第47話 海岸線、二人きりの会話
『氷の灯台』から出発した俺とエレナは、海岸線を歩いていた。
エレナはざっざっと未舗装の荒れた大地を踏みしめ、俺はその隣をぷかぷかと水槽ごと浮きながら同行する。
左を見てみれば、広大な『滅びの呪海』が広がっていた。
なんつーか、こうして何も知らずに眺めるなら普通に綺麗な海なんだがな。
あの霞む水平線の向こうには荒涼とした魔界が広がっていて、今俺たちはその魔界へ突入するためにこの海を攻略しようとしているだなんて、少し現実感がなかった。
エレナが不意に口をひらく。
「しばらく歩いてるけど、大丈夫? ぷっくん、疲れてない?」
「ぷくぷく」
平気だと伝えるようにくるりと水槽の中で舞った。
エレナは少し微笑みながら、再び前を見据える。
視界の左側に広がる綺麗な海とは対照的に、視界の右には荒れた自然の山々が見えた。
エレナたちが拠点を置く漁村も山の一角を無理やり切り開いたような場所にあり、都市部からは隔絶されたような雰囲気があった。
「なんか、こうして二人でいるのって何気に新鮮だね。私たちが出会った時以来かな?」
たしかに、エレナの横には常にラスキアがいるから、俺とエレナが純粋に長時間二人きりになることはなかった。
「これから会いに行くジェーンちゃんのことなんだけど、ちょっと話してもいいかな?」
俺は首肯するように、ぷくっと頷いた。
「ジェーンちゃんは私が勇者学院に在籍してた頃からの知り合い……いや、友達だったんだ。あ、勇者学院っていうのは、私たち勇者が外の世界で戦う前に色々なことを学ぶための機関として王都に設置された学校なんだ。いま各地で活躍している勇者たちも、半年くらい前まではそこで全員肩を並べて、『生徒』として学校生活を送ってたんだ」
へえ、『勇者学院』なんて学校があるのか。
いかにもファンタジーらしい学校名だが、エレナそこの卒業生ということか。
そう言えば、さっき【氷の勇者】であるリセと喋っていた時も、リセが"勇者学院として不始末"がどうのこうのって口走ってたな。
まああれは結局リセの被害妄想に過ぎなかった訳なんだが。
「『勇者』の資格っていうのは、神聖教会の神託によって選出されるの。だけど、その年齢も性別もバラバラなんだ。中にはおじさんの『勇者』とかもいて、同じクラスで勉強してたんだよ」
勇者学院での生活は一年だけだったんだけどね、と付け加えて、エレナは続ける。
「ジェーンちゃんも、その勇者学院で学んでたんだ。ただ、勇者学院は四クラスあって、私とジェーンちゃんは別のクラスだったから絡むことは少なかったんだけど、なぜか途中からジェーンちゃんがよく話しかけてくれるようになって」
エレナは少し躊躇うように黙った後、自虐的に笑った。
「ぷっくんにはあんまりはっきり言ってなかったかもしれないけど、私、【失格勇者】って蔑まれてたんだ」
「ぷくぅ……」
この前もバカ勇者であるゼインがエレナのことを"【失格勇者】"と罵ってたな。
エレナとしばらく過ごしてたら分かることだが、やはりエレナは【失格勇者】という蔑称に引け目を感じているのだろう。
自分が馬鹿にされている悲しさというよりも、自分一人で他の人を助けることができないという『勇者』としての不甲斐なさとして。
気まずい空気になったのを察したエレナはその空気を振り払うように両手を振った。
「ああ、別に今は前ほど気にしてないんだけどね! ただ、勇者学院の時は皆から避けられて生活することが多かったんだけど、何人かは私に話しかけてくれる人もいて。ジェーンちゃんも、その中の一人だったんだ」
そういう過去があったのか。
だからそのジェーンという勇者の名前を呼ぶときは、エレナは「ジェーンちゃん」と言っているんだな。
基本的にエレナは人の名前をさん付けで呼ぶからな。
ラスキアだけは例外的に呼び捨てだけど、ちゃん付けで呼んでいるのを聞いたのはジェーンという勇者が初めてだ。
エレナは空を見上げて、ニコリと笑う。
「だから、久しぶりだけどジェーンちゃんと会うのがちょっとだけ楽しみな面もあるんだ。前までは勇者としての実績がなかったから会ったとしても無意識に距離を取ってたかもしれないけど、私にも自信がついたってことなのかも!」
この前の、半魚人魔撃退の功績だろう。
しかも上陸してきた雑魚の半魚人魔だけでなく、ボスである半魚人魔帝の討伐にも一役買っているのだから、勇者の実績としては十分だろう!
エレナのおかげで救われた命がいくつもあるはずだからな!
「ぷくぷく~!」
「あはは。ぷっくんも褒めてくれてるのかな?」
「ぷくっ!」
エレナの言葉に俺は全力で肯定した。
そんなの当たり前だ!
ずっと頑張っていたエレナの努力と勇者としての矜持が報われて本当に良かったと思っているぞ!
俺は水槽の中をぐるぐると泳いで嬉しさをアピール。
そんなフグの姿を、エレナは笑って眺める。
と、不意にエレナが頭を傾げた。
「……前からちょっと気になってたんだけどさ、ぷっくんって私の言葉が分かってる、のかな?」
「ぷくっ」
エレナは空中に浮いている水槽を優しくキャッチして、俺と至近距離で目を合わせる。
「ぷっくんって、言葉が分かってるような素振りをするよね? 私だけなら、従魔契約を交わしたからかと思ってたけど、ラスキアとかの言葉も理解している風だし、ちょっと気になってたんだ」
「ぷ、ぷく?」
あ、あれ、これ回答次第では不味い事態になる??
たしか前にラスキアが、人間と会話ができるのは高位の魔物か魔族くらい、みたいな話をしてたような。
だからこそ、俺はエレナやラスキアの前で言葉を封じたのだ。
別にやろうと思ったら〈思念伝達〉のスキルで普通に会話できるんだけどね。
ただでさえ怪しい野良フグである俺を気に入ってもらうためにはあんまり不穏な要素を省いた方が良いかと思って、今に至るまで〈思念伝達〉は封じている。
まあ、エレナが溺れていた時だけは緊急事態ということもあって〈思念伝達〉で会話をしたが、当時のエレナは意識が朦朧としていたので今ではただの幻覚だったということで納得してもらっている。
だからあんまり正確に人の言葉を理解し過ぎていることを悟られるのも、結果的にそれはそれで怪しいフグということにならないだろうか!?
焦る俺とは反して、エレナは少し頬を赤らめながら視線を落とした。
「あ、あのさ、また二人きりになった時に、私の話……聞いてくれるかな?」
「ぷく?」
え、それってどういう……?
「こんなこと、勇者として言うのはどうかと思ってたんだけど……また不安なことがあったら、ぷっくんに話してもいい?」
エレナは控えめに訊ねてくる。
その言葉を聞いて、ようやく察した。
きっとエレナには、仲間であるラスキアには話せないこともあるのだろう。
特に弱音などは中々言いにくい。
その点、喋ることができないペットである俺は適度な距離感を保てる存在だ。
ラスキアも俺と二人の時に、エレナのことを助けてやってくれ、というような使命を託してきた。
話を聞くくらい、俺に任せてくれ!!
とはいえ、ぶっちゃけもっとヤバイことに気付かれるかと思って肝を冷やしたぜ。
人間の言葉が分かるなんて気味が悪いからこのまま海にリリース! なんて最悪の事態にならなくて良かった!
俺とエレナは互いに笑いあってプチ旅行のような会話を楽しむ。
俺は人語を返すことができないので基本的にはエレナの独り語りに俺が相づちを打ったり反応したりする形にはなるが、何もない海と山の境界の旅路は楽しいものになった気がする。
そうしてしばらくエレナとの会話を楽しんでいると、不意に声が聞こえてきた。
「…………ァ~……ェ……アァ……!!」
途切れ途切れの、遠くから響いてくる何者かの唸り声。
「っ!」
「ぷく!」
エレナは足を止め、俺もその唸り声の出所に目を向ける。
「……いま、なにか聞こえなかった?」
「ぷ、ぷく……!」
ガサガサッと森の茂みが揺れた。
俺たちは瞬時に戦闘態勢に入る。
「やっぱり何かいる! もしかして、山の魔物!?」
「ぷくく!」
周囲には人が住むような村も小屋もない。
長年放置された木々とボーボーに伸びきった雑草がずっと先まで続いている。
そして、こんな何もない所に用がある人間もまずいないだろう。
ということは、つまり――人間以外のナニか。
ガサガサガサッ! と揺れる茂みは次第にその激しさを増していき、やがてポンッと小柄な影が飛び出した。
「だ、誰かぁ~! 助けてくれぇぇえええ~~!!」
鬼が出るか蛇が出るか。
固唾を飲みながら窺っていた俺たちの前に飛び出してきたのは、巨大なリュックサックを背負った小さな小太りのおじさんだった。
エレナが目を見張る。
「あの人って……ドワーフ!?」
えっ、ドワーフ!?




