第29話 『半魚人魔帝』
「――――ギョョウウウウウウウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
〈鑑定〉が、謎の闖入者の情報をつまびらかにした。
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名前:半魚人魔帝
レベル:99
HP:6519/6519
MP:3204/3204
物理攻撃力:17222
物理防御力:7811
魔法攻撃力:8353
魔法防御力:10347
敏捷性:6814
器用さ:3710
スタミナ:15433
エクストラスキル:統率、殲水魔法
スキル:銛槍術Lv.10、逃走Lv.10、高速遊泳Lv.10、策略Lv.10、破壊Lv.10、水中動作Lv.10、槍特攻、硬鱗、尾撃、豪腕、裂傷、気配察知、音感知、体力強化、恐怖、威圧、全体指令、探索、死の予見、軍配、肉体分裂
称号:帝王、ゾラの眷属
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――――半魚人魔帝。
その名前が意味することを、俺の直感は瞬時に想起する。
が、アドバイザーも律儀に教えてくれた。
《半魚人魔帝は、半魚人魔を統べる上位個体です。この半魚人魔の行動は、全てあの個体によって指示されているものと推測します》
半魚人魔たちを使役する、正真正銘のボス海魔。
真打ち登場ってやつかい?
海から上半身を出した帝王は、凶悪な咆哮と共に頬を裂いた。
ギザギザの歯から、ニチャア……と粘着性のある涎の橋を架けながら、ぬめついた笑みを浮かばせる。
「な、なんだアイツは……!?」
「わ、分からない……! あんな海魔、見たこと、ないよ……!!」
エレナとラスキアも、にわかに狼狽する。
突然意表を突く形で姿を現した謎の海魔と、アイツが放つ不気味な威圧感。
それを目の当たりにした彼女たちは、怯えと困惑、恐怖をない交ぜにしたような顔色で半魚人魔帝を眺めていた。
あの海魔、半魚人魔のボスらしいが、一般的には知られてないのか?
《半魚人魔帝は、一般的な進化を遂げた海魔ではありません。高位存在によって何らかの恩恵を与えられ、特異進化の果てに誕生した個体であると推測します。そのため、半魚人魔帝は人間にとって未知の海魔と認識されるでしょう》
そうなのか。
よく見るとアイツの『称号』の欄に〈ゾラの眷属〉ってのがあるが、それが関係してんのかね。
もしや、"ゾラ"って奴が半魚人魔帝に力を授けたのか?
どこの誰だか知らんが、状況からして魔王軍の幹部みたいな存在だろうか。
「ぷくぅ~……!」
あんな海坊主みたいに巨大な海魔は海面付近じゃそうそう見ない。
もっと深海に行ったらあれくらいのサイズは普通にうろついてるけど。
シーラカンスしかり、リヴァイアサンしかり。
「な、ななななな、何なんだよ、アイツはぁぁああ!!?」
間抜けな声が港を転がった。
あのバカ勇者&アホ貴族の両属性を併せ持つゼインが、文字通り腰を抜かしてへたり込んでいる。
そして、わなわなと震える指先は、数百メートル先から顔を覗かせる巨大な半魚人魔帝に向けられていた。
「お、おおおお、おい! あれは何なんだ!? 半魚人魔の進化個体か!?」
「わ、分かりませぬ! あのような面妖な海魔、長らく生きている私でも見たことも聞いたこともありませぬ!!」
ゼインのパーティがにわかに色めき立つ。
リーダーである勇者様は、腰を抜かして喉を痙攣させる。
「あ、ああああ、あんなのに勝てるわけないだろ! 撤退! 今すぐ撤退だぁあああああ!!」
「し、しかしゼイン様! ここで退けば村が……!」
「そ、そんなもの知るか! ここで戦ったら、それこそ貴重な勇者が無駄死にすることになるだろ! 全体で考えろ! この村を犠牲にしてでも、俺が助かった方が国益のためだろうがッ!!」
「で、ですが、勇者としての責務は――!」
「黙れ黙れ! 戦いたければ、お前たちだけで戦え!! そうだ、お前たちは俺の従者なんだから、主人を守るためにあの化け物の侵攻を食い止めろ!!」
「そ、そんな無茶な!?」
「アレに真っ向から挑むなど無謀です!!」
「と、とにかく、俺は逃げるからなぁ! ひぃいいいい、し、死にたくないぃぃいいいいい!!」
それだけ言い残し、ゼインは足を何度も絡めて転けそうになるほど焦りながら、引き返していった。
アイツ、村を見捨てて一人で逃げやがったか。
まさに無様を絵に描いたような敗走だな。
で、従者たちはどうするんだ?
「……わ、私もここは退くぞ!」
「さ、さすがにあれは我々だけて勝てる相手ではない!」
「お、俺もだ! 俺だってこんな所で死にたくねぇよ!!」
各々色んな言い訳を叫びながら、ゼインの後を追う形でこの場を逃げ去っていく。
結局、ゼインのパーティは、村を見捨てて自分たちだけ助かる道を選んだらしい。
港には、俺、エレナ、ラスキアの三名しかいない。
「エレナ……、お前も逃げろ……」
ラスキアが剣を杖代わりに大地に立て、無理やり立ち上がる。
エレナがラスキアを見上げた。
「ラ、ラスキアはどうするつもり!?」
「……アタシは、最後までここで戦う! あそこで踏んぞり反ってるボス野郎も、アタシの剣で叩っ斬ってやるよ!!」
強がりだというのは誰の目から見ても明らかだった。
ラスキアじゃ半魚人魔帝には勝てない。
実際にヤツのステータスを見た俺だから分かる。
つーか、今の俺のステータスより強いし、何ならレベルも俺以上だ。
そんな海魔を相手に一人で立ち向かうなんて、自ら死にに行くようなものである。
「だ、ダメだよ! ラスキアも逃げて! あんな海魔が出てきた以上……村は諦めて、住民の避難に急いだ方がいいよ……!」
「それにしたって、時間稼ぎの要員は必要だろ。そっちの避難誘導は任せたぜ、エレナ」
「ラスキア……!」
どうやら、ラスキアも覚悟は決まっているらしい。
エレナに全てを託し、自分はここで散るつもりか。
剣士として素晴らしい覚悟だが、生憎だな。
その覚悟は、今はまだ取っておいてくれ。
「――――ぷくっ!」
水槽の中で跳ねた。
ちゃぷん! と水が跳ね、狭い水槽の中で波を起こす。
「ぷっ、くん……?」
「……なんだ?」
エレナとラスキアが訝しげな顔で見つめる。
俺は〈水属性の大器〉を使用して水槽内の水を操り、水の球体を空中に浮かした。
その水の塊の中に、俺が収まっている状態だ。
「ぷくぷく!」
「ま、まさか、ぷっくんがあの海魔と戦うつもり!?」
「なにっ!?」
さすがエレナ。
理解が早くて助かるぜ。
俺は首肯するように縦に体を動かした。
「む、無茶だよ! ぷっくんが半魚人魔と戦えるくらい強いのは分かってるけど、さすがにあの海魔は……」
「そうだぜ。お前はエレナが大事にしてるペットだろ。気持ちは嬉しいが……戦うのは剣士の役目だ」
エレナとラスキアは俺の意図を察した上で待ったをかける。
……仕方ない。
いきなりじゃ怖がらせるかもしれないが、俺の強さを信じてもらうために、あえてこの場で発動させてもらう。
――――〈暴君〉!!
「――――っ!!」
「こ、こいつ、は……ッ!!」
瞬間、俺を中心として強烈なプレッシャーが全方位に拡散していく。
これは俺が獲得した『称号』の一つ、〈暴君〉。
その効果は、自分よりもレベルが下の生物に対して強力な威圧をかけ、怯ませることができるというもの。
そしてこれは、人間にも有効だ。
エレナはあまりのプレッシャーに耐えきれず脱力してその場にへたり込み、ラスキアは剣士の反射で距離を取って俺に剣を構えた。
「ぷ、ぷっくん……! これ、は……!」
「な、なにをしやがった! このプレッシャーは、Aランク……いや、下手すりゃSランクの魔物に匹敵するくらい、だぞ……!?」
しばらく〈暴君〉を発動させた後、能力をオフにした。
すると、さっきまでのプレッシャーが嘘であったかのように場の緊張感が弛緩する。
呼吸を忘れていたエレナとラスキアも、ぷはぁ! と息を吸い込んだ。
二人のその様を眺めて、俺は彼女たちに背を向ける。
「……ぷくくっ!」
二人に挨拶を済ませ、俺は水の球体の中に入り、海まで向かう。
道中ですれ違う半魚人魔もついでに〈水槍〉で討伐しておこう。
少しでもエレナたちの負担を減らせるからな。
「ぷ、ぷっくん!」
「お、おい! 待ちやがれ!」
背後からエレナとラスキアの呼び声が聞こえるが、心を鬼にしてシカトする。
俺は港に上陸した半魚人魔を薙ぎ倒しながら、海に直行。
真打ちとして登場しやがった海魔なら、同じく海魔である俺が相手をしてやろうじゃないか。
人間なんか狙ってないで、俺と正真正銘の生存競争をしやがれ!
「ぷっくくーーー!!!」
俺は全力の雄叫びをあげながら、海の中に、ぽちゃん! とダイブするのだった。




