第56話 『海魔に嫌がらせしてどっかに追い払ってやろう作戦』、決行!
――翌朝。
俺とエレナ、そして本日の主役であるジェーンは、早朝から港に到着していた。
時刻は朝の六時くらいか。
早朝だと言うのにすでに町の住人たちは目覚めていて、今もひっきりなしに停留した貨物船の荷台部に木箱をせっせと運んでいる。
中には漁師のような出で立ちで大量の網を乗せて出航していく船も見えた。
そんな早起きな港の端っこで、地肌に貼り付く水着を着たジェーンが、高らかに宣言する。
「よし! そんじゃあ気合いいれて作業進めていくッスよ! 今日はよろしくお願いするッス! エレナ先輩!」
「うん! 任せて!」
昨日は皆で早く寝たから、エレナとジェーンも早朝なのに活力に満ちている。
元気いっぱいで眩しい。
フグである俺の調子は別に可もなく不可もなくといった感じだった。
良くも悪くも俺の体調はいつも平均値で安定している。
……その一方で、対照的にグロッキー状態になっている人物が一人。
「……お、おお。もう来てたのか……。遅れて、悪ぃなぁ……ふわぁぁあああ~~……!!」
ドワーフの職人――カギレレである。
昨日にも増して髪や髭はボサボサで、全身から覇気が感じられず、ぐったりとした足取りで港にやって来ていた。
目を擦りながら俺たちに弱々しく手を上げるその姿は、まさに寝起きそのもの。
マジでついさっき目覚めたような雰囲気。
起きてから十分も経ってないんじゃないかとすら思える。
「あー、やっと来たッス! もう、遅いッスよー!」
「すまねぇ……昨日は寝るのが遅くなっちまってよ……」
覚束ない足取りで傍まで来たカギレレに、ジェーンがむっと眉をひそめる。
「もしかして、昨日は夜まで飲んでたッスか? ちょっと酒臭いッスよ」
「え! あ、ああ……いや、まあその……ちと晩酌をな?」
カギレレは気まずそうに視線を逸らし、言葉を濁す。
この男、俺たちと別れた後どっかで一杯引っかけてやがったのか!
夜まで飲み明かした結果の寝不足なら同情の余地ないじゃねぇか!
それにドワーフなら酒も強いんだろうし、気張ってくれ。
「ああ……でもヤバいな。気を抜いたらすぐに眠っちまいそうで……」
「ええ! ちょ、困るッスよ! カギレレさんがいないと『魔除柱』出して貰えないじゃないッスか!」
「分かってる……分かってる、が……ヤバい、目蓋が……」
カギレレがふらふらと頭で舟を漕ぎ始める。
おい、コイツ俺らの前で二度寝ぶっこく気か!?
そうはさせるかぁー!!
「ぷくぅー!」
俺はエレナに抱えられた水槽から、勢い良くジャンプした。
水面を突き破って空中に一瞬だけ浮遊。
その隙をついて、〈水属性の大器〉により体内に水を生成。
ぷくぅ、と膨らんだお腹を引き絞るように一気に口から水のブレスを発射した。
その水は、ビュン! とカギレレの顔面に直撃する。
「わぷぁあああっ!? な、なんだいきなり!?」
「ぷくく!」
カギレレは突如冷水を浴びせられ、顔を手で拭い、頭を振って水滴を飛ばした。
そうして俺は再び自由落下し、水槽の中へと収まる。
ちゃぷん、と水槽内の水の揺れを感じながら、カギレレの様子を眺めた。
「な、なにすんだぷっくん!!」
「あっははは! ぷっくんに水ぶっかけられてるッス!」
「も、もしかしたら眠気覚ましをしてくれたのかも、しれないです!」
エレナは少し申し訳なさそうに言う。
さっすがエレナ!
俺の意図を完璧に汲み取ってくれている!
カギレレは何か言いたげな様子だったが、懐から出したハンカチで顔を拭った。
「だがまぁ……たしかに意識はクリアになったな。ありがとよ、ぷっくん」
カギレレは素直に礼を言ってきた。
気にするな。
やっぱ眠気を吹き飛ばすには冷水で顔を洗うのが手っ取り早い。
また眠気に襲われた時は水かけてやるから安心してくれ。
カギレレはごほんと咳払いをして、俺たちに向き直る。
「改めて、待たせちまって悪かったな。今日は『魔除柱』の打ち込み作業だったか。……とはいえ、ほとんど対応するのは【念動の勇者】様で、俺たちはあまりできることはないが」
「今日はウチに任せて欲しいッス!」
えっへん、と平たい胸を張るジェーンに、エレナが前に出た。
「あのさ、ジェーンちゃん。もし海の中で作業をするなら、ぷっくんの力を借りるのはどうかな?」
「え、ぷっくんッスか?」
「ぷく?」
エレナの提案に、俺とジェーンは同時に首をかしげる。
「ベーネストの近くは比較的安全になったとはいえ、まだ海魔が出ることもあるでしょ?」
「たまに出没するッスね。幸いにもこの辺りは他の海岸線に比べたら海魔の生息割合が少ないんスけど」
「『魔除柱』の打ち込み作業中はジェーンちゃんもちょっと気が抜けちゃったりすることもあるかもしれないでしょ? その時に海魔に襲われないように、ぷっくんに守ってもらうの! 守られてたら、ジェーンちゃんは自分の作業に集中できるでしょ?」
「たしかに、それは助かるッス! けど、ぷっくんってそんな強いんスか? 昨日のエレナ先輩の話を聞く限りだと、結構強いらしいッスけど」
「うん! ぷっくんは最強の海魔だよ!!」
エレナが堂々と宣言する。
そこまで持ち上げられると気恥ずかしさが勝ってくるが、まあこの辺りの海魔ならどうにかなるか。
ただ、『深海』の恐ろしさを知っている俺の本能が、間違っても自分が世界最強だなんて自惚れさせてくれないんだが。
深海生物と比較したらまだ今の俺でも瞬殺の範囲内だろう。
……やっぱ安心するにはもっとレベルを上げないとな。
ジェーンが俺に純粋な目を向けてくる。
「ぷっくんはウチを手伝ってくれるッスか?」
「ぷくぅっ!」
ああ、もちろんだ!
その『魔除柱』とやらを打ち込み終わったら、エレナの『孤島攻略』作戦に協力してくれると言質は取っているので、俺も助力は惜しまないぞ!
海魔撃退くらいなら任してくれ!!
「ぷっくんもやる気にあふれてるみたいだよ! やったね、ジェーンちゃん!」
「はいッス! これで予定よりももっと爆速で作業終わらせちゃうッスよ! それで今日にでもエレナ先輩が拠点にしてる漁村に向かって、作戦会議をするッスー!」
自分のことも忘れていないジェーンに、エレナは嬉しそうに微笑んだ。
そして、エレナが俺とジェーンに手をかざす。
「ちっぽけな応援かもしれないけど、私ができるせめてものサポート……受け取って! パワーブースト! ディフェンスブースト! スピードブースト!」
同時、俺とジェーンの体が淡く輝く。
ジェーンは驚いた様子で自分の体をぶんぶんと振り回した。
「うおおぉぉー!! これがエレナ先輩の付与魔法ッスか! 久しぶりにもらったッスけど、やっぱこれ最高ッスね!! 体が紙切れみたいに軽くなったッス!!」
ぴょんぴょんと元気に飛び跳ねるジェーンは、まさに無邪気に山野を駆ける田舎の少年のような溌剌とした様子でエレナに抱きついた。
ただでさえ身軽で素早く動けそうなスタイルのジェーンの速度がさらに上昇している。
そして上昇しているのは速度だけではなく、攻撃力や防御力も上がっているのだ!
エレナは恥ずかしそうにジェーンのハグを受け入れ、ひとしきりエレナに抱きついたジェーンはパッと離れた。
「んじゃ、カギレレさん。『魔除柱をお願いするッス。何本かまとめてくださいッス!」
「あいよ!」
カギレレはリュックサック型のマジックバッグを地に置き、逞しい腕の筋肉を収縮させて中から長大な黒光りする杭――『魔除柱』を取り出した。
手始めに六本、ピラミッドのように三角形の形状に積み上げる。
ジェーンは満足そうに笑うと、その『魔除柱』の束に手を向ける。
すると、『魔除柱』がふよふよと無重力空間のように浮かび上がった。
ジェーンは軽く準備運動をすると、そのまま短距離選手さながらの全速力で港を駆け抜ける。
一直線に向かう先は、広大な海だ。
「んじゃ、行くッスよ、ぷっくん!」
「ぷくぅ!!」
ジェーンに呼ばれ、俺もエレナが持つ水槽から飛び出す。
〈水属性の大器〉を使用し、ゴポォ……、と水の塊を浮遊させた状態で、ジェーンの横に並走した。
直後、ジェーンは港の縁で、ダァン! と勢いよく踏み込む。
そして、ビューン! と跳び上がった。
燦々と輝く太陽の光を全身に受けて、ジェーンは六本の『魔除柱』を背後に展開しながら、拳を振りかぶった。
「まずはウチの超絶魔法を見せてやるッス! 〈念動魔法〉――サイコキネティック・パーンチ!!」
海面から数メートルの空中で、ジェーンが振り上げた拳を真下に振り下ろした。
が、空振りではない。
ジェーンの拳から放たれた力の塊がエネルギー砲のように海に直撃。
海面が放射状に拡散するが、サイコキネティック・パンチは直下の海水をも掘削し続け――それは海底が露出するまでに広がった。
その海底に、くるくるっと上空で回転して軌道修正したジェーンが、ザンッ、と降り立った。
「そんじゃあ、『魔除柱』打ち込み作業改め、『海魔に嫌がらせしてどっかに追い払ってやろう作戦』――開始するッスーーー!!!」
ジェーンの高らかな宣言が、早朝のベーネストの港に響き渡った。




