舞台の袖で、私は見ていた
その劇場は、扉を開けるたびに姿を変える。
誰かの声が響いていたり、誰もいない客席に光が差していたり。
そこは、私の中にある小さな劇場だった。
ある日、その舞台に、五人の“私”が立っていた。
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舞台中央に立つのは、身体の私。
静かに呼吸し、鼓動を打ち、今この瞬間だけを生きている。
その存在は透明で、けれど確かだった。
その隣では、思考の私が椅子に座り、ノートを開いていた。
問いを重ね、言葉を探し、時に答えを持たないまま黙り込む。
けれど、その沈黙には静かな熱があった。
舞台の奥から、記憶の私がゆっくりと現れる。
懐かしさと痛みを抱きながら、
遠い過去の景色に足を止め、影の中に自分の姿を重ねていた。
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やがて、観客席の方から足音がして、感情の私が走りこんできた。
その姿は揺れていて、誰かに近づくたびに震えたり、
笑ったり、言葉にならない声をあげたりしていた。
そのすぐ後ろに、他者の目を意識する私が舞台へ上がる。
姿勢を正し、誰かの期待に応えようと笑みを浮かべてみせる。
けれどその表情の奥には、見えない緊張が宿っていた。
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舞台の袖から、それを私は見ていた。
「どれが本当の私なんだろう」と思ったこともある。
けれど今は、静かに思う。
私は、これらすべての“私”の舞台を用意する存在。
身体も、思考も、記憶も、感情も、他者の目を気にする自分も。
どれもが、私の中で生きている。
どの“私”も、否定することなく、そこにいていい。
舞台の灯りが少しずつ落ちていく。
誰も台詞を話さなくても、その沈黙の中に確かな意味があった。
そして私は、そっと深呼吸をした。
――この舞台に、また明日も光が灯るだろう。