第46話 『港町』に出発!!
エレナは整った姿勢のまま、はっきりとした口調で告げる。
「"海の魔境"に派遣された『勇者』の中でも最強と言われてる女の子。【念動の勇者】――ジェーン=バノアちゃんに協力を仰ぎに行きます」
周囲からは氷の冷気がひっきりなしに俺たちの体温を奪いに来る。
そして、エレナのその発言に場の雰囲気が変容した。
【氷の勇者】に引き続き、【念動の勇者】、か。
二人目の勇者の存在に俺もピクリと反応する。
いや、それよりも気になるのは【念動の勇者】の謳い文句だ。
"海の魔境"に派遣された『勇者』の中で最強、だと……!?
意外にも、エレナの言葉に真っ先に反応したのはリセだった。
「ね、【念動の勇者】さん、ですか……?」
エレナは首肯する。
「はい。彼女の得意魔法は〈念動魔法〉による物体操作です。何度かジェーンちゃんの魔法は見たことがあるんですけど、かなり大きな物体も難なく浮かしたり動かしたりしていました。あれだけの魔法を扱える力があれば、『氷の船』一隻くらいの操作は造作もないはずです」
なるほど、〈念動魔法〉は物体を動かす能力があるのか。
超能力のサイコキネシス的な感じかね。
一応俺が持つエクストラスキルの〈水属性の大器〉も水ならば自由に動かせて、水塊の中に収まることで空中に浮かすこともできるから、これも一種のサイコキネシスに近い性質はありそうだ。
ただ、〈念動魔法〉を操るそのジェーンという『勇者』の能力は、俺の比ではないということだろう。
ラスキアが横から待ったをかける。
「でもよ、たしか【念動の勇者】は『滅びの呪海』を飛び回ってんじゃなかったか? アタシたちみたいに一ヵ所のエリアに滞在して魔境を防衛するんじゃなく……」
「……そうだね。ジェーンちゃんは現状この"海の魔境"で一番強い。だからこそ、私たち『勇者』の中でも数少ない"攻勢"に転じられる人材なんだよ。だから一ヵ所でひたすら防衛に参加するよりも、実際に『滅びの呪海』の海岸線近くに隣接してる街や村なんかを飛び回って海魔の討伐に励んでるはずだよ」
エレナは若干トーンを落として話す。
【念動の勇者】の活躍を言いながら、自らの不甲斐なさを恥じているような、そんな感情が見え隠れしていた。
「【念動の勇者】は各地で引っ張りだこだ。アタシも一度だけアイツが戦うのを見たことがあるが、マジで強ぇからな」
「ただ、問題はジェーンちゃんが今どこにいるか何だよね……。短期間で色々な海岸線に移動し続けてるから、どこにいるのか特定するのが難しいのがネックなんだけど」
どうやら、【念動の勇者】であるジェーンとやらは人気者みたいだな。
あのラスキアが珍しく人をちゃんと褒めてるし、【念動の勇者】の実力は本物なんだろう。
一体どんなヤツなのか気になるな。
ラスキアを上回るような筋肉ゴリラだったりして。
「あ、あのぅ、それなんですけど……」
リセが控えめに声を上げる。
皆の視線を一身に浴び、ビクッと肩を震わせた後、あわあわとしながら喋った。
「ね、【念動の勇者】さん、なら、今は『滅びの呪海』北側に位置する、み、港町で、なにか計画をす、進めてる、って……聞きました、けど……」
「え、ホントですか!?」
「は、はいぃぃ……!」
体を弾ませ身を乗り出すエレナに、リセはコクコクと頷く。
ラスキアが顎に手を当て、視線を斜めに切って独りごちる。
「北側にある港町っつーと……"港町ベーネスト"か。この漁村からじゃちょっと遠いな」
「うん。歩いてだと数時間はかかっちゃうね」
俺は『氷の灯台』の窓から外を見てみる。
燦々と輝く太陽がてっぺんに昇っていた。
今はちょうどお昼くらいか。
エレナは決意するように頷いた。
「できれば一日でも早く話を取り付けたいから、早速今からベーネストに行ってくるよ。ぷっくんも着いてきてくれる?」
「ぷくぷく!」
俺はヒレを動かして縦に泳ぎ、首肯する。
エレナは嬉しそうに微笑んだ。
「……ま、状況は分かったぜ。じゃあこの足でさっさと行っちまおうぜ」
「あ、そのことなんだけど」
無造作に立ち上がるラスキアに、エレナは気まずそうに苦笑して言った。
「ラスキアは、この漁村に残ってくれないかな……?」
「……はぁ!? な、なんでだよ!?」
思わぬエレナの要請にラスキアは驚きに声を張り上げた。
「い、いやぁ、さすがに漁村から私たち全員が離れるのもどうかな……って。他にも勇者はいるけど、やっぱり私としても信頼できる人が一人は村に居てくれた方が安心するというか」
まあ、分からなくもない。
つい先日も半魚人魔が漁村に上陸してきたばっかりだし。
海魔は基本的には海から出てくることはないが、陸上に侵攻してくる可能性がゼロではないというのが厄介な存在だ。
てことは、今回はラスキアはお留守ルートか。
ラスキアは鬱憤を晴らすように頭をガシガシと掻いた。
「……チッ、わーったよ。んじゃアタシは村で残って海魔の襲来に備えるがてら鍛練でも積んどくとするわ。ベーネストまで向かうなら、確実に泊まりになるな」
「二、三日くらいかかっちゃうかも」
「ま、そこんところは流れ次第だろうな。性格的に、話をすれば【念動の勇者】なら快く引き受けてくれそうな気もするが……」
言って、ラスキアはリセを見下ろす。
「あー、あとリセ。お前の様子も毎日見に来るからな。『氷の船』の製造サボんじゃねぇぞ!!」
「ひ、ひゃいぃぃい! さ、さささ、サボったり、しし、しませんよぅぅ~……!!」
肉食獣のようにがなるラスキアと、小動物のように縮こまるリセ。
……この二人を残して大丈夫だろうか。
リセがラスキアからのストレスで死んだりしないだろうな?
ほら、ハムスターとか過度のストレスがかかると早死にするっていうし。
「エ、エレナ、さん。私は、と、とりあえず、十人くらいが、の、乗れる大きさの、船を、つ、作っておきます、ね……?」
「はい! そんなに複雑な造形じゃなくても良いので、よろしくお願いします!」
優しいエレナの返答にリセも安心したように頷いた。
ガタッ、と俺の体が空中に浮く。
水槽ごとエレナに持ち上げられたからだ。
「それじゃあ、私たちも行こっか。道中もよろしくね、ぷっくん!」
「ぷくぷくっ!」
「それにしても……うぅ、ちょっと冷えちゃったな」
エレナがぶるるっと体を震わせる。
その姿を見たリセがペコペコと何度も頭を下げ、ラスキアが大声で制す。
それによってさらにリセがあわあわと焦ってしまうという何とも賑やかな見送りを受けながら、俺とエレナは『氷の灯台』を後にするのだった。




