第48話 ドワーフのおじさん
森の茂みから突如飛び出してきたのは、小柄な小太りのおじさん。
そのおじさんを見て、エレナが反射的に叫ぶ。
「あの人は……ドワーフ!?」
「ぷくっ!?」
ド、ドワーフだと!?
ドワーフといえばあのファンタジー定番種族の一つじゃないか!
おじさんをよく見てみる。
土色の肌に、野性味のある風貌。
豊かに蓄えた髭は腹まで到達しており、茶髪の髪も民族的な雰囲気でまとめられている。
「はあ、はあ、はあ……! だ、誰か、おりませんかぁぁあああ~!!」
ドワーフのおじさんは、自分の背丈よりも巨大なのではないかと疑うほどに大きなリュックサックの紐を両手で握りながら、こちらに駆けてきた。
涙をこぼしながら、まさに命からがらといった様相で悲鳴をあげる。
そして、俺たちと目があった。
同時に、まるで救いの神が現れたとでも言わんばかりに手を伸ばし、もつれる足で懸命に走ってくる。
「お、おおぉぉ~! そ、そこのお方ぁ! ど、どうか助けてくだせぇぇー!!」
「ど、どうされたんですか!?」
エレナの『勇者』としての本能が、即座に行動に移した。
俺も遅れてエレナの後を水槽を浮かしてついていく。
ドワーフのおじさんはエレナの元にたどり着く手前で疲労からか地面の出っ張りに躓き、ずてーん! と盛大に転んでしまう。
背中に背負う荷物は守ろうという思いが働いたからか、ドワーフはロクに受け身も取れずに顔面から大地に突っ込んだ。
「大丈夫ですか!? すぐに回復しますから、待っててください!」
エレナは回復魔法をドワーフにかける。
おじさんは地面から顔を上げ、額や頬、鼻先に付着した湿った土を振り払った。
「う、うぅ、すまねぇ……! てか、こいつは、お嬢さんの回復魔法、ですかい?」
「はい! すぐに良くなりますよ!」
エレナの回復魔法が実際に効果が出てきたのか、ドワーフの表情が柔らかくなった。
が、すぐに一変し、ドワーフは恐れるように山に目を向けた。
「そ、そうだ! ここにいたら不味い! あの化け物が襲ってくる……!!」
「化け物……って、もしかして山に棲む魔物に襲われたんですか?」
「あ、ああ! 依頼主にコイツを届けようと山に入ってたら、いきなり襲われちまった!」
ドワーフは背負った巨大なリュックサックに視線を向ける。
はち切れんばかりにパンパンに膨らんでいるそのリュックサックには何が入っているのか。
"依頼主"だとか言ってたから、もしかしてこのドワーフは行商人とかだろうか?
そんな疑問を他所に、ドワーフが懸念していた恐怖が音を立てて現れた。
ベキベキザクザク……と、山の奥から響いてくる怪しい異音。
そして、薄暗いほのかな闇が広がる木々の奥から、赤い瞳が二つ浮かび上がる。
エレナが驚愕に固唾を飲んだ。
「あ、あれは、まさか……!?」
そのエレナの言葉に応えるように、魔物が姿を日の下に晒した。
闇から這い出たような漆黒の毛並みと、隙間から涎が垂れる乱杭歯。
獰猛な肉食獣の眼光を鋭く突き刺してくるその魔物は、巨大な狼だった。
今度こそ、エレナが立ち上がった。
「――ジャイアントウルフ!!」
「ガルルゥゥウウウウ……ッ!!」
ジャイアントウルフ、だと!?
その名に恥じぬ巨体に、小さなフグである俺は圧倒される。
体長は数メートルに及び、人間なんか簡単に食い散らかしてしまうだろう。
「ひ、ひぃぃぃいいいい~~!! や、奴です! 奴が俺を食い殺そうとずっと追いかけてきた奴ですよ~!!」
ドワーフが泣きつくようにエレナの傍に寄った。
いい歳したおっさんが少女に泣きつく絵面はなかなかにキツいものがあるが、まあこんな巨大狼と対峙したらそうなるのも無理ないか。
ここは俺も相手の実力を把握しておいた方がいいだろう。
というわけで、いざ――――〈鑑定〉!!
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名前:ジャイアントウルフ
レベル:31
HP:1544/1544
MP:801/801
物理攻撃力:3987
物理防御力:3003
魔法攻撃力:521
魔法防御力:1514
敏捷性:3855
器用さ:1167
スタミナ:3590
スキル:引き裂きLv.10、肉食Lv.10、追跡、鉤爪、硬毛、破牙
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ほうほうレベルは三十一か。
見かけは怖そうだが、思ったほど高レベルというわけでもないな。
このレベル帯だと、まあ『滅びの呪海』の表層の平均からちょい下くらいか。
《マスターが有する称号、〈暴君〉を用いれば容易に追い払うことができるでしょう》
静かに状況を見守っていたアドバイザーさんも的確なアドバイスをくれる。
まあ、そうだよな。
俺の〈暴君〉は、自分よりもレベルが下の生物を怯ませ、追い払うことができる。
無駄な戦闘を避けられるという、露払いとして便利な称号だ。
が、しかし。
俺は静かにエレナにすがり付くドワーフに向けて〈鑑定〉を発動させた。
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名前:カギレレ
レベル:22
HP:1194/1603
MP:357/628
物理攻撃力:914
物理防御力:853
魔法攻撃力:521
魔法防御力:749
敏捷性:1045
器用さ:3765
スタミナ:2561
スキル:工芸Lv.10、鍛冶Lv.10、建築術Lv.8、建造術Lv.8、解体術Lv.8、調合Lv.6
称号:工芸鍛冶職人
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ドワーフのステータスが表示される。
名前は……カギレレっていうのか?
変わった名前だが、ドワーフ特有の名前の雰囲気なのだろうか。
まあそれはともかく、重要なのはこのドワーフ――カギレレのステータスだ。
ざっと見たところ、申し訳ないがステータスだけで判断するなら俺よりも格下である。
そして俺の〈暴君〉は、自分よりもレベルが下の生物を無差別に怯ませる、というもの。
ゆえに、この場で〈暴君〉を発動すればジャイアントウルフだけでなくカギレレまでも恐怖で竦み上がらせてしまう。
今の状態でもすでに満身創痍といった感じで、エレナからの回復魔法で肉体は回復したものの絶望した表情でジャイアントウルフを見上げている。
「ぷくぅ」
さすがにそんなカギレレに追い討ちをかけるのも可哀想だ。
それに相手は……海に生息する『海魔』ではなく、陸地に生息する普通の『魔物』。
何気に陸地の魔物に出会うのは初めてである。
半魚人魔も港に上陸はしていたものの、元は水棲の海魔だし。
「ぷくっ!」
よし、それじゃあここは俺がいっちょこのジャイアントウルフを相手してやろうじゃないか!
ふよふよと浮かぶ水槽が、スススッとエレナたちの前に出た。
「ぷっくん!」
「あ、あれは……!?」
俺の登場に二人が反応する。
「もしかして、ジャイアントウルフと戦ってくれるの?」
「ぷくっ!」
俺は少し地面に近づいて〈水属性の大器〉を用い、水槽の中の水だけをごぼっと浮かび上がらせる。
水によって持ち上げていた水槽はその力を失い、ゴトンと地面に落下した。
空中には、ふよふよと浮遊する水の塊と、その水塊の中に佇むフグがあった。
俺の背中ならぬ尾びれを見て、エレナは静かにうなずく。
「……分かった。なら、これを受け取って! パワーブースト! ディフェンスブースト! スピードブースト!」
「ぷく!」
俺の体が立て続けに淡く三色に光った。
エレナの得意領域――付与魔法だ。
今の三種の付与魔法のおかげで、攻撃力・防御力・速度の三つが上昇した。
まあ今回に限って言うなら付与魔法のサポートがなくてもどうにかなるとは思うが……エレナの力、ありがたく借りさせてもらうぜ!!
「ガルルァァ……!!」
ジャイアントウルフはこちらを窺うように前傾姿勢で唸り声を上げる。
獲物として追いかけ回していたドワーフだけでなく、新しい個体である俺たちが現れたから少し警戒しているのか。
だが、堪え性はなかったらしい。
ひとしきり震えて唸っていたジャイアントウルフだが、我慢できずに走り出す。
一直線に、俺たちの元に襲来。
それと同時に、俺も水塊ごとジャイアントウルフに急接近していった。
「ぷくぅ!!」
「ガルルァァアアアアアア!!」
フグと狼。
生息環境も姿形も全く異なる両者が、海と山を別つ海岸線という領域で、激しくぶつかり合った。




