002-誘って、断られて、それでも
法医解剖センターに到着したとき、入口にはすでに二人が立っていた。
一人は防護服を着た監察医。そしてもう一人は、予想外の顔――松田壮磨だった。
私は自分が遺体に施した処置と使用した道具について簡潔に説明した後、丁重に解剖室の外へと案内された。
鉄の扉の前、無機質な空気の中で、私は松田警部と並んで立っていた。
「またお会いしましたね、松田警部。」
気まずさを押し隠しながら、私は口を開いた。
彼と会うのは、これで三度目だ。
それ以外は、記録や写真、あるいはニュースの取材映像で見るだけだった。
松田壮磨――その顔は、まさに東京警視庁の“厳正な執行”を象徴する存在だった。
彼が私のことを覚えているかどうかはわからない。
けれど、私の顔を目にしたことは、一度や二度ではないはずだ。
「そうだな。また会ったな。」
松田警部は背が高く、表情をほとんど変えない男だ。
まるで喜怒哀楽を封じ込めたようなその顔で、彼は淡々と続けた。
「少し唐突かもしれないが……最近は、また飲酒運転してないだろうな?」
「してませんよ。」私は小さな声で答えた。
彼が皮肉で言っているわけではないことを、私は知っていた。
長年にわたる“研究”の成果だった。
「最近はあまり酒も飲んでいません。飲む機会すら、なくなってしまって。」
自嘲気味に笑ってみせたが、彼と話すと、どうにも胸の奥がざわつく。
その鋭い眼差し――まるで鷹のようなその目は、私の顔に貼りついた「無害な仮面」を突き抜けて、
内側に潜む、もっとも黒い部分を見抜いているような気がした。
「そうか。」
松田警部の口元が、ほんのわずかに緩んだように見えた。
「なら、その調子で続けてくれ。我々もあまり顔を合わせたくはないからな。」
そう言って、彼は出口の方を顎で示した。
「行くぞ。警察署で調書を取らせてもらう。」
――
署を出たときには、すでに夜の帳が下りていた。
松田警部は担当者として、入口まで私を送ってくれた。
私はスマホでタクシーの到着時間を確認し、まだ数分あると知って空を見上げた。
黒く沈んだ夜空。その下で、彼の顔をそっと見つめた。
「松田警部、まだお仕事ですか?もう七時半ですよ。」
彼は何も答えなかったが、私はそのまま言葉を続けた。
「この時間だと、家に帰ってご飯作るのも遅すぎますよね。きっと外で、何か適当に済ませるしかないでしょうね。」
そう言って、私は彼の方をまっすぐ見た。
「よければ、一緒に晩ごはんでもいかがですか? 松田警部。」
……案の定、彼は私の誘いを断った。
でも、それでいい。私はもう、慣れていたのだから。