第50話 カギレレの使命
パァン! と、手を強く叩く破裂音が響いた。
「助かったぜ、お嬢ちゃん! それに変わった魚! アンタたちは俺の命の恩人だ!!」
俺とエレナに両手を合わせて全力で感謝する小柄で小太りのおじさんの正体は、ドワーフ。
ジャイアントウルフに食われそうになっていたところを、運良く通りがかった俺たちが助けたのだった。
ちなみに俺はエレナの手で金魚鉢みたいな水槽に海水と共に戻され、エレナに抱き抱えられる形でカギレレと視線を合わせた。
対するエレナは手を振って声をあげる。
「そ、そんな! 頭を上げてください!」
「ぷくぷく」
カギレレは照れ臭そうに少しはにかんだ後、安堵したように息を吐いた。
そして、上体を少し傾け、背負った巨大なリュックを大事そうに目で追った。
「アンタたちのおかげでコイツを傷つけずに済んだ。【念動の勇者】様に納品する予定の超重要商品だからよぉ。絶対に無傷で送り届けないとならなかったんだが、その道中で運悪くあのデカイ狼に見つかっちまって……!」
「えっ!?」
「ぷく!?」
カギレレの言葉に、俺とエレナは同時に反応する。
そして、エレナが咄嗟に問うた。
「あ、あの! 【念動の勇者】って、ジェーンちゃんですか!?」
「ん? ああ、そうだ。ジェーン様って方だったか。勇者様って肩書きの方でしか覚えてなくてよ。てか、なんだお嬢ちゃん。【念動の勇者】様を知ってんのか?」
エレナは首肯する。
「はい。ちょうど私たちもジェーンちゃんに伝えたいことがあって、会いに行こうとしてた道中だったんです」
「なんだそうだったのか! そりゃまた凄い偶然だ!」
カギレレは豪快に笑う。
そして、思い出したように声をあげた。
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はカギレレってもんだ。見たら分かるかもしれないが、種族はドワーフだ!」
「私はエレナです。それでこの子が私の使い魔の、ぷっくんです!」
「ぷくぷく」
「そうかい、よろしくなっ!」
カギレレは、ガッハッハ! と笑った。
さっきはエレナに泣きついていたが、こうしてフラットに会ってみれば話しやすいな。
なんか気さくな親戚の叔父さんみたいな感覚だ。
エレナがやや躊躇いがちに言う。
「あの、もしよかったら私たちもジェーンちゃんに会いたいので、着いて行っても良いですか?」
「そ、そりゃこっちとしちゃ願ったり叶ったりだ! アンタたちがいてくれたら、多少の魔物と遭遇してもすぐに討伐してくれそうだしな。特にそのへんてこな魚が!」
「ぷく?」
カギレレは濃ゆめの顔面をぐいっと水槽に近付けた。
水槽のガラスを隔てて、俺の正面におじさんの顔がドアップで迫る構図。
エレナが、むぅ、と唇を尖らせた。
「へんてこな魚じゃなくて、ぷっくんですよ!」
「ああ、悪い悪い! ぷっくんだったか? また魔物が出たら、さっきの調子で頼むぜぃ!!」
エレナの可愛らしい訂正要求に、カギレレは大して気にした素振りもなく頭に手を当てて笑い飛ばした。
エレナはほっぺを膨らませて少し不服そうだったけど、カギレレは俺たちの背後に視線を向け、無神経に話題を変えた。
「で、問題はそいつをどうするか、だな」
言われて、エレナが後ろを振り返る。
彼女に抱かれているフグも、同じく視線を百八十度回転させられた。
目の前には、湿った土の上で息絶えた巨大な狼の魔物――ジャイアントウルフの死体があった。
カギレレは唸りながらおもむろにその死体に近付いていき、大地に倒れる凶悪な相貌の前でしゃがみこんだ。
「ジャイアントウルフは毛皮が貴重でな。素材として剥ぎ取りゃあそこそこの値で売れるんだよ。それに肉も食えるから、干し肉なんかに加工すれば非常食として長持ちさせることもできる」
だが、とカギレレは言葉を濁し、死んだジャイアントウルフの上顎をつまみ、ぐいっと口の中を広げた。
ぶくぶくと吹いた泡が、べちゃ、と揺れ、乱杭歯と歯肉の隙間から泡が漏れ出た。
「この死に方……普通じゃねぇ。そもそもジャイアントウルフにほとんど外傷がねぇし、俺も目の前で戦ってる所から死ぬ瞬間まで一部始終を目撃してたからな。……おいお嬢ちゃん! そのぷっくんとやらがメインで使ってる攻撃は、毒だな?」
「は、はい! 私もあんまり詳しくは分かってないんだけど……ぷっくんの得意技って、水魔法と毒魔法と、噛みつき攻撃の三つ、かな?」
「ぷっくぷく!」
俺は大正解と言うようにアピールした。
そのフグの反応を横目に、カギレレは足元のジャイアントウルフの死体に視線を落とす。
「途中は水魔法のようなものを使って戦ってたが、いまいちジャイアントウルフに効かねぇから毒攻撃に切り替えたのか……。ま、おかげでジャイアントウルフを屠ってくれたのは大感謝なんだが、こりゃ肉の方は諦めるしかねぇな。こんな巨体のジャイアントウルフをたかが数秒足らずで行動不能にして一分と経たずに絶命させるなんて、明らかな猛毒だ。すでにその毒がジャイアントウルフの体内に巡ってるだろうから、肉も毒に汚染されてるだろう。本当はこうして安易に死体に触るのも不味いかもな」
カギレレはパッとジャイアントウルフの上顎から手を放した。
無理矢理広げられていた上顎が元の状態に戻り、ジャイアントウルフの死に顔も戻る。
まあ、カギレレの言う通り、肉は食わない方が懸命だろう。
絶対フグの毒で汚染されている。
気安く摂取してしまうとフグ毒と共に体内に入り、人間なんて容易に絶命してしまうだろう。
なにせフグ毒の致死量は〇.五~二ミリグラムほど。
しかも加熱しても毒は消えないというおまけつき。
さらに異世界バージョンの俺の毒は相手に注入したらすぐに毒が回って死んでしまう。
普通に地球産のフグ毒よりもパワーアップされている可能性がある。
「や、やっぱりぷっくんの毒って危険なの?」
「ぷくぷくっ!」
その質問には全力で『YES』と答えさせてもらう!
間違っても絶対に食べるんじゃないぞ!
ていうか、下手に傷口から毒が入ってもヤバイから、不用意に俺の毒がかかった場所なんかには触れないことをオススメする!
「だが、この毛皮なら使えそうだ! ぷっくんが噛みついた喉付近は念のため捨てるが、それ以外の箇所は上手く剥ぎ取ればまとまった金になるぞ! 良かったら、俺が素材を剥いで解体してやろうか?」
「え、いいんですか!?」
エレナの反応に、カギレレは立ち上がって分厚い胸板をドンと叩いた。
「おうよ! 命を救われたせめてもの礼だ! 解体くらいなら任せてくれ!」
カギレレは背負っていた大きなリュックを地面に置き、ガサゴソと中を漁って工具箱のようなものを取り出す。
その工具箱を開けると、中には色んな種類の刃物が揃っていた。
カギレレはその中から数本の形状の異なるナイフを取り出し、ジャイアントウルフの巨体に向き合う。
ザクザクと黒い毛並みと体の線に沿って刃を滑らせていく。
慣れた手付きで、解体を進めていくその手捌きを眺める俺たちに、カギレレは解体に集中したまま口を開く。
「にしても、そんな強い魔物を使い魔にしてるとはな。しかも水棲の海魔とは、かなり珍しい。お嬢ちゃんはこの辺りで活動してる冒険者なのか?」
「……っ」
エレナは一瞬、言葉を詰まらせた。
カギレレは解体の片手間に沈黙を避けるための何気ない世間話のつもりだったのだろう。
が、エレナは自らの身分を問われ、言葉を探すように口を閉じた。
そして、ゆっくりと答える。
「……私は、冒険者じゃありません。私も『勇者』なんです」
「へぇ。お嬢ちゃんは勇者なのか。そりゃすげぇなぁ――……って、なにぃっ!? ゆ、勇者だと!?」
適当に相づちを打っていたカギレレは、一拍遅れてエレナの発言を理解し、手元のナイフから目を話してエレナを見上げた。
そして、カギレレは自身の顎に手を当てて得心したように頷いた。
「な、なるほどな。言われてみりゃすぐ横に広がってる海は『滅びの呪海』だ……! たしかメシアネス王国が自国で育てた『勇者』を三大魔境の各地に派遣したって大々的に発表してたっけか。てことは、お嬢ちゃんはこの"海の魔境"の攻略を任された『勇者』様ってことか……!?」
「一応、そうなります」
「そうかそうか! 通りであの【念動の勇者】様とも知り合いな訳だ! って、勇者様相手にこんな言葉遣いはヤバイか……?」
「いえ! 私には普通に接していただいて構いません!」
カギレレは笑って「すまねぇな」と答えた。
まあ話してみた感じ、畏まった態度とかそういう人付き合いは苦手そうだもんな。
そしてカギレレは、さらっと口を開く。
「それで、お嬢ちゃんは"何の勇者様"なんだ?」
「――――!」
その質問に、エレナの心臓が跳ねるのを感じた。
想定していた最悪の質問が飛んで来たような、嫌な驚きだった感じがする。
"何の勇者か"、という質問は、いわゆる【○○の勇者】みたいな肩書きを聞いているのだろう。
リセなら【氷の勇者】。
ジェーンなら【念動の勇者】。
それとついでにあのバカ貴族、ゼインなら【光の勇者】、というように。
「ぷくぅ……」
俺はエレナの心中を察する。
だって、エレナの勇者の肩書きは――――!
「私は――……【失格勇者】、です……」
エレナは唇を噛み締め、かすかに震える声で答えた。
エレナはサポート系の魔法には秀でているし、勇者としての人格面も申し分ないながらも、自身で戦う能力が著しく低いせいで、勇者としては見下された立場にある。
思い出すのも腹立たしいが、あのゼインがエレナを【失格勇者】と嘲って罵倒していたのが良い証拠。
そしてゼインほどではないものの、漁村の村人たちも前まではエレナを敬遠していたのだ。
今でこそ半魚人魔帝討伐の功績から漁村の人たちには受け入れられるようになってきたものの、恐らく依然としてエレナが【失格勇者】であることに対して反感を抱いたり負の感情を持つ者は少なくないのだろう。
そして、それもこのカギレレも例外ではないのではないか――
そんな不安がエレナの胸中を占めていることを容易に想像できるが、カギレレはエレナの返答を受けて、ニヤリと口角を歪めて。
「――そうか! なら、アンタのことはエレナって呼ばせてもらっていいか!?」
「……え、あっ、は、はい! それは大丈夫、ですけど……」
エレナは生唾を飲み込み、意を決して訊ねる。
「あ、あの、私に対して何か思うことはないですか……?」
「エレナに思うこと? そりゃあ傷だらけだった俺を回復させてくれて感謝してるって思いしかねぇぜ! 本当に勇者様と出会えて良かったってな!」
当たり前のように笑って答えるカギレレに、俺とエレナはポカンとしてしまう。
特にエレナはそうだろう。
予想していた罵詈雑言が飛んで来ることがなく、むしろ【失格勇者】であることを伝えてもさっきと何も変わらず接してくれるなんて。
カギレレは不思議そうに頭を傾げた。
「なんだ、どうしたんだよ」
「い、いえ。ただ、私が【失格勇者】であることを告げると眉をひそめる人たちが多かったもので……」
「【失格勇者】だとか何だとか関係ないだろ。俺は自分を助けてくれた相手に、心から感謝をするだけだぜ! それが勇者でも冒険者でも、村の子供でもな!」
カギレレはエレナの懸念を笑い飛ばした後、フッと表情に陰を落とした。
「それに、差別どうこうって話なら俺たちだって無関係じゃねぇ。ドワーフは人間に武器や工芸品を卸してて、交易があるからまだマシな部類だろうが……『亜人差別』は依然としてなくならねぇし、たまに差別的な態度をされることはある」
亜人差別……?
そういや、この世界には人間と、人間に近い種族の『亜人』ってのがいるんだったか?
《『亜人』はその字の通り、人間族の亜種です。見た目は人間と大差ありませんが、体の一部が人間と異なることが多いです。代表的な種族で言えば、マスターの目の前にいるドワーフや、エルフなど。ちなみに、『亜人』でありながら一つの個体に高濃度の魔力が集中すると、『亜人』から『魔族』へと進化し、呼称が変わります》
つまり、『亜人』ってのは『人間』と『魔族』の中間的な位置にいる種族の総称ってことか。
俺みたいな転生者はだいたい『人間』か『亜人』に転生するって言ってたよな?
てことは、猫耳美少女やエルフ美人なんかが転生者として生活してる可能性もあるってことか!?
《美少女や美人かは分かりませんが、ケットシーやエルフに転生している転生者がいる可能性は否定できません。また、客観的な事実としてエルフには美形な者が多いと言われています》
そうですかそうですか!
それはちょっと楽しみですねぇ!
つーか、このドワーフ族にも転生者はいる可能性はあるんだよなぁ。
少なくともカギレレは転生者ではなさそうだが、俺の目的の一つは同郷の転生者を探すことなので、『亜人』と遭遇した時はもしかしたらという期待を込めて転生者かどうか見ておこう。
もちろん、人間と出会った時も同様だ。
カギレレはニヤッと挑発的に笑い、鼻息を荒くした。
「だからよ、【失格勇者】だとか気にしねぇこった! アンタはこれからもずっと自分が正しいと思うことをやり続けりゃいいんだよ! うだうだ余計なこと考えてっと、人生無駄に損すんぜ!」
「――――はいっ!!」
不安げな雰囲気だったエレナの表情からは、すっかり暗い色は消え去っていた。
カギレレは解体に戻り、その作業の片手間にエレナと会話をしていく。
無作法で無神経でガサツな一面はあるが、裏表のないカラッとした性格のカギレレに、俺たちは急速に打ち解けていくのだった。




