005-見えない扉の向こうに
「松田警部。」
いつものように、先に声をかけた。
彼は頷くと、遠慮のない口調で本題に入った。
「今日来てもらったのは、遺体が最初に搬送された時の様子を改めて確認したくてな。君は彼女に最初に接触した人物だ。もしかしたら、我々が見落としている点に気づいているかもしれない。」
私は小さく頷き、了承の意を示した。
「それと——」
松田警部は私を見つめ、言葉を続けた。
「坂本美絵の勤務先が『ミーツ』というバーだったことが確認できた。君の記録を見ると、過去に何度か飲酒運転を起こした場所が、その近辺だった。常連だったなら、我々よりもその店の実態を知っているだろう。」
私は思わず小さく笑ってしまった。
「松田警部、記憶力がいいんですね。私がどこで酒を飲んでいたかまで覚えているなんて。」
彼の表情は相変わらず変わらず、淡々とした声で返す。
「記録に『ミーツ』という店名が五回以上出てくる。忘れようにも忘れられない。」
私は苦笑するしかなかった。
「それで……何を知りたいんですか?お役に立てることがあれば、何でも。」
彼は一枚の紙を差し出した。
「調べたい点をまとめておいた。目を通して、思い出したことがあれば書き込んでくれ。」
そう言って、彼は踵を返し、会議室へ戻ろうとした。
私は反射的にその袖口を軽く引いた。
「松田警部……中にいるのは、坂本美絵さんのご家族ですか?」
彼はこちらを振り返る。
私はできるだけ穏やかに、そして誠意を込めて続けた。
「少しだけ……お会いできませんか?私は彼女の、最後の納棺師でした。ほんのひと言、お伝えしたいことがあって——」