010-十八年分の人生、誰のもの?
着陸した直後、森太郎は出口で待ち構えていた警官たちに取り囲まれた。
手錠をかけられ、何の抵抗もなく連行されるその姿に、機内の乗客たちはざわめき、恐怖と好奇心をない交ぜにした視線をこちらへと向けてきた。
私はそのすぐ隣に立ち、彼の顔に浮かぶ一瞬一瞬の表情の変化を見逃すまいと注視していたが、不思議と心は何の波も立たなかった。むしろ、口元に冷笑を浮かべたくなる衝動さえあった。
森太郎の共犯者――そして、彼を告発した張本人として、私もまた警察と共に取調べのため連行されることになった。
空港のロビーを、私たちは数人の警官に囲まれながら進んでいく。
周囲の通行人たちが足を止め、あちこちからスマートフォンのカメラがこちらに向けられる。
――まるで見世物だ。
私は内心で苦く笑った。
人生のどこかで、私は必死に運命を変えようとあがき、人並みに正面から見てもらえる存在になりたいと願い続けてきた。
けれど、いざ注目を集めたその瞬間は、こんなかたちだった。
憧れ続けた「脚光」とは、なんと皮肉な姿をしているのだろう。
帽子とマスクで顔を覆っていたのは、せめてもの救いだった。
晒される視線をいくらか遮ってくれるだけで、自分がまだ「人間」として保たれているような気がした。
……それでも、私はこのようなかたちで「知られる者」になってしまった。
これが、私の辿り着いた結末だ。
東京に戻ると、私は真っ先に警察署へと連れて行かれた。
ここから逃げ出したのは、わずか十二時間前のこと。
再び同じ取調室の椅子に座らされ、目の前には見慣れた顔――松田壮磨刑事がいる。
「おはようございます、松田警官」
私は彼の険しい表情を見ながら、乾いた笑みを浮かべた。
「すみません、昨夜は寝不足で……少しぼんやりしてます」
「坂本美絵、お前には説明してもらうことが山ほどある」
挨拶もそこそこに、松田は低く鋭い声で言い放つ。
「……そうですね。説明が必要なのは、私も分かっています。問題は……どこから話すべきか、なんです」
私が沈黙したままでいると、彼の方から口を開いた。
「では、こちらから質問させてもらう。
森太郎との関係は?」
「愛人関係です」
「昨日、お前は『森太郎が坂本美絵を殺した』と言ったな。あれは本当か?」
「本当です」
「証拠はあるのか? 犯行の手口は知っているのか?」
「詳しいことは分かりません。それは彼に聞いてください」
それ以降の質問には、私は口をつぐんだ。
沈黙が続く中、松田は書類を一枚、私の前に差し出した。
「我々はいくつかの証拠を掴んでいる。だが、それらを見る限り、真犯人はむしろ――お前だという可能性の方が高い」
「違法薬物の販売拠点が発見された。坂本美絵は死の直前、大量の覚醒剤を購入していた」
「売人の証言によれば、買い手にそれを紹介したのは、同姓同名の女だ」
「それが……お前だろ?」
私は曖昧に微笑んだ。
「そうです。彼女が試したいと言ったので、場所を教えました。バーでは……よくある話ですよ」
松田は目を閉じ、頷いた。
「彼女が常習者だったことは、知っていたか?」
私は首を横に振った。
森太郎は、何も言っていなかった。
「検死の結果、彼女は長期間薬物を使用していた可能性が高い。知っていたことがあるなら、正直に話すんだ」
「……本当に知らなかったんです」
松田はもう一枚の書類を取り出し、私に見せた。
「気になって、お前の過去の記録をすべて洗い直してみたんだ。そしたら――奇妙なことが判明した」
「お前の十八歳までの学歴、すべてが……坂本美絵と一致している」
「同じ幼稚園、小学校、中学、高校。しかも、担任の記録まで同じだ」
「だが――大学に進学したのはお前。彼女は受験に失敗して、諦めていた」
「そんな偶然、あると思うか?」
私は、何も答えなかった。
「さらに――お前は入学後、半月以内に改名している。元の名前は……近藤結だったな?」
「その時期に名前を変えるなんて、進学手続きにも影響するだろうに」
「……坂本美絵、いや、近藤結。
お前は一体、何者なんだ?」
私は思わず叫び返していた。
「私は殺していない! 殺してなんかない!
私は……私は、ただ彼女に返してほしかっただけなんだ、私のすべてを!」
松田はドアに手をかけたが、その言葉を聞いて動きを止めた。
「……返してほしい?」
振り返り、私をまっすぐに見つめる。
「お前が彼女の身分を奪い、学歴を奪った。それでも、なお『返してほしい』と言うのか?」
「坂本美絵……お前こそ、すべてを説明してもらおうか」