第42話 『孤島攻略』作戦
「端的に言うなら――――『孤島攻略』ですっ!」
エレナの堂々たる宣告に、村の者たちが息を呑んだ。
ざわざわと会議場がにわかに騒々しくなる。
その中で無言で思案していたラスキアが、エレナに視線を向ける。
「『滅びの呪海』を突破する第一歩として孤島を攻略するっていうのは分かるんだが……他にも意図があるのか?」
エレナは静かに首肯する。
「『滅びの呪海』を突破するにあたって色々と問題はあるんだけど、その中でも大きな問題の一つは……魔境の全容が把握できていないことだと思う」
「つまり、地図の問題だな。この地図は、あくまでも人間が観測できた海域だけしか描かれていない」
脳内で補足情報が入る。
《陸・海・空の三ヵ所ある魔境の中でも、"海の魔境"は最も攻略難度が高く、いまだ魔境の全てを解き明かした者はおりません》
つまり、この海洋地図も途中で途切れているってことか。
無論、『滅びの呪海』の先に広がる魔界がどのような場所なのか、皆目検討もつかない。
だが、『勇者』であるエレナはいずれその魔界にも乗り込まないといけないだろう。
「そのために、この飛び石のような構図で並んでいる孤島を私たちが一つずつ実効支配していきます」
エレナが漁村に最も近い位置にある小さな島から、その隣の孤島、そのまた隣の孤島、というように、順繰りに島を指で追っていく。
「これらの複数の孤島を攻略した後は、拠点として支配することで、孤島間を繋ぎ合わせるような形で安全な航路を作り上げていきます。そうして、少しずつ『魔境』の前線を押し上げていく!」
現状、『滅びの呪海』の最前線はこの漁村の港――海岸線だ。
しかし、この状況はあまりに村の者たちにとって危険すぎる。
「先日の半魚人魔のボス個体は、私たちだけじゃ対処は不可能でした。ぷっくんがいてくれたから、どうにかギリギリ倒すことができたに過ぎません。ですが、問題の根幹はあのボス個体だけではないと考えています」
エレナは雄弁に語る。
「ボス個体が登場する前の、半魚人魔の上陸。あの上陸作戦を半魚人魔に取られただけで、村人たちに被害は出てしまいました。幸い大事には至らず、私の回復で治るようなレベルの傷しか負っていなかったので死者こそ出なかったものの……正直運が良かっただけだと思っています」
上陸してきた半魚人魔の群れには、村の男衆で対処した。
村でも力がある者たちで、なおかつ上陸した半魚人魔が陸上で動きが極端に鈍るという特性があったからこそ、何とか拮抗できていただけだ。
もしあそこに女性がいたら?
子供がいる場所に半魚人魔が襲ってきたら?
夜間の襲撃で避難に遅れが生じたら?
最悪のたらればはいくらでも想定できてしまう。
そしてその全てが、発生しても何らおかしくないレベルの現実性のある話ばかり。
非常に納得感があって、説得力がある意見だ。
が、ダーベ村長が控えめに手を上げる。
「し、しかし勇者様。仮にこの孤島を順に攻略していったとしても、その防衛はいかがされるのでしょうか? 一度支配に成功したなら、今度はその支配を維持せねばなりませぬ。正直に申し上げて、今この『滅びの呪海』に派遣されている軍事力では、とても孤島の支配を維持することなど……」
「そうですね……。本当は他の勇者の力を借りられれば良いんですけど、現状この『滅びの呪海』に割かれている人員ではせいぜい孤島一つ二つくらいの防衛が限界かと思います。私も、戦闘面で役に立たないという意味では同じです」
『滅びの呪海』には、あまり勇者の人員が割かれないそうだ。
その理由は簡単。
ハナから攻略が絶望的だと匙を投げているからである。
まあ、陸と空に比べて海は人間にとって環境的に不利なのは否めない。
そもそも船がないと移動ができない時点で、かなりのハンディキャップを背負っている。
だからこそ、『滅びの呪海』には必要最低限くらいの戦力しか派遣していないのだろう。
《もう一つ、魔物の侵攻リスクがその他の魔境と比べて低いという点もあるでしょう》
え、どういうことだ?
《陸と空は王国の国土に隣接し、そこに生息する魔物も当然ながら陸上型、または飛行型です。これらの魔物を食い止められなかった場合、一気に王国中枢まで魔物の群れが押し寄せるリスクが高まります。ですが、海であれば生息するのは『海魔』。半魚人魔などの一部の例外を除き、大半の海魔は陸上で行動はできませんので、王国の中枢部まで海魔が襲ってくる確率は非常に低いです》
なるほどな。
確かに言われてみりゃあその通りだ。
つまりこの『滅びの呪海』ってのは、視点を変えれば海魔を閉じ込めていられる自然の檻のような役割を担っているとも言える。
要は、自らちょっかいをかけて潜っていかなければ、襲われる可能性は低い。
それならば攻撃ではなく、防御に徹し、他の余剰戦力をもっとリスクが高い危険な魔境に配分するというのは合理的であると言える。
でも、海魔っつっても例の半魚人魔帝みたいなヤツもいるだろ?
まあ半魚人魔帝は除外したとしても、海魔じゃなく『魔族』とかいう上位個体っぽいやつなら普通に上陸してくるんじゃねぇのか?
《『滅びの呪海』を支配している魔族――特に魔王軍幹部クラスの個体であれば、陸上でも活動できる可能性が高いのは事実です。が、なぜか魔族の積極的な人間界の侵攻はほとんど確認されておりません》
ゆえに、と区切って。
《魔族からの侵攻リスク自体は把握しているものの、知らず知らずの内に見過ごされた結果、とりあえずの現状維持として『滅びの呪海』をこのまま留めておくというような、防御的な戦略を王国本部が執っている可能性があります》
そういう訳か。
まあ、正直俺はこの『滅びの呪海』しか知らず、他の魔境がどれだけ血みどろの戦争を繰り広げているのかは知らない。
"陸の魔境"と"空の魔境"がとんでもない激ヤバ地帯で、この"海の魔境"なんて比にならないくらいの凶悪な魔物やら魔族やらが蔓延っている環境なら、この『滅びの呪海』を疎かにしてしまう気持ちも分からなくはないが……。
エレナは瞑目し、やがて決意を宿した瞳で村長を見据える。
「もし、孤島攻略で防衛戦力が足りなくなった際は――――私が、嘆願に行きます!」
村長はしわくちゃの顔をピクンと反応させる。
「た、嘆願と申されますと……もしや国王陛下様に!?」
「はい。『魔境』で戦果を上げた勇者は、『勇者会談』への召集がかかります。その場には、国王陛下も隣席なされるはず。その時に、孤島攻略の事実とその重要性、そしてそれを維持するための防衛戦力の派遣をお願いするつもりです」
ざわざわと、再び会議場が騒がしくなる。
皆の不安や疑問を代弁するように、村長がエレナに向き直る。
「し、しかし勇者様。我らの村のために嘆願に向かわれるのは大層嬉しいのですが、国王陛下様が了承してくださるでしょうか……?」
「正直、五分五分……いや、多分却下される可能性の方が高いと思います」
エレナの嘘偽りない言葉に、村人の空気が暗くなる。
が、他の者たちも期待に浮き足だっていたというほどでもなく、むしろ胸中に燻っていた疑念が的中していたというように唇を固く閉ざして頭を振った。
「だけど、私が精一杯この村の重要性と、『滅びの呪海』の攻略の糸口を発見したことをアピールします! "陸の魔境"と"空の魔境"ほど華々しい戦績は上げられていなくても、着実に魔境の攻略は進んでいて、戦力を割けばもっと攻略速度が上がるという期待感を高めることができれば、もしかしたら国王陛下も頭を縦に振ってくれるかもしれません!」
エレナは力説する。
村の者たちは、黙って彼女の話を聞いた。
「だからこそ、まずはその第一歩となる実績が必要なんです! そして、その実績こそ、目先の孤島攻略。手始めにこの漁村から程近い孤島を私たちが支配します!」
「ゆ、勇者様……!!」
村長を初め、村人たちが瞳を潤ませる。
そして、しわくちゃの手をぐっと握った。
「勇者様がそこまでのお覚悟を宿していらっしゃるのであれば、我らも協力は惜しみません! 勇者様、我々が力になれるようなことはありますでしょうか!?」
迫る村長にやや気圧されつつ、エレナは答える。
「そ、そうですね。『孤島攻略』とは言っても、私たちだけじゃまだ力不足なので、少し準備が必要です。村の皆さんはこれまで通りの生活を営んでいただいて、時間がある時に避難経路の拡充や迅速な避難行動を、村人全員に伝えてください」
「承知いたしましたぞ! して、勇者様。その準備というのは……?」
エレナは視線を斜めに這わせ、思案する。
「まずは私の『孤島攻略』に必要不可欠な人に協力を仰ぐために、今から二人の人物に会いに行ってきます」
「そ、そのお二方というのは?」
村長の疑問に、エレナは堂々と答えた。
「――――まず会いに行くのは、私と同じこの"海の魔境"に派遣されている、【氷の勇者】ですっ!!」
その言葉に、エレナ以外の全員が目を見開いた。




