ける音。逃げて、生きてと叫ぶ母。目紛しく移り変わる景色。轟々とした炎の熱を、不思議と感じることは無かった。
◆◆◆
いつの間にか、私の隣に母の姿は無かった。家も家族も生活も全部失った私に残るは僅か、母が夜毎に読んで聞かせてくれたあの本だけ。燃え滓のようになった命で、最後に聞いた母の「生きて」という言葉だけは全うしなければ、という灰色の義務感に駆られて、辿り着いたのは孤児院だった。
表向きは優しそうな顔をしながら、裏では子供を阿堵物に換えて……といった類の月並みな設定もなく、私には再びの平穏が訪れた。如何いった波乱万丈があったか今や記憶に定かではないが、似たような境遇の同輩たちと送る賑々しい日々は、ありとあるこれまで――家、家族、生活を失った私の虚ろを多少なりとも埋めてくれたのは確かだった。癒え切らぬ心の傷が、それでも膿まなかったのは彼らのお陰と言って過言ではない。陽だまりの中、欠けてしまった温もりを取り戻すかのように、帰る場所のある歓びを噛みしめながら暫くの年月が過ぎた。
◆◆◆
あれから私は、母の忘れ形見であるあの本に影響を受け、警官なり、捜査員なりといった”正義”を象徴する職業に就きたいと考えるようになっていた。しかし意志だけで実現が叶うような生易しい仕事である筈もなく、ともすると新エリー都ここでは最も過酷な職種、と考える者もいるほどなのである。身に着けるべきは多岐に渡り、当然、然るべきところに学びに行く必要があった。有難いことに必要な費用はすべて孤児院が出してくれたので、私は学業に精を出せばそれでよかった。
私がかつて住んでいたのは”ホロウ”と呼ばれる危険地帯のほど近くで、治安維持が十全に行われていないこと。ホロウに特有の様々な災害により、新エリー都の治安維持組織は常に息切れしていること。学ぶ、という行為はまるで自分の世界を広げるようなもので、私は瞬く間にその虜になった。
体術、法学、エトセトラ―究めなければならない数多の中でも特にのめり込んだのは犯罪心理学だった。
すべてが灰と消えたあの日以来、降り積もるばかりでちっとも融けてくれないドロドロとした名状しがたい黒い感情が、或いは犯罪を犯す人間の心理を理解することで消えてはくれまいか、と思った。情動は、正義とともにあるべきではない。正義には相応しくない。今なお記憶の底にこびりつく幼き日の悲劇、裏でその糸を引いていた者へ抱いて当然の感情だとしても、そんなものなど棄ててしまってあの本の語る正義に殉じたかったのだ。今や、私と母を繋ぐのはあの古い紙束と、それに纏わる薄ぼけた記憶だけなのだから。
◆◆◆
その日は突き抜けるような青空がどこか寒々しい晩秋の日だった。夕刻、常のように孤児院に向かって帰路を歩いていると、街中を何やら慌ただしく治安維持官が駆け回っていた。周囲の喧騒に耳をそばだて、漏れ聞こえてくる声によればどうやら新手のホロウ災害らしい。幸い孤児院からは距離があるようだし、それにしても、また人手不足に喘ぐ治安維持組織の悲鳴が聞こえてくるようね、なんて、その時の私は愚かしいほどに暢気な感想を抱くばかりで特段気に留めることすらなかった。治安維持組織が息切れしている。今にして思えば、この状況が孕む真の危険性を瑕疵なく認識できてさえいればと、只々そう悔やむばかりだ。追憶が、戻るはずもないのだけれど。
意気揚々とした足取りで孤児院にたどり着いた私を迎えたのは懐かしくも忌まわしい、モノの燃える臭い。幾条もの黒々とした煙が見慣れた屋根を蝕みながら気勢を挙げ、二度と思い出したくもなかった深紅の揺らめきが赫々と滅びを照らしていた。すべきこと、火炎から逃げそびれた者はいないか、確かめて場合によっては救けなければ、なにより形見の本がまさに燃えようとする部屋の中に、いやまずは通報を、選択肢を理性が断片的な思考として訴え、しかして蓋をした嘗ての恐怖と心的外傷が首をもたげる。刹那、全てが灰燼と消えたあの日の記憶に沈み込んでいた私の耳朶に貼付くようにして聞こえたのは、実に聞き覚えのある卑しい声だった――。
それはきっと偶然だろう。あの日、私と母を襲って終いには火を放った下手人たち。ホロウ災害によって治安維持組織の手が恒常的に及びにくくなっている現状では珍しくない手合いである、とつい最近知ったばかりであった。身に着かない悪銭で生計を立てる彼らは必然、高い頻度で弱者をその手にかけなければならない。孤児院などという格好の餌食が今まで襲われてこなかったことの方が不自然に思われるし、何より今は距離があるとはいえ孤児院のほど近くでホロウ災害が起きており、近辺の警官をはじめ治安維持に従事する者たちはそちらにかかりっきりである。毒牙にかけたとて手が後ろに回る可能性は低く、中にいるのは子供をはじめとして与しやすい者ばかり。まさしく格好の獲物だったのだ。
幸か不幸か、遠き日に私から全てを奪った悪人共が、あの日の如く私の大切な居場所であの日と全く同じ悪事を働いているところに出くわしてしまった私は、それでも身を焦がす憎悪の炎に耐え、か細い理性の糸を必死に手繰って正義に殉じようとした。私の中で唯一母を感じさせてくれる、情動のない正義に。しかしながら、嗚呼、火鼠ならぬ一介の鼠にすぎないこの身では、業火に焼かれながらそれでも、なんて真似はとてもできそうにもなかった。とどのつまり、鼠色をした灰になるのが関の山。火を放ち、母を奪った時のまま、変わらぬ容姿と声音で悦に入る連中の姿を捉えたとき、逃げ遅れた仲間の救助も部屋に残された形見の本も、何もかもを復讐の炎が飲み込んで、そして確かに遺っていた母との繋がりだった正義までもが、燃え滓と果てた。
四肢の制御を理性が取り戻した頃には一切が灼け落ちていた。果たされた復讐は、燃え盛る復讐心すら奪い去っていった。愛用のカランビットナイフの、血濡れの磨き抜かれた切っ先を呆然と眺めながら私は、守らなければならなかった悉くを自らの手で火に焚べてしまったことに漸く気づいた。炎の中に逃げ遅れを探していれば、あの悪漢共からかろうじて逃げおおせた仲間を見つけられたかもしれない。或いは、母の形見となったあの本を取りに行っていれば。自らの手で母と自分とを繋ぐ唯一だと規定した正義を、復讐心に駆られてあっさりと手放した私には、最早何も、今度こそ何も残っていない。遺っていない。
だけど。
皮肉なことに、持てるもの全て、追憶も、居場所さえも復讐に燃やした今の私、名乗るべき名前すら持たないように思える今の私なら、情動を伴わない正義になれる気がした。否、ならなければならない気がした。一種の強迫観念じみた公平への拘泥が、辛うじて私を此岸に繋ぎ留めていた。私の中に遺っていた亡き母、今は私が燃やしてしまったそれを忘れないために。例え燃え滓の灰、見る影もない残滓だとしても。
ならば私はジェーン・ドゥ。名を持たず、居場所を持たず、繋がりを持たず。女神には成れずとも、燃え滓になった命で、灰の義務感に駆られて。そうあれかしと己を定めた、公平で空っぽな、正義の天秤。
――fin.




