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003-遺された記憶は、消せない

「……じゃあ……もしこの事件に進展があったら、知らせてくれませんか?」

そう口にした瞬間、声が少し震えているのが自分でも分かった。

「同姓同名なんて、珍しくもないかもしれませんけど……こんな形で出会うなんて……」

私はそっと視線を落とした。

松田壮磨に、目の奥に浮かんだ涙を見られたくなかった。

空気が、急に張りつめた。

まるで街の風すら、気配を殺したように。

……その沈黙を破ったのは、私のスマートフォンの着信音だった。

タクシーが到着したという通知。

乗り場まで見送ってくれた松田警部は、それ以上何も言わず、ただ一度うなずいて背を向けた。

そして迷いなく、警察署の建物の中へと戻っていった。

その背中は、いつも通り冷静で、鋭くて、そして、容赦がなかった。

車内に乗り込んだ私は、窓越しにその背中をしばらく見つめていた。

それから、小さく、ため息をついた。

――あの人は、昔からそういう人だった。

情を残さない。

私が分かっていたはずのことだった。

自宅に戻ると、リビングの明かりがすでに灯っていた。

森太郎がソファに腰掛け、スマホをいじっていた。

私は笑顔を作って声をかける。

「どうしたの? 今日は残業って言ってなかったっけ?」

彼はちらりと私を見上げ、淡々とした口調で言った。

「警察署に行ってきた。……仕事する気分じゃなくなって、先に帰ってきた。」

「呼び出されたの?」私は少し驚いた声を出す。

彼は直接答えず、片手を伸ばし、私の首の後ろにそっと触れてきた。

その指先は、まるで言葉を探すように、私の髪をゆっくりと撫でる。

「警察が俺たちを嗅ぎ回ってるってことは、隠してきたことがいつバレてもおかしくないってことだ。

……まだ掴まれてはいない。でも、俺たちはそろそろ準備しておくべきだ。

東京に戻って、お前の両親の力を借りるしかないかもしれない。」

――東京に、戻る。

その言葉を聞いた瞬間、私は無意識に首をすくめていた。

「でも……私、ちゃんと会ったこともないんだよ。

バレたら……どうしようって……」

声は自然と、小さく、掠れていった。

森太郎の指が、私のうなじにふっと圧をかける。

慰めるような――けれど、どこか命令のようでもあった。

「大丈夫。お前はもう彼女として一年も暮らしてる。

十分すぎるほど知ってるさ。

――間違えるわけがない。」

私は黙って頷いた。

信じたというより、抗うのをやめただけだった。

夕食の準備を始めようとキッチンへ向かう。

けれど、火を点ける前から、頭の中では何かがぐるぐると渦を巻いていた。

森太郎の声には、説明できない何かが滲んでいた。

それが不安だった。

その言葉の端々に感じる緊張感と、どこかで嗅いだことのある既視感――

まるで遺体に浮かぶ死斑のように、じわじわと広がっていく感覚。

一度現れたら、もう決して消えない気がした。


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