第45話 勇者の要請
【氷の勇者】――リセが座布団のようなクッションを取り出してきて、エレナとラスキアが床に腰を下ろす。
さすがに一面氷の空間では直に座ると凍傷になるからな。
同時にリセはちゃぶ台のような足が短いテーブルを氷で生み出し、氷のグラスも生み出してそこにジュースを注いだ。
ちなみに俺は水槽に収まったまま、エレナの隣の床に陣取っている。
水槽の下にはクッションがないので、直に氷の床から冷気が伝ってきて水温が急速に下がっていくのを感じた。
まあ、俺は普通の魚じゃないから、これくらいの寒さじゃまだ大丈夫だよな?
《現状の水温ではマスターに実害はありません》
アドバイザーの断言にほっと一安心。
エレナもリセに感謝しつつ、事のあらましを語った。
先ほど、会議場でダーベ村長たちに話したものと同じ内容だ。
「――――と、いう感じで考えています。どうでしょうか。この『孤島攻略』作戦に、リセさんのお力をお貸しいただけないでしょうか?」
リセはビクビクおどおどしながらエレナの話を大人しく聞いた。
そして、視線を彷徨わせながら答える。
「お、おお、お話は……分かり、ました。それで、あの……私は、一体何をすれば……?」
雪化粧のような真っ白な指先を重ね合わせた。
エレナは淡々と事実を述べる。
「『孤島攻略』作戦を実行するには、大前提として孤島に向かうまでの"足"が必要です。いわば、船ですね」
そして、とエレナは一拍置いて。
「単刀直入に言うと、リセさんには私たちが『孤島攻略』を行う上で船を作っていただきたいと考えています」
「は、ははははいぃぃ!? ふ、船なんて、私に作れるわけないじゃないですかぁ! ふ、ふふ、船大工のと、友達とかも、いいいませんよぉ!?」
「いいえ、リセさんならできますよ。ていうか、これはリセさんにしか出来ないですから」
エレナは挑戦的な笑みを浮かべ、リセにぐいっと身を乗り出す。
「リセさんには、私たちが十分乗れるくらいに大きな『氷の船』を造っていただきたいんですっ!!」
ドーン! と効果音が飛び出してきそうなカミングアウトをした。
リセは、たっぷりフリーズした後、わちゃわちゃと体を動かしてのけ反った。
「ふ、ふぇぇええええええ!? こ、こここ、『氷の船』、ですかぁぁあああああ!?!?」
リセの驚きようは大袈裟に思えるが、エレナの作戦には俺も衝撃を受けた。
チラリと視線を流せば、ラスキアも強張った表情でエレナを見つめている。
エレナは霜がざらつく氷の床に視線を落とす。
「『孤島攻略』をする上で"足"となる船が必要なのは言うまでもないんですけど、それと同時にこの作戦を進めようと思えば必ず海魔との戦闘になります。ううん、きっと空を飛行する鳥類型の魔物も襲ってくるはず。だから普通の船だと、危険が高すぎるんです」
「……もし孤島に向かうまでの道中、海のど真ん中で海魔や鳥の魔物に攻撃され、船が大破したら乗組員は全員溺死が確定……っつーことか?」
「うん。例え私たちの体は無事でも、船を攻撃されたらひとたまりもない。つまり普通の船で出航した場合、私たちは自分と仲間の命だけじゃなく、巨大な『船』という生命線も最優先で守り抜かなきゃならないことになっちゃうの」
冷静に考えればそういうことになる。
魔物たちと戦いながら船まで防衛するのは、さすがに守るものが多すぎるな。
ていうか、海魔や鳥の魔物たちがどれくらい頭が回るのか知らないが、多少知恵がある個体なら船を破壊しようとしてくるやつもいるかもしれない。
ラスキアが不満を多分に含んだため息を吐く。
「本来ならもっと金を積んで最新式の海魔対策用の船舶でも入手できりゃあ何の問題もないんだがなぁ。生憎、この寂れた漁村にそんな目ん玉飛び出る額の船を買えるだけの経済力はない。今、村の漁師たちが使ってる船は全て旧式のモンだ。近場の海域ならまだ何とかなるが、数キロ離れた孤島間の移動に使うにはあまりにも不安が残りすぎる」
まあ本当は近場の海域でもあんまり使うべきじゃないんだがな、と付け加えて、ラスキアは手元のグラスを傾けた。
苛立ちを洗い流すように喉を鳴らす。
エレナは努めて優しく、だけど確かに芯が宿った声音でリセに向きあう。
「その点、リセさんの〈氷魔法〉はとても柔軟性があって使い勝手がいい魔法だと思っています。その〈氷魔法〉を使って『氷の船』を造ってもらえれば、『船』に対する私たちの重要度が下がるじゃないですか。もし『氷の船』が破壊されたとしても、その場にリセさんがいてくださればまた新たな『氷の船』を造り出し、そちらに移動すれば良いだけなんですから」
非常に画期的なアイディアなのではないかと思う。
リセの魔法の能力を活かした素晴らしい作戦だ。
魔法とは攻撃に使うだけのものではないと気付かされる。
【失格勇者】として攻撃魔法を持たないエレナだからこそできる柔軟な発想か。
ていうか、リセってどんくらい強い『勇者』なんだろうか?
気になるし、ちょい調べておこう。
いざ、〈鑑定〉!!
――――――――――――――――――――
名前:リセ=ファーレン
レベル:49
HP:2743/2743
MP:1855/1855
物理攻撃力:571
物理防御力:506
魔法攻撃力:1753
魔法防御力:1301
敏捷性:512
器用さ:889
スタミナ:675
魔法:氷魔法、氷結魔法
称号:選ばれし勇者
――――――――――――――――――――
ずらりとリセのステータスが表示される。
おお、見た目も性格もおどおどしてて挙動不審さを否めないが、結構強い部類だぞ。
少なくともゼインよりは強いし、ラスキアよりもレベルは上回ってる。
こんな出不精の気質だってのに、どうやってレベリングしたんだ?
見えないだけで、意外と隠れて海魔を倒して村を守ったりしてんのかな?
対面に座るリセは、自身の指先を忙しなく遊ばせながら告げた。
「で、ですがぁ……最新式の船には、ま、魔物避けの魔法や、防御魔法が……く、組み込まれて、ます、よね……? わ、私が氷で船を造っても……そ、そういった、魔法はつ、つつ、着けられないん、ですけど……」
「それは、任せて下さい」
エレナは、ふふんと得意気に微笑む。
「私の得意魔法が何だったか、お忘れですか?」
「エ、エレナさん、の、と、得意魔法……? …………あっ」
リセは少し頭を悩ませた後、ハッと目を見開いた。
エレナは真剣な眼差しで、リセを見据える。
「『船』という物体さえ造ってもらえれば、最低限の備えは私が請け負います」
「そ、そそ、それって、つまり……」
「はい。私が『氷の船』に付与魔法をかけることで、擬似的に『氷の船』が持つ一部のパラーメーターを底上げします!!」
エレナの宣言に、俺は息を呑んだ。
……『氷の船』を対象とした付与魔法の発動、か。
なるほど、考えたな。
エレナの得意魔法は、付与魔法と回復魔法。
つまり付与魔法はエレナの得意技の一つ。
半魚人魔帝との戦いの時では実際に俺もエレナの付与魔法を受けたが、あの魔法によるステータスのパワーアップがなければ恐らく勝つことはできなかったであろうと確信している。
つまり、エレナには極めて高い付与魔法への適性があり、その付与魔法を『氷の船』にかけることができれば――
「――いける! それなら、マジで孤島まで船を走らせられるかもしれねぇ!!」
ラスキアが希望に満ちた瞳で声を弾ませる。
「なんだよエレナ! そんなスッゲェ作戦思い付いてたんなら、もっと早くアタシに言いやがれってんだ!」
「ご、ごめん。相談しても良かったんだけど、タイミングがなくて……」
そういやここの所、エレナは村の復興作業と俺に付きっきりだったからな。
まあ、俺といたのは単に餌やりやお喋りなど、フグと遊んでたのが大半だが。
でも、この作戦を思い付いたのはマジですごいぞ!
さすがエレナ!
「ぷくぷく」
「わあ! ぷっくんも褒めてくれるの?」
「ぷくぷく!」
「ありがと~!」
エレナはコンコンと水槽を指で叩く。
俺の顔がある位置だ。
その光景を見たリセが、おずおずと口を開く。
「あ、ああ、あのぅ……そ、それって海魔、ですか……?」
リセが俺をチラ見する。
金魚鉢のような水槽内にじっと佇む俺に、エレナが破顔した。
「この子は、『ぷっくん』って言います! 私がテイムした使い魔です!」
「ぷくぷく」
「つ、使い魔……ですか」
リセはチラチラと俺を見た。
フグの何とも言えないふてぶてしいご尊顔を眺めた。
「か、可愛い、ですね……そ、その……ぷっくん」
「でしょ!? やっぱりそう思いますよね!? ぷっくんってホント可愛いんですよ! 見る度にかわいくなってる!!」
エレナがテンション高めに嬉そうに笑う。
ラスキアは、また始まった……、と言わんばかりに呆れ顔だ。
まあ渦中にいるフグである俺は少々感じる気まずさを払拭するため、咳払いをした。
ごぽごぽっ、と口から空気が漏れる。
「……ご、ごめんなさい。さ、ささ、さっきから、その海魔のこと、気になっていて……つ、つい、関係ないことを、口走っちゃいまし、た……!」
「あっ、わ、私もすみません。ちょっと取り乱しちゃって……」
えへへ、とエレナとリセははにかむ。
ちょっとは打ち解けてきたのだろうか。
リセが少し挙動不審な態度が弱くなってきている。
「それで、あの、先ほどのお話の、続きなのですが……」
「はい! なにか疑問点がありますか?」
リセは少し考えた後、控えめにコクリと頷いた。
「ふ、付与魔法のことは、り、理解しまし、た。たしかに、エレナさんの魔法なら、きっと高い効果を発揮できる、んじゃ……ないかと、思います。た、ただ……も、もう一つ、『氷の船』には、欠点が、あります……」
リセは自身の指先をくしくしと絡める。
「わ、私の〈氷魔法〉なら、たしかに『氷の船』は造れると、お、思います。ですが、あくまでも、船の形だけ、です。つ、つつ、つまり……エンジンがない、ので……う、動かせないんじゃ、ない、かと……」
リセは消え入りそうな声で話し終えた。
長文を語ったからか、精神疲労がすごそうだ。
ふむ、エンジンか。
たしかにそれはもっともな疑問だ。
『氷の船』というアイディアと、エレナの付与魔法による防御機能の構築という対応策で忘れていたが、根本的にエンジンがなかったら出航も操縦もできない。
だが、エレナは表情を変えずに滔々と答えた。
「その問題も、一応解決策は考えてあります。リセさんと同じようにもう一人、『勇者』に協力を仰ぎに行きます」
ラスキアが眉を動かす。
「そういや、協力が必要なやつは二人いるって言ってたっけか? 【氷の勇者】以外に、誰の力が必要なんだ?」
その問いに、エレナは短く息を吐き、やがて意思を込めた瞳で宣言した。
「"海の魔境"に派遣された『勇者』の中でも最強と言われてる女の子。【念動の勇者】――ジェーン=バノアちゃんだよ」
なに?
【念動の勇者】、だと……!?




