御前会議
――メシアネス王国王宮大会議室。
国王陛下臨席の元、国家の重大事項を検討する際に使用される場所だ。
美しい彫刻があしらわれた長いテーブルの両サイドに一定間隔で国政の重鎮たちが立ち並んでいた。
そして、彼らを睥睨するように会議室の最奥に鎮座する玉座に、国王が腰を下ろす。
齢六十ほどの、威厳を漂わせる風格を醸し出している。
「――楽にせよ」
国王の言葉を受け、直立して待機していた執政官たちも椅子に座った。
彼らを眺め、国王は顔色一つ変えずに告げる。
「『勇者』たちの侵攻はどうなっている」
国王の玉座から最も遠く離れた席に座る一人の執政官が立ち上がった。
手元の書類に視線を移し、国王の前に体を向けた。
「申し上げます。"陸の魔境"、『夢幻なる渓谷』は、【剣の勇者】であるイアン=ジルベルト率いる勇者軍が攻略を進めております。渓谷内には強力な催眠・幻覚を引き起こす濃霧――『幻視の霧』が充満していることにより侵攻速度はやや遅れているものの、すでに魔王軍幹部の一人を打倒。聖人や聖女など聖属性魔法に秀でた者を各地から召集し、同魔境に派遣された他の勇者と共に幻視の霧への対抗策も確立中とのこと!」
その報告に、参謀本部の本部長がフッと笑う。
「さすがは【剣の勇者】よな。幻視の霧の影響を受けつつも、期待に応えた働きをしてくれる。奴の『神剣』は一振りで千の魔物を葬ると噂されているがゆえ、戦闘力は申し分ない。事実、その『神剣』によって魔王軍幹部を葬り去ったそうではないか。まあ、欲を言えば霧さえどうにかなれば攻略はさらにトントン拍子で進むだろうが」
その発言を皮切りに、他の者たちも私見を口にした。
この場では、自由な発言と建設的な議論が是とされている。
「しかし『夢幻なる渓谷』の恐ろしさは霧だけではない。渓谷の中に棲息する魔物のレベルも極めて高く、幻視の霧に適応したことで特殊な進化を果たした魔物も蔓延っていると聞く」
「あの霧に長期間身を投じていると、催奇形性を誘発するらしい。それは魔物とて例外ではなく、異常個体や奇形種の宝庫となっているそうだ。一部の頭のネジが外れた学者共には好評なようだがな」
「それゆえ、聖属性魔法は必要不可欠です。魔王が解き放った邪なる霧から身を守るには、あらゆる状態異常を打ち消す神聖結界は外せないでしょう。聖人や聖女を集めているのは、賢明な判断と言える。それに何より、【剣の勇者】自身が神に愛された神聖属性の使い手です。彼がいるだけで常に霧の悪影響は抑えられており、武勇・相性ともにこれ以上ない最適な配置だ」
一人の執政官が、世界地図に目をやった。
メシアネス王国の領土を俯瞰して描かれた地図の端、"陸の魔境"が位置するポイントを悩ましげに指で叩く。
「しかしネックなのは『夢幻なる渓谷』の奥地……つまり魔王の支配領土に近づくにつれ幻視の霧の濃度と効果が高まっていくことだな。今はまだ侵攻割合が低いがゆえ目に見えて脅威は感じにくいが、この先はより一層の難所が控えていると考えるべきか」
「たしかにそれは今後の課題になってくるでしょうな。しかし、まだ勇者軍の侵攻は始まったばかり。今の内から、国内外を問わず聖属性魔法に秀でた者をかき集めておけばよろしい」
他の執政官も口々に【剣の勇者】への惜しみ無い称賛を述べた。
勇者を各地の魔境に遣わしてから、まだ一年も経っていない。
この調子であれば近い将来、魔王の領土まで到達できる目算がつく。
国王も満足そうに口角を上げ、鷹揚に頷いた。
「さすがは神に見初められし恩寵を宿したイアンだ。今後もその『神剣』を振るい、【剣の勇者】の名に恥じぬ功績を期待する」
威厳ある声色に乗せられた明確な賛辞に、他の執政官らも笑みを深めて首肯した。
国王は視線を末席の者に向け、無言で続きを促す。
「続いて"空の魔境"、『鏖殺空域』の攻略を担当するは……【竜の勇者】、フレイヤ=サラマンドラです。彼女は同魔境に派遣された勇者と周辺の都市を拠点に活動する手練れの冒険者を多数まとめ上げて総指揮を執り、攻略に邁進しているとのこと。その戦績は破竹の勢いで増加しており、すでに"空の魔境"の三〇%地点まで攻略が完了しております。飛行能力を有した魔物の死体が山のように積み上がり、死体処理が追い付かないとの支援要請が常に入っています。総括すれば、全ての魔境の中で最も攻略が進んでいるエリアとなります!」
その報告に、方々から感嘆の唸りが漏れる。
御前会議であるがためこのような控えめな反応に留まったが、国王が不在であれば拍手喝采の狂喜乱舞ものである。
「【竜の勇者】、か。その名を体現するように空は彼女の領域だな」
「空中戦においてフレイヤ=サラマンドラの右に出る者はおりません。何より彼女が持つ『竜の翼』があれば自由に空を飛行できます。それだけでも空中では非常に有利に立ち回れる」
「さらにサラマンドラ嬢自身の身体能力も凄まじい。片手で大岩を握り潰したとの逸話もあるくらいじゃないか」
「勇者学院生であった頃の話ですがね。そもそも彼女は血筋からしてイレギュラーが過ぎる」
「本物の竜種とのハーフ、だったかね?」
「厳密には竜種の魔力を飲み込んだ母体から誕生した、というのが正しいようですが。しかし胎児の頃に純然たる竜の魔力を浴びたことで生まれながらにして超人的な能力とセンスを宿していたそうですな」
「ダメ押しに炎属性魔法への極めて高い適正だ! 全力を出せば一国の戦略級魔法兵器に匹敵するか、それを上回る威力があるそうではないか! まさに勇者になるべくして成り上がった神に選ばれし寵児であろうて!」
口々に褒めそやす執政官らだが、浮き足立つ彼らを責めることはできない。
今この世界は史上類を見ないレベルで緊張状態にある。
それは国家間ではない。
人類対魔族という、種を別つ大戦の予兆が垣間見えているのだ。
もし人魔が雌雄を決する世界大戦が勃発すれば、どちらが先手を決めるかという勝負になる。
勇者はその来る有事のために配置されている、意思を宿した決戦兵器なのだ。
「"空の魔境"の件についても把握した。フレイヤ=サラマンドラに余が最高の賛辞を送ると伝えよ。まもなく『勇者会談』の刻が近づいているがゆえ、王都に戻った際は望みの褒美を申せと伝えておくがいい」
「はっ! サラマンドラ氏も大層お喜びになられることと存じます!」
会議室は明るい雰囲気に包まれていた。
何せ『勇者制度』を適用し、実際に現地に派遣するのは今回が初めてのこと。
誰しもどのような結果となるか固唾を飲んでいたものだが、まだ勇者を派遣して数ヵ月しか経っていないにも関わらずこれほどの成果が上がってきたことに対する安堵が大きい。
そして、その安堵を追い越すようにさらなる魔境攻略をという好戦的な欲が溢れてくる。
普段ほとんど表情を変えない国王も、今回ばかりはかすかに頬が緩んでいるように見えた。
が、その顔つきは豹変する。
「それで……"海の魔境"はどうなのだ?」
眉間に皺を寄せながら、睨みつけるように国王が訊ねる。
報告書に目を通す執政官は一転、難しい表情に変わった。
「……申し上げます。"海の魔境"――『滅びの呪海』には合計で七名の勇者を派遣しておりますが、いまだ目ぼしい成果は報告されておりません」
「……そうか。やはり"海"は無駄骨か」
国王はあからさまにため息を溢した。
執政官らも不満げに左右に首を振る者、苛立たしく鼻を鳴らす者、怒りのままに舌打ちをする者など、どれも好意的な反応ではない。
"陸の魔境"と"空の魔境"、この二つの魔境攻略が順調に進んでいただけに、唯一の戦果ゼロとなった"海の魔境"に関する報告への落胆もひとしおである。
しかし陸・海・空の中でも、"海の魔境"の攻略が難しいであろうことはかねてより懸念されていた。
悪い予想が的中しただけのこと。
だが、そう簡単に割り切れる者ばかりではない。
険悪な雰囲気に染まりつつある会議室を、一つの声が制する。
発言者は、勇者を管轄する部局の長だった。
「国王陛下、あの勇者の処遇はいかがいたしますか」
「あの勇者……ああ、例の【失格勇者】か?」
「はい。勇者の資格を魂に刻みながら神の寵愛から見放された若輩――エレナ=シャーロットです」
勇者の選別は、王都に建てられた神聖教会の中枢たる神殿の中で執り行われる。
神の意思により、神殿の中核に位置する巨大水晶に次代を救う救世主となる魂を持つ者の名前が浮かび上がってくるのだ。
その数、のべ一〇一名。
勇者となる選ばれし星の元に生まれた者たちであり、王国内から召集され、勇者学院に入学させた。
勇者たちの年齢はバラバラだったが、おおむね同年代の者が多かったので学院で同学年として三年間を過ごし、今年の年始にいよいよ魔境へと派遣されたのだ。
が、数ある勇者の中で一人だけ、戦う力を持たない勇者がいた。
その者の名が、エレナ=シャーロット。
あらゆる攻撃魔法に対する適性を持たずして勇者となった、落ちこぼれの無能である。
勇者学院の頃からエレナの悪名は広がっており、いつしか"もともと勇者は百人であり、エレナ=シャーロットが何かの手違いで紛れ込んだ半端者"と囁かれ、いつしか【失格勇者】の烙印を押されていたのだ。
とはいえ、彼女も一応は勇者。
ゆえに実際に魔境へ送り込めば何かしらの成果を上げるかと淡い期待をしていたのだが、それは見事に打ち砕かれてしまった。
国王は冷徹な眼光で一蹴した。
「【失格勇者】など興味はない。その他の戦場に投入しても使い物にならんだろう。エレナ=シャーロットは引き続き『滅びの呪海』で攻略ごっこをさせておけ」
その言葉に、恭しい態度で執政官が口を開く。
「しかし、奴とて仮にも勇者。この際、"海の魔境"の攻略は諦めて、陸と空に戦力を集中させるというのはいかがでしょうか?」
「それでは海魔らが我が王国内に侵攻を開始した際に初動が遅れる。まずは最前線で魔物の侵攻を食い止める者――捨て駒が必要だ。【失格勇者】にその役が務まるかは疑問だが、他にも六名の勇者がいる。多少の時間稼ぎにはなろう」
勇者の管轄部局長が前のめりになって指を組んだ。
「そもそも、"海の魔境"にはさほど戦力を割いておりません。【失格勇者】は論外ですが、その他の勇者も学院での成績が下位の者を中心に選抜しています」
そして、と区切り、含みのある笑みを浮かべる。
「今後は戦果に乏しい勇者も"海"へ送ろうかと考えております」
「ほう。それはつまり、"海の魔境"を使えない勇者の廃棄場にするということですかな?」
頷きながら執政官が口を挟む。
「海で死ねば都合がいいのは間違いない。死体処理の手間も省けますからね。勇者が戦死すればその遺体は手厚く葬ってやらねばならない決まりですが、遺体が回収できないのであればどうしようもない」
「つまり、無能な勇者は海魔のエサにしてしまうということですな?」
勇者の管轄部局長は、伺うように真摯な表情で国王に向き直る。
「一口に『勇者』と言ってもその質はピンキリですからね。不要な勇者を養うほどの余裕は我が国にはありません。国王陛下も、このような対応でよろしいでしょうか?」
国王は瞑目した後、長い息を吐いた。
「……好きにするが良い。余の目的は、あくまでも魔境の攻略だ。我が領土内に存在する魔境のいずれか一つでも完全攻略が叶えば魔族との戦争に一歩有利になれる。"海"が使えぬならば、"陸"と"空"の攻略に励むが良い」
「はっ。仰せのままに」
お伺いを立てた男は国王の言葉に頭を下げて感謝の意を述べる。
国王は眉一つ動かさず、表情を変えることはなかった。
「【失格勇者】……エレナ=シャーロット、か」
国王が呟いたその声は誰の耳にも届くことはなく、その後も粛々と各地の戦況報告が続き、執政官らで盛んな議論が交わされるのだった。




