第37話 最終決戦
「ぷっ、くぅぅぅうううううううううううう!!」
「ギョギュアアアアアアアアアアアアアアア!!」
フグと半魚人魔帝は、同時に叫び、動き出した。
俺は〈水属性の大器〉で〈水球〉を出現。
半魚人魔帝は投擲した槍を回収したのか、再び巨大かつ長大な槍を振り、その切っ先を俺に突きつける。
そして、火蓋は切って落とされた。
半魚人魔帝が全身をなめらかに機動させ、直進。
俺の元に襲来する。
と同時に俺も〈水球〉を射出した。
「ギョギュアア!」
が、半魚人魔帝は俺の〈水球〉を脅威と判断したのか、途中で槍を振るって〈水球〉の大半をかき消す。
「ぷく!?」
チッ、さすがに学習しやがったか。
だが、まだ甘いぞ!
俺は素早く動き出す。
半魚人魔帝は槍を振るったため、ワンテンポ反応に遅れる。
その隙を突いて、今度は〈毒属性の大器〉で〈毒槍〉を生成。
隙を見せた半魚人魔帝の、胸部に向けて撃ち出す!
――ギュオオオオン!!
毒の槍は巨大な半魚人魔帝の体をするりとすり抜けて、胸に直撃した。
本来なら硬い鱗で覆われていてこれくらいの攻撃じゃ傷一つつかない。
が、今は状況が異なる。
なぜなら、半魚人魔帝の胸には、クリティカルダメージを食らって陥没した傷口があるからだ!!
「ギョ、ギュァァアアアアアアアアアアアア!!」
傷口があれば、体内の一部が露出しているということ。
そこからフグの猛毒を槍として直塗りしてやれば――――あとは言わなくても分かるだろう。
体が大きいから毒が回るのに時間がかかるだろうが、確実にフグの猛毒は半魚人魔帝の体を蝕んでいく。
俺のクリティカル戦法に気を取られすぎたな!
フグにはまだまだ使える武器があるんだぜッ!!
息巻いていると、ズキン! と激痛が脳に突き刺さった。
攻撃かと思ったが、違う。
これは俺の傷跡から生じているものだ。
半魚人魔帝が持つ〈裂傷〉というスキルにより、俺は体を動かす度に継続ダメージが入る。
――――――――――――――――――――
名前:ぷっくん
HP:209/4273
――――――――――――――――――――
俺のHPは、あと二百ちょっとか……!
半魚人魔帝のHPを鑑定してくれ。
――――――――――――――――――――
名前:半魚人魔帝
HP:1643/6519
――――――――――――――――――――
クソ……アイツ、まだ千以上もHPがあんのかよ……!!
不味いぞ……このままじゃジリ貧だ。
クリティカルが警戒されている以上、アイツに大ダメージを与える手段が一気に絞られる。
俺の猛毒も強力だからそう遠くない内に半魚人魔帝も毒殺できるだろうが、このままじゃ俺の方が先に力尽きるのは確実。
焦る。
恐怖を帯びた焦りだ。
せっかく半魚人魔帝に対して有効打を見出だしたってのに……!!
「ギョギュギュゥゥウウウウウアアアアアアアアアアアアア!!」
半魚人魔帝は吐血しながら叫ぶ。
そして、槍を構えた。
しかし、『突き』の構えではない。
あれはどちからかと言えば――『投げ』。
もう一度、投げ槍攻撃を繰り出すつもりか!?
《お気をつけください。投げ槍の攻撃は、陽動の可能性が高いです》
ああ、分かってる。
さっきと同じ戦法ってことだろ?
投げ槍で意表を突いて俺の緊急回避を誘発させ、その隙を突いて〈殲水魔法〉でトドメを刺してフィニッシュ。
次に〈殲水魔法〉を食らったら確実に俺は死ぬし、少しかすった程度や攻撃の余波くらいでも命を落とす可能性は十分にある。
いや、その前に緊急回避をするくらい激しく動くと〈裂傷〉によるダメージでかなり残存HPが削り取られるはずだ。
だが、あの投げ槍は回避するしかないッ!
頼む!
もってくれ、俺のHP!
俺は神に祈りながら〈水属性の大器〉で〈水球〉を生成し、同時に〈瞬転〉を発動。
――――ビュォォオオオオオオオ!!
俺の真横を通過する巨大な槍。
目標を見失ったその槍は海上に突っ込んでいき、ドババァァン!! と豪快な水柱を上げる。
ぐっ、体に痛みが走る。
――――――――――――――――――――
名前:ぷっくん
HP:153/4273
――――――――――――――――――――
HPが五十ほど削れた。
しかしまだ『本命』が残っている。
「ギョギョォオオオオ……!!」
半魚人魔帝は魔力を滾らせる。
奴の周囲に膨大な魔力と破壊を体現するような激流が竜巻のように形成されていく。
「ぷくっ!」
来たな、〈殲水魔法〉!
だが、あれには発動に若干の準備がある。
その前に、俺がお前を倒す!!
行けッ!
無数の〈水球〉たちよッ!!
「ぷっくぅうううう!!」
展開していた水の球を、一斉に半魚人魔帝に向かわせる。
半魚人魔帝も腕を振るい、水圧で〈水球〉を破壊するものの、圧倒的な物量の前では完全に除去することはできない。
水圧から抜け出た〈水球〉が半魚人魔帝に殺到し、そして。
――――ガキィィイイイイイイイイイン!!
「ギョァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
クリティカルの感覚!
よし、これで千くらいHPを削れたはず!!
――――――――――――――――――――
名前:半魚人魔帝
HP:748/6519
――――――――――――――――――――
あと、一発……!
あと一発でいい!
もう一度だけクリティカルダメージを与えることができたら――勝てるッッ!!
「ぷっくぅぅうううううう!!」
〈水属性の大器〉をフル稼動させる。
MP量なんて確認している暇はない。
次から次へと〈水球〉を量産し、作ったそばから半魚人魔帝に向けて突撃させる。
ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ、ビシャ!
大量の〈水球〉が半魚人魔帝に命中する。
クソッ……早く出てくれ、クリティカル!
こうしている間にも、半魚人魔帝の〈殲水魔法〉はどんどん膨れ上がり、もう間もなく爆発してしまう。
フグが狙うクリティカルダメージか。
半魚人魔帝が繰り出す〈殲水魔法〉か。
先に目的を達成できた方が、この戦いの勝者となる。
血沸き肉踊る。
互いの命を懸けた最終決戦。
これが正真正銘――天下分け目の天王山だッッ!!
「――ぷっくぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
「――ギョギョァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
魂の絶叫。
互いの生を、信念を、肉体を、能力を、全てを賭した全身全霊のぶつかり合い。
〈水球〉が無数に弾ける。
〈殲水魔法〉が魔力の奔流にうねる。
果たして、その決戦の勝者は――――
「――……ギョギュアアアアアアア!!」
キィン――と莫大な水流と水圧がとぐろを巻くように螺旋の回転を走らせた。
半魚人魔帝の凄絶な笑み。
〈殲水魔法〉が完成した。
俺のクリティカルは――発動しない。
半魚人魔帝が腕を振るう。
魔法が撃ち出される。
そん、な……。
俺の、負け……なのか……!
――――クソォォオオオオオオ!!
「ぷっぐぅぅうううう!!」
眼前の勝負を受け入れられなかったのか、それとも生物としての反射か。
俺は〈毒属性の大器〉を発動させ、目の前に毒霧を放った。
攻撃の手段ではない。
タコが身を隠すために時間稼ぎをするような、逃亡の悪足掻きだ。
ぶしゅぅううううう!! と噴射された毒の霧に紛れながら、俺は逃げる。
逃げ場なんてものがないことは分かっている。
俺はここで死ぬのだろうか。
恐ろしい。
考えるととても怖い。
だからそんな恐怖は心中の底の底に押し込めて、蓋をして、俺は俺にできる最大限のことをやろうと決意する。
「……ぷく」
俺は真上に浮上した。
海面だ。
俺が一発目の〈殲水魔法〉で吹き飛ばされたことで、ここはかなり港に近い海域で戦うことになってしまった。
もしそこで〈殲水魔法〉の射線上に漁村があれば、下手したらその一撃で村ごと壊滅してしまうかもしれない。
あそこにはエレナやラスキアもいる。
巻き添えは、絶対に出してはならない。
「……ぷくぷく」
だから俺は真上に逃げる。
たとえ俺が死んでも、発射された〈殲水魔法〉によって二次被害が発生しないように。
これが、今の俺ができるせめてもの行動だ。
エレナとお別れになるのは悲しい。
きっと俺が死んだら、心優しい彼女は涙を流し、悲しんでくれるだろう。
もしかしたら気を病んでしまうかもしれない。
ラスキアにも、早死にはするな、って釘を刺されてたのに、その約束も守れそうにない。
ごめん。
本当にごめん。
最後は丸投げしてしまって悪いが、エレナ、ラスキア――
後のことは頼んだ――……!!
俺は海面に浮上する。
体の上半分が空気に触れる。
《魔力反応を確認しました》
ついに、か。
アドバイザーからの死刑宣告。
『滅びの呪海』の一角で、俺は静かに覚悟を決める。
海中で、ピカッ、と魔力が光った。
半魚人魔帝の絶叫が轟く。
次の瞬間に待ち受ける自身の死に身構えた――――刹那。
「特大回復魔法――――エクセレントヒール!!」
突如、海上に響いた少女の声。
可愛らしさを残しながらも芯の通った声音で張り上げた意図せぬ言葉に、俺の瞳が誘われる。
視界に映った光景に、俺は目を見開いた。
「ぷくくっ!?」
数十メートルほど離れた所から、真っ直ぐこちらに向かってくる一隻の中型船。
慣れない手付きで操縦席に立つ少女は、覚悟を宿した笑顔と共に手を振った。
「私も一緒に戦いに来たよ、ぷっくん!!」
ふわりとした金髪を靡かせる、『勇者』の少女。
俺の飼い主であるエレナが、小さな船のエンジンを響かせながら俺たちの元に直行していた。
俺は目を疑った。
な、なぜエレナがここに!?
港で戦ってたんじゃないのか!?
《対象エレナの回復魔法により、マスターのHPが大幅に回復しました》
アドバイザーの言葉。
遅れて感じる、体の苦痛が癒えていく感覚。
エレナの、回復魔法のおかげか――!!
――――――――――――――――――――
名前:ぷっくん
HP:3841/4273
――――――――――――――――――――
直後、海が怪しく蠢く。
不味い!
今からここは半魚人魔帝の大魔法が……!
逃げろ、エレナァァアアアア!!
「ぷくぅううううううっっ!!」
――――ドゴゴゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
真下から迫りくるトルネードのような激流。
それは文字通り竜巻のように螺旋状に回転しながら海面を突き破り、上空遥か高くまで飛んでいく。
「きゃあああああああああああああああ!!?」
エレナの悲鳴と同時、ちっちゃなフグの体が吹き飛ばされる。
〈殲水魔法〉の直撃。
あの距離ならエレナは直撃は回避したと思うが……。
肉体が乱回転し、縦横無尽に揺さぶられてまともな思考を奪われる。
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名前:ぷっくん
HP:2599/4273
――――――――――――――――――――
〈殲水魔法〉が螺旋状に回転する内部は、水が刃のように鋭利に尖り無遠慮にフグの体を切り裂いた。
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名前:ぷっくん
HP:1871/4273
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全身を切り刻まれる激痛に喘ぐ。
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名前:ぷっくん
HP:1135/4273
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乱れ狂う水性の刃は執拗に命を削り取っていく。
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名前:ぷっくん
HP:601/4273
――――――――――――――――――――
〈殲水魔法〉は上空に撃ち出されたため、必然的に俺も上空に投げ出された。
どれくらいの間、ズタズタに切り裂かれただろうか。
みるみる内に減じていくHP。
せっかく回復してもらったのに、数秒後にはすでに瀕死だ。
気を抜けば手放しそうになってしまう意識を根性で握り締め、痙攣する瞳で目蓋を開ける。
ぼやける視界に、ウィンドウ画面が表示された。
――――――――――――――――――――
名前:ぷっくん
HP:39/4273
――――――――――――――――――――
俺のHPは――――残っていた。
ギリギリ。
吹けば飛ぶような、爪の先ほどの数字が命を繋ぎ止めている。
やがて〈殲水魔法〉は魔法発動が終了し、バラバラの水飛沫となって空中分解されていく。
パチリ、と開眼する。
百メートル以上上空に吹き飛ばされた俺の周囲には、果てしない青空とどこまでも広がる大海原でいっぱいだった。
――絶景。
まるで天から地上を見下ろすように、異世界の自然と地平線が雄大に広がっていた。
朦朧とする意識が徐々に鮮明さを取り戻す。
「ぷっ、くぅ――――!!」
深海に潜っていた時には天地がひっくり返っても拝めなかった大自然の光景に、俺は場違いにも感動を覚えていた。
不意に、お腹に感じる空気抵抗。
下から上に吹き荒ぶ風は、俺が現在進行形で海に向けて落下していっているのだと悟らせる。
「ぷ……ぷっくん!!」
下から俺を呼ぶ声が聞こえる。
エレナだ。
彼女はギリギリ〈殲水魔法〉の直撃を避けたらしい。
しかし海は激しく波打ち大荒れになっているため、中型船の手すりにしがみついて何とか振り落とされないよう耐えているという感じだった。
でも、大きな怪我はなさそうだ。
俺はボロボロの体で答える。
「ぷくーっ!!」
同時に、MPがごっそりと減る感覚に襲われた。
これで、終わらせよう。
俺は落下している上空で渾身の〈水属性の大器〉を発動。
周囲に、無数の細く尖った水の槍が何十本も展開される。
その切っ先は、全て海面を見下ろしていた。
「――……ギョギュァァアアアアア」
半魚人魔帝はおもむろに水中から浮上してきた。
巨大な黒い影がどんどん濃くなっていき、やがて海面から顔を出す。
俺が死んだことを確認しに来たのか。
勝利を確信したように凶悪さをふんだんに乗せた口角をつり上げる。
だが、残念。
お前のアテは外れたぜ!
エレナが助けに来てくれたおかげでなッ!!
「――――ぷっくぅぅぅううううううううううううううう!!」
空中を泳ぐ俺は、一斉に〈水属性の大器〉を発動。
形成された大量の水の槍を半魚人魔帝に殺到させる。
「ギョギュア!?」
ようやく、半魚人魔帝が現状に気付いた。
しかし、僅かに遅い。
海面に浮上した瞬間に迎撃体勢に入っていればまだ分からなかったが、半魚人魔帝はワンテンポ動作が遅れる。
それは、俺の攻撃が目標に到達するには十分な時間だった。
――ドスッ!
――ドスッ!
――ドスッ!
――ドスッ!
――ドスッ!
半魚人魔帝に、水の槍がグサグサと命中する。
が、大半は半魚人魔帝の鱗に弾かれてノーダメージだ。
しかし、俺の狙いは半魚人魔帝も気付いているだろう。
水の槍に当たりながら、半魚人魔帝は血走った目で自らが握る槍を振るわんと構えた。
一秒でも早く、一発でも少なく、被弾回数を抑えるために。
しかし。
「……ぷっく」
一本の水の槍が半魚人魔帝の額に命中。
そこで、確信した。
――――半魚人魔帝、お前は強かったよ。
『帝王』として君臨しているだけはある。
ここまで死にかけたのは、深海ぶりだ。
いや、俺一人なら死んでいた。
俺とエレナ、二人がいたから掴み取った勝利だ!!
瞬間、脳髄で火花が爆炎のように弾ける。
――――ガッキィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!
空中から落下する小さなフグと、それを見上げる巨大な半魚人魔帝。
"空"と"海"。
両者の視線が交錯する。
果たして、半魚人魔帝の喉を引き潰すような絶叫が震撼した。
「――……ギョッァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ビリビリと凄絶な音の衝撃波がフグの柔肌を振動させながら。
烈火のごとく輝くクリティカルダメージが、半魚人魔帝の頭部を撃ち貫いた。




