第58話 来る、クラーケン!
「よっし、これで十本目ッスー!!」
ズゴゴォン! と豪快な音が海に鳴り響く。
あれから俺たちは非常に順調に『魔除柱』を打ち込みまくっていた。
ジェーンの指示の元、『魔除柱』を打ち込みたいポイントに移動し、その周辺で俺が『魔除柱』の打ち込みに最適な場所を捜索。なければ俺が破壊して下地を作る、ということを何度も繰り返した。
おかげでベーネストの港をぐるりと円を描くように『魔除柱』を打ち込むことに成功。
いまはちょうど中間地点、折り返しの部分に到達した。
港の左側から弧を描いて打ち込んだ『魔除柱』は、半径五百メートルはあるだろうか。
半円のてっぺんに位置するこの場所はベーネストから最も距離が離れた場所になる。
「ぷっくんのおかげで本当に爆速で『魔除柱』の打ち込みが終わっていくッスよー! これなら下手したら今日の午前中だけで全部終わっちゃうかもしれないッスー!」
「ぷくぅ!」
時計がないので今の正確な時間帯は分からないが、『魔除柱』の打ち込み作業を開始してから三時間弱くらいじゃないかと思う。
早朝の六時頃から開始したので、今の時刻はおおよそ午前九時。
この時点で予定していた作業の半分に到達しているので、もう三時間かけたら作業完了――上手く行けばたしかに昼の十二時くらいにちょうど全ての作業が終わるかもしれない。
「カギレレさんから預かった『魔除柱』はあと一本なんで、次のポイントに打ち終わったら一回港に戻るッス! 追加の『魔除柱』を貰わないといけないッスから!」
ジェーンは背後に浮かぶ『魔除柱』をポンポンと触り、言った。
今のこの場所から港は随分と遠くにあるように見えるが、ジェーンの足ならひとっ飛びだろう。
「じゃ、次のポイントに行くッスよ! こっちの方に打ち込みたいんで、着いてきて欲しいッス!」
「ぷくぷく~!」
ルンルン気分で海底をスキップするジェーンに俺もテンション高く着いていく。
影響されてか、なんだかジェーンと一緒にいると無意識に俺も童心に帰っているような気がする。
田舎に帰省した際、親戚の姪っ子に無理やり外に連れ出されいるような感覚だ。
無邪気に楽しそうに笑うジェーンを微笑ましく思いながら、俺も次のスポットに向けて進んでいくのだった。
● ○ ●
泳ぐこと数分、次のエリアに到着した俺たちは、例によって手頃な『魔除柱』打ち込みスポットを発見した。
そこにジェーンを連れていき、『魔除柱』を打ち込んでもらう。
「いやー、ぷっくんも『魔除柱』打ち込みのスポット探しが板に着いてきたッスねー! もう一瞬で見つけてくるじゃないッスかー!」
「ぷくくぅ」
ふっ、それほどでもないさ。
俺にはアドバイザーがいるから、むしろアドバイザーが周辺の地形のデータを収集して予測ポイントを教えてくれてるだけだからな。
ま、あとはこの『魔除柱』の打ち込みを眺めるだけだ。
ジェーンが『魔除柱』を担いで、〈念動魔法〉で浮かしているのを後ろで見ていた、瞬間。
「――ぷく」
僅かに反応する。
常に発動していた索敵スキルである〈探索〉。
それに、ピコンと反応があったのだ。
《海魔の襲来を検知しました》
ああ。
まだ遠いが……赤いアイコンが俺たちの方に向かって真っ直ぐ突き進んで来る。
これは……戦闘は避けられないか?
「ふぅー! お待たせッス、ぷっくん! 無事、手持ちラストの『魔除柱』、ぶち込んできたッスよー!」
後ろで作業をしていたジェーンが、額の汗を拭いながら海底の岩肌を歩いてきた。
「ん、どうかしたッスか? そんなに海の一点を見つめて」
岩の隙間に生えるサンゴや海藻、岩肌にへばりつくヒトデなどをぴょんぴょんとジャンプして避けながら、ジェーンがひょこっと顔を出す。
それと同時、ようやく朧気ながら海魔の影が見えてきた。
「――……ァァ! ギュ……ギュァァアアア……!」
見た感じ、結構デカイな。
体長十メートルくらいはありそう。
そしてみるみる内に接近してきたその海魔のシルエットが鮮明になっていくにつれ、俺の記憶の一部が刺激された。
(……ん? てか、あの姿どこかで……)
その疑念は、目視できる距離まで接近してきた海魔の姿を見て、確信に変わる。
あ、あいつは――!
瞬時に、〈鑑定〉を発動。
――――――――――――――――――――
名前:クラーケン
レベル:44
HP:2806/2806
MP:5091/5091
物理攻撃力:3546
物理防御力:2999
魔法攻撃力:4771
魔法防御力:3195
敏捷性:3792
器用さ:2813
スタミナ:4102
エクストラスキル:再生
スキル:高速遊泳Lv.10、触腕術Lv.10、墨、水流、水弾
――――――――――――――――――――
「ぷくぅー!」
あー!
やっぱあいつクラーケンじゃねぇか!
思い出すのは、数日前の記憶。
ちょうど、エレナと出会う直前だったはずだ。
恐らくエレナが海で溺れるに至った理由も、あのクラーケンがテンパってエレナたちが乗っていた船を攻撃したからだ。
(もしかして、あの時のクラーケンか?)
アイツ漁村の方では全く見なかったから忘れてたんだが、もしかして俺と出会いたくないから港町のベーネストまで活動域を変えたのかな。
でも生憎、また俺とエンカウントしてしまった訳だが。
「むっ、海魔じゃないッスか! あのフォルムからして……クラーケンッスね!」
ジェーンが戦闘態勢に入る。
クラーケンも雄叫びをあげながら接近してくるが、まだ俺の存在には気付いていないらしい。
まあ今は〈暴君〉もオフにしてるから威圧感がないし、フグは小さいからパッと見で見つけにくい。
「来るってんなら相手になってやるッスよー! こちとら、エレナ先輩の付与魔法を受けて絶好調なんスから――――」
「ギュアアアアアアアアア!!」
やる気マンマンだったジェーンの出鼻を挫くように、クラーケンが突進しながら黒い液体を口から吐いた。
「うわっ! 墨ぶっかけてきやがったッス!?」
クラーケンが持っているスキル〈墨〉か。
効果は文字通りだな。
「くっ、周りが真っ黒になって何も見えないッス……! 一体どこから攻撃してくるッスか……!?」
キョロキョロと周りを警戒するジェーン。
この場はジェーンの〈念動魔法〉の効果で不可視のバリアのような『場』が形成されているからクラーケンも易々と突っ込んではこれないだろう。
でも、クラーケンが持つスキルや魔法となると話が変わってくる。
もしかしたら、この〈念動魔法〉を貫通する攻撃手段がないとも限らない。
「ぷくぷく」
ここは俺が出るか。
元より、『魔除柱』を打ち込むジェーンの護衛役としてエレナから派遣された訳だしな。
「ぷ、ぷっくん? もしかして、クラーケンに挑みに行くんスか?」
「ぷくっ」
「だ、大丈夫ッスか? クラーケンってこの辺りの海魔じゃ比較的強いッスけど……」
「ぷくん」
問題ない。
俺は半魚人魔帝とタイマン張った魚だぞ?
今さらクラーケンごときに恐れを為すものか!
「ぷくー!」
俺はジェーンの〈念動魔法〉の壁を突き破って、ジャボォン! と海中に舞い戻る。
ふぅー、なんか海の中だと落ち着くな。
陸地だと無意識に気を張っているみたいだ。
「ぷっく」
さて、と。
辺りは濃厚な墨が蔓延しているおかげで闇に染まっている。
(だが、俺には効かない! 発動、〈探索〉ッ!)
キィィン! と、脳内に周囲のマップが表示され、クラーケンの位置が赤いアイコンで表示される。
墨での目眩ましも、〈探索〉のスキルを持っている俺の前ではただの悪あがきに過ぎない。
視界が封じられていようと、全体マップから位置と方角を確定できる。
「ぷくっ!」
俺は体を九十度ほど回転。
墨の闇の中に隠れ潜むクラーケンに向けて、真っ直ぐ泳いでいく。
(今は〈暴君〉はオフにしてるから、威圧効果で平和的に解決することはできない。下手に〈暴君〉を発動するとジェーンも怖がらせてしまうからな……)
ゆえに!
俺はぷく~、と口の中を空気で膨らませた。
食らえ、〈空気弾〉!
「ぷっくぅぅううう!!」
――ボォン! と口から発射される、空気泡。
その空気の塊は墨の煙幕を突き破り、数十メートル離れるクラーケンの胴体に命中した。
「ギュガガアアアアアアアアアッ!!」
〈空気弾〉が切り裂いた弾道が、墨を振り払って鮮明な海中の光景を覗かせる。
その透明感のある軌跡を進み、さらなる〈空気弾〉を浴びせまくった。
「ギュア! ギュグア! ギュアアア!!」
以前に遭遇した時よりもさらに俺がレベルアップしているのに加え、今はエレナの付与魔法で強化されているおかげで、〈空気弾〉の威力も上昇している。
クラーケンはあっという間に蜂の巣になり、ロクな反撃も叶わず沈黙した。
墨の煙幕を抜けると、目の前には大量の血霧に覆われたクラーケンの亡骸がひっそりと浮かんでいた。
「ぷっく!」
以前にもまして、クラーケンは敵ではなくなったしまったようだ。
久しぶりにちゃんと海魔と戦い、半魚人魔帝戦でレベルアップした己の強さを改めて実感するのだった。




