第59話 漁村に参る!
クラーケンを瞬殺した俺はジェーンの元に帰還。
その撃退速度にジェーンは驚いていたが、引き続き『魔除柱』の打ち込み作業に舞い戻る。
途中でドワーフのカギレレから最後の『魔除柱』をダース単位で受け取り、ひたすらにジェーンが海底に打ち込んでいく。
その間にちょくちょく襲いかかってくる海魔は俺がサクッと始末し、おやつがてらムシャムシャと食べていたら――――
「――よーし! これでラストの『魔除柱』ッス! ようやく『魔除柱』の打ち込み作業が終わったッスよぉーー!!」
ついに、作業完了!
空を見上げて太陽の位置を確認すると、今はちょうどお昼くらいの時間帯。
最初の予定どおり、昼時に終了したようだ。
「いやー、これもぷっくんのおかげッスー! サポート助かったッスよ、ぷっくん!」
「ぷくぷく」
ジェーンのお礼に、「どういたしまして」の意味を込めて答える。
ジェーンはニヒヒっと笑うと、お得意の〈念動魔法〉を操って俺を掴み、港の波止場で待つエレナとカギレレの元までジャンピングした。
「んじゃ、エレナ先輩の元に戻るッスよ! そっぉおおおれっ!!」
「ぷくー!?」
ぐわーん! と上空をカーブを描くように飛び上がったジェーンと、その手にフグの皮を掴まれる俺。
盛大な走り幅跳びのように健康的な褐色肌を太陽の下に煌めかせるジェーンは、爽快感のある笑顔で港までひとっ飛びした。
浮遊と落下を繰り広げ、やがてダァン! と轟音を響かせて着地する。
「お待たせしましたッス、エレナ先輩!」
「ぷ、ぷく~」
ジェーンと俺の帰還に、ずっと遠くから見守ってくれていたエレナが駆け寄ってきた。
「ぷっくん、ジェーンちゃん!」
心配そうな瞳でジェーンの肩を揺らす。
「大丈夫だった!? 怪我はない!? 途中でクラーケンも襲ってきてたみたいだけど……」
「あはは、もうさっき『魔除柱』を取りに戻った時も言ったじゃないッスか。ぷっくんのおかげで、無傷の完勝ッスよ!」
「ぷくっ」
俺はこくりと頷いた。
てか、丸裸の状態で陸上に打ち上げられてしまった。
俺は尾ひれをバタつかせてジェーンの手を離れ、水の塊を生み出してその中にダイブ。
そのまま、エレナが持つ金魚鉢っぽい水槽に収まった。
「ありがとね、ぷっくん。ジェーンちゃんを助けてくれて!」
「ぷくく」
エレナの感謝を背びれで受け取っていると、不意に背後から野太い声がかけられた。
「やれやれ、俺は無視か?」
エレナの傍から、のっそりとカギレレが顔を出す。
低身長のドワーフのおじさんが寂しそうな目を向けてくるが、如何せんおっさん顔なので可愛くはない。
女性陣+フグだけで盛り上がっていたからか、ちょっとしょんぼりしていた。
「もちろんカギレレさんも忘れてないッスよ! 『魔除柱』作製の立役者ッスからね!」
「そ、そうか? まあそれなら良いんだけどよ……!」
カギレレがぽりぽりと頬をかきながら明後日の方向を見た。
なに照れてんだこのおっさん。
「とはいえ、『魔除柱』は全部起動させたんスけど、ちゃんと効果出てるッスかね?」
『魔除柱』は海魔避けの魔道具だ。
設置すれば一定範囲内の海魔を寄せ付けないという便利な代物。
それをベーネストの周辺の近海に半円形となるよう規則的に配置し、港町に海魔が襲ってくることを防ぐのが今回の『魔除柱』設置の目的だ。
水槽を抱き抱えるエレナが、ぽつりと聞いてきた。
「ぷっくん、海魔が近くにいるか分かる?」
「ぷくっ」
ふむ、確認してみるか。
では早速、〈探索〉発動!
脳内にキュイイインと解析された周囲の地形や海魔の索敵結果が流れ込んでくる。
ヴィヴィヴィヴィ……、と〈探索〉が進んでいき、やがて『魔除柱』が設置された範囲内の海域の全てを把握する。
海魔の姿は――ゼロだ!
『魔除柱』の効果はすでに現れてるんじゃなかろうか!
喜んでいると、アドバイザーが補足してくれる。
《厳密に言えば〈探索〉でヒットする海魔は、マスターにとって脅威・有害となり得る『敵性海魔』のみです。つまり海魔でもマスターにとって無害な個体であれば現在の〈探索〉での観測からは漏れてしまいます。しかし、現状の〈探索〉結果から見ても、対象ジェーンが設置した『魔除柱』の効果は十全に発揮されていると考えて良いでしょう。『魔除柱』の質や付近の海域、生息する海魔のレベルを勘案しても、最短でも一年間は海魔の襲来を防ぐことが可能であると判断します。無論、期間中に何らかの要因で『魔除柱』が破壊されれば別ですが》
そうかそうか!
つまりこのままなら少なくとも一年間はベーネストの住民が海魔の被害に怯えなくて済むわけだな!
ちなみに〈探索〉を『魔除柱』の範囲外にまで広げると、赤いアイコンがピコピコピコン! と反応しまくる。
やはり『魔除柱』の外には海魔がたくさんいるようだ。
「どうッスか、ぷっくん? 海魔はいそうッスか?」
「ぷくぷく」
俺は全身を使って頭を横に振った。
「それって、海魔は近くにいないってこと? 『魔除柱』が正常に機能したってことで良いのかな?」
「ぷくっ!」
エレナの言葉に力強く首肯する。
その俺の返答に、「おおっー!」と沸くような声が上がる。
「やったッス! 『海魔に嫌がらせしてどっかに追い払ってやろう作戦』成功ッスーー!!」
そういやそんな長ったらしい作戦名だったな。
両手を上げて喜ぶジェーンに皆も喜び、そんな俺たちを遠巻きに見ていたベーネストの住民たちの顔も明るくなっていく。
あっという間に、見守っていた住民たちがわっと集まってくる。
「【念動の勇者】様、ありがとうございます!」
「ほ、本当にもう海魔は現れないのですか!?」
「この町を救ってくれてありがとー!」
「さすが【念動の勇者】様だぜ!」
大勢の住民や漁師たちに囲まれたジェーンは、照れ臭そうに笑っている。
住民たちに弾き出された俺たちは、港町の人々に信頼され感謝されているジェーンの姿を眺めた。
「すごいなぁ、ジェーンちゃん!」
「やれやれ、『魔除柱』を作ったのは俺なんだけどなぁ?」
「ぷく」
しばらくすると、住民たちはジェーンにお礼を言ってだんだんと職場や家に戻っていった。
ようやく落ち着いてきたところで、ジェーンがこっちに走ってくる。
「いやぁ、お待たせしてすみませんッス! なかなかあの人たちから抜けられなくって」
「ううん、それはジェーンちゃんがそれだけこの町の人たちに信頼されてるってことだよ。だから気にしないで!」
「ぷく!」
「えへへ、そう言ってもらえると助かるッス」
和やかに笑うエレナとジェーンをよそに、港の端っこからカギレレが顔を覗かせた。
「ほらよ、お嬢さん方! 【念動の勇者】様がいるのに、漁村まで歩いて行く必要はねぇだろ? コイツがあれば帰り道はだいぶ短縮できるんじゃねぇか?」
カギレレは港の端に停泊させていた小型ボートの前で得意げに親指を向けた。
「おー! なんスかそれ!?」
ジェーンが走りだし、俺たちも後に続く。
カギレレはニヤリと笑って告げる。
「この町の漁師たちが使ってる小舟の一つでな。古くてエンジンが壊れちまったらしい。処分するにも金がかかるし、ガックリと肩を落としていたから俺が譲り受けたんだ」
カギレレの横に停泊している白いボートは、たしかに茶色いシミや汚れが目立ち、見るからに古びている。
普通ならこんな小舟を貰ってもゴミ同然。
おまけにエンジンも使えないなら動かすこともできないから本当に粗大ゴミなんだが――
「なるほど! つまり、ウチが〈念動魔法〉を使えばエンジン代わりになって、この船で漁村まで一直線って寸法ッスね!?」
「そういうこった! どうやら、アンタらが本当に成し遂げたいことはこれからなんだろう? 『魔除柱』の打ち込み作業も終わったってんなら、もう防衛戦力として【念動の勇者】様が居座る必要もない。他にも勇者がいないってわけでもないしな。だから、アンタらは自分がやらなきゃいけないことに集中してきな!」
「カ、カギレレさん……ありがとうございます!」
エレナが感じ入るように頭を下げる。
なんだ、いつの間にかカギレレがいい奴に見えるじゃないか。
「んじゃ、早速乗り込むッスー! エレナ先輩とぷっくんもどうぞッス!」
「ありがとう、ジェーンちゃん」
「ぷくく」
エレナはジェーンに手を引かれ、俺は自ら水槽を浮遊させてボートの隅っこに陣取る。
俺たちが乗り込んだことで、ぐらん……ぐらん……、とボートが海の上で揺れた。
海の上に浮かぶボートに乗る俺たちと、港の陸地で佇むカギレレ。
カギレレは胸元までたくわえた髭を撫でながら、明るい口調で言った。
「じゃあ、元気でな勇者様たち。これから海魔と戦いに行くのかもしれねぇが、精々気を付けるこった。まあ、また会った時にはよろしくな」
「は? なに言ってるッスか、カギレレさん」
「あん? なに言ってるって、何を――」
「エレナ先輩が困ってわざわざベーネストまでやって来たんスよ? もしかしたらカギレレさんの手が必要になるかもしれないんスから、一緒に連れていくに決まってるじゃないッスか!」
「は、はあ!? い、いや、『魔除柱』の打ち込みも終わったし、俺はもうお役御免だろう!?」
「んなわけないじゃないッスか! ほら、つべこべ言ってないでさっさと行くッスよ! エレナ先輩を待たせちゃダメッス!」
「ちょぉおおおおっ!?」
カギレレの体がぐわりと浮き上がり、ボートの中にドサッと放り投げられた。
重量感のあるカギレレがやって来たことでボートが大きく上下に揺れるが、そんなことなどお構い無しにジェーンが笑顔で立ち上がる。
「ってなわけで、エレナ先輩の拠点の漁村に直行ッスー!!」
瞬間、ボートが急加速した。
エンジンが壊れているボートとは思えぬ推進力で、ぐんぐんと青い海を切り裂くように突き進む。
「――ちっくしょぉおおおおお! せっかくこの後、一杯引っかけようと思ってたのにぃぃいいいーー!!」
カギレレの魂からの泣き言は、青く輝く雄大な空と海の地平に霞んでいくのだった。




