表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/53

第44話  【氷の勇者】


 漁村から歩くことしばらく。

 海岸線の一角に見えたのは、天空へと伸びる純白の塔――――巨大な氷の造形物。

 それは、『灯台』の形をしていた。


 ざっ、とエレナとラスキアが灯台の前までやって来る。


「着いたね。『氷の灯台』」

「……はてさて、出不精のあの弱腰勇者がまともにアタシらの前に出てきてくれるかね」


 エレナはやや緊張した面持ちで、ラスキアは辟易とした様子で独りごちる。

 俺は水槽の中から、眼前に聳える巨大な『氷の灯台』を見上げた。


 はえー……すっごい建物だな。

 これ全部氷でできてんのか?

 これも魔法なんだろうかね。


《〈氷魔法〉の応用と推測します》


 そうか。

 ま、【氷の勇者】って言うくらいだから、やっぱり得意魔法は氷属性の物なんだろうな。

 だが、ラスキアの言葉が気になるところだ。

 曰く、"出不精"だとか"弱腰勇者"だとか……。


 エレナが歩いていき、灯台の入り口らしき扉に向かった。

 ご丁寧に呼び鈴のようなものも備えつけらているようで、エレナがカランカラーン! と鈴を鳴らす。


「すみませーん! 勇者のエレナ=シャーロットですー! 少しお話させていただけませんかー?」


 エレナが口に手を当てて大声を出した。


 …………が、反応なし。


『氷の灯台』は、ただ冷え冷えとした冷たい空気だけを周囲にばらまいている。


「すみませーん! 勇者エレナですー! いらっしゃいませんかー!」


 再度呼び掛けるが、やはり無反応。

 エレナは灯台を見上げながら眉を曲げる。


「うーん、もしかして今は留守なのかなぁ? 残念だけど、少し時間を置いてからまた来よっか――」

「いやエレナ。それには及ばねぇぜ」


 ラスキアが俯きながら灯台に向かう。


「アタシがいっちょ、引きずりだしてやるッ!!」


 ガァン!! とラスキアが拳を突き合わせた。

 人間が拳から発したとは思えないほどの轟音と、圧縮された空気の突風が俺たちに吹き荒れた。


 不敵な笑みを溢しながら灯台の扉に向かい、エレナと代わったラスキア。

 一拍間を置き、カッと目を見開く。 

 そしてラスキアは不意に拳を振り上げ――――全力で氷の扉に打ち付けた!!


「オッラァァアアアアアアア!! なに居留守こいてんだ【氷の勇者】ァァアアアア!! エレナが呼んでんだからさっさと顔出しやがれェェェエエエエエエエエエエエエ!!!」


 ――ドゴゴォォォオオオオオオオン!!


『氷の灯台』に激震が走り、海面に不規則な波紋が立った。

 遅れて、反動の突風が辺りに吹き荒れる。

 ラスキアの全力の殴打を受け、『氷の灯台』の扉にビシッとヒビが入った。


 ラスキアの脅しは効果があったようだ。


「ひゃぁあああ~……!?」


 灯台の上の方から、ドンガラガッシャーン! と何かの物体が崩れるように倒れる音が響く。

 その雪崩のような落下音に、消え入るような悲鳴が紛れていた。


 ラスキアはしてやったりと笑い、再び拳を振り上げた。


「オラオラどうしたァ! まーだ聞こえねぇのかこの野郎ッ!! さっさと出てこねぇと、テメェの引きこもり部屋が氷の瓦礫になっちまんぞゴラァアアアアアアアアアア!!」


 ドゴンッ! ドゴォン!! ドゴゴォォオオン!!


 ラスキアのパンチが次々に響き渡る。

 ボクサー顔負けのキレのあるフォームで何度も何度も氷製の扉を殴りつけ、その度に徐々に『氷の灯台』全体にヒビが深く広く刻まれていく。

 枯れ枝のようなヒビが無秩序に外壁全体に走ったところで、『氷の灯台』のてっぺん辺りの小窓がガチャンと開けられる。


「わ、わわわ、分かりましたからぁ~……! も、もう壁を殴るの、や、止めてくださいぃぃ~~……!!」


 へなっへなの、消え入りそうな弱々しい女の声。

 普段から言葉を発していないのか、声帯が乱れて地声と裏声が混ざりあった紙粘土みたいな叫び声だった。


 やがて、『氷の灯台』の扉が自動的に開かれる。


 ゴゴゴゴ……、とゆっくりと両開きで解放される氷製の扉は無数のヒビで今にも崩れ落ちそうになっている。


 ラスキアは鼻を鳴らして拳を突き合わせた。


「フンッ! いるんなら最初っからとっとと出てきやがれってんだ。無駄な手間かけさせやがってよ。ほら、エレナ。行こうぜ」

「う、うん」

「ぷくぅ……」


 親指をくいっと動かして先導するラスキアに、俺とエレナはやや引きながら後を着いていくのだった。




 ●  ○  ●




 入り口の扉を潜ると、まず目の前に螺旋階段が現れた。

 さすが『氷の灯台』と呼ばれているだけあって、内部まで全てが氷で造られている。

 螺旋階段は白く不透明な氷を巧みに削りだしたように形成されており、この灯台内全体から自然と発される冷気が全身を冷やす。

 霜でざらついた階段や壁、床を眺め、階段を上がっていくと、とある一室に到着する。

 軽いキャッチボールができるくらいには広い。


 そんな室内の真ん中で、大きなクマのぬいぐるみを抱き締めた少女が猫背で立っていた。


「ど、どどどど、どうぞぉぉ……!!」


 おどおどとした挙動不審な女。

 いや、肩書き的には『勇者』か?


 だが、彼女の格好は白く霜が張った外套に身を包み、さらにフードで顔の大部分を隠して、怪しさMAXである。

 しかもこの部屋の中は、生活感で溢れていた。

 氷で作られたテーブルや椅子、食器などが無造作に置かれている。

 休憩用の座布団らしきクッションや、睡眠用のベッド、そしてなぜか大量に散らばっている色々な動物のぬいぐるみは氷ではなくちゃんとした布製品となっていた。


 はっきり言って、来客を出迎えるような態度でも室内でもない。

 まあ、出迎えたっていうかラスキアの恐喝に屈してこの氷でできた建物を無血開城しただけなんだが。 

 その点は同情しよう。


「この灯台の中は初めて入ったが……汚ねぇな」

「はううぅぅ!? す、すみませんすみません!」


 ラスキアの容赦ない一言に、【氷の勇者】は情けなくペコペコと頭を下げる。

 そして深く頭を下げた後、上体をゆっくりと上げてフードの隙間から瞳を這わせる。


「そ、そそ……それで、あのぅ……い、一体、私に何のご用、でしょうか……?」


 チラチラとラスキアを窺い、ラスキアにギロッと睨まれてビクビクゥ!? と肩を震わせる。

 今にも逃げ出してしまいそうだが、この閉鎖空間では逃げ場はない。


 エレナはかすかに白く色付いた息を吐きながら、努めて優しい口調で【氷の勇者】に笑顔を向ける。


「突然押し掛けてしまってごめんなさい。実は、あなたに話があって来たんです」

「わ、私に、は、話ぃぃ!?」


【氷の勇者】は声をひっくり返しながら、今度は土下座する勢いでエレナに頭を下げる。


「す、すすす、すみませんんんっ!! わ、私、この間の、海魔のし、襲来に気付いて、たのに……こ、この部屋で逃げて、か、隠れちゃってぇぇえええ……っ!!」

「ええっ!? い、いえいえ、それは大丈夫ですよ!私たちで何とか対処できましたし、顔を上げてください! それよりも、今回は別件で協力を――」

「べ、べべべ、別件んん!? じ、じじじゃあ何のことですかぁ!? ハッ、ま、まさか、ゆゆゆ勇者学院時代に、な、何か無礼なことを、し、しでかしてしまったでしょうか!? す、すみませんすみません!! ど、どうかお許し、く、くださいぃぃいいいい!!」


【氷の勇者】は今度こそ土下座をした。

 頭を冷たい床に押し付ける。


「うるっせぇ! んなしょーもないことでわざわざお前に会いに来るわけねぇだろ! ちっとはエレナの話を聞きやがれ!!」

「ひぃぃいいいい!? す、すすす、すみませんすみませんすみません!!」


 ラスキアに怒られた【氷の勇者】は、ゴンゴンゴン!! と氷の床に額を打ち付ける。

 まるで赤べこのようだ。


 面白い反応だが、このままなじり続けたら額かち割って死んじまうレベルだぞ!?


「お、落ち着いてください! あなたを責めに来たんじゃありませんから! ラスキアも、そんなに威圧しないで!」

「チッ」

「は、はううぅぅ……」


 苛立たしさを隠す素振りもなく舌打ちをするラスキアにビクビクと怯えながら、【氷の勇者】は恐る恐る顔を上げる。


 蛇に睨まれた蛙を体現したような少女に、エレナがしゃがんで肩を手を置いた。


「今日は、あなたに『滅びの呪海』を攻略するための手助けをしていただけないかと思って、お願いに来たんです。【氷の勇者】――リセ=ファーレンさん」

「ふ、ふぇぇ……?」


【氷の勇者】は、エレナの要求にふにゃふにゃの声音と共に顔を上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ