第25話 こいつ、殴っていいっすか?
エレナに連れられやって来たのは、この村の中央会議場という場所。
文字通り村の中央あたりに位置していて、村の意志決定や諸々の会議を行う際に使用される施設らしい。
外観と雰囲気は、公民館みたいな感じだった。
「チッ、ゼインの野郎……散々アタシたちをハブっておいて、今さら何の用だってんだ」
ラスキアが苛立たしげに毒づく。
エレナもどことなく表情を暗くしている。
「やっぱり、ぷっくんの事かな……?」
「ぷくぷく」
エレナは不安げに俺を見下ろす。
ちなみに俺は金魚鉢のような楕円形の水槽に入れられて、エレナに抱き抱えられている。
なんか遺影みたいな持たれ方だ。
「ま、それはあのクソ野郎に直接聞いてやればいいだろ。もしくだらねぇいちゃもん付けてきやがったら、アタシがぶっ飛ばしてやる!」
ラスキアが拳を突き合わせて吠える。
背中に提げた大きな剣がガシャンと揺れた。
「じゃあ、行こっか」
「おう!」
「ぷくぷく」
俺たちは、会議場の入口扉を開き、中へと入るのだった。
● ◯ ●
廊下を歩くと、奥に巨大な扉が待ち構えていた。
一度深呼吸をした後、エレナがその扉を開ける。
ギィィィィ……、と蝶番が軋む不協和音を奏でながら、空間が開かれた。
開幕早々、怒号が飛んできた。
「遅っせぇなァ! いつまで待たせてんだ、【失格勇者】ァ!!」
室内の中央に設置された、長方形の巨大なテーブル。
優に三十人は座れそうなくらい大きなテーブルに、十名ほどが並んで着席している。
そのテーブルの上座、場の全員を睥睨できるポジションに、一人の男が足を組んだ不遜な態度で俺たちを眺めた。
ラスキアが即座にがなる。
「テメェがアタシらの都合も無視していきなり呼びつけるからだろうが! 早く来てほしいなら前もって連絡を寄越しやがれ!」
「ハッ、関係ねぇよ。俺が来いっつったらすぐに来い。自分の立場を弁えろ、【失格勇者】の従者風情が」
なんだコイツ。
いかにもムカつく野郎だ。
男は両手を広げ、自らの栄光と存在を誇示するように宣言する。
「この俺は【光】の勇者であり、メシアネス王国を支えるフィリップス子爵家の次男、ゼイン=フィリップス様だ! この場で貴族は俺しかいない! まずはその態度と言葉遣いから改めろ。不敬罪で首をはねられたいか?」
ご丁寧な自己紹介を、ラスキアは鼻で笑う。
「たかが子爵の分際で威張ってんじゃねぇよ。それも次男だぁ? 豪華なお家で使い物にならなかったからこんな魔境に派遣されたんじゃねぇのか、お坊ちゃん?」
「な、なな、なんだとッ!!」
ゼインは怒りに突き動かされて立ち上がる。
その手は、腰に提げた剣に伸びていた。
「どうやら貴様は痛い目をみなければ理解できないらしいな……! ならばここで【失格勇者】もろとも死ぬがいい!!」
魔力反応。
ゼインの剣から光が溢れる。
おいおい。
まさかこんな場所で魔法でも発動させる気か?
さすがに貴族といえども軽率すぎだろ。
めっちゃバカやん。
つーか、そもそもコイツはどんぐらい強いんだろうか。
ちょっと調べてみよう。
〈鑑定〉!
――――――――――――――――――――
名前:ゼイン=フィリップス
レベル:28
HP:1234/1234
MP:501/501
物理攻撃力:968
物理防御力:532
魔法攻撃力:617
魔法防御力:569
敏捷性:481
器用さ:360
スタミナ:857
剣技:ライトブレイド
魔法:光剣魔法、光戦魔法
称号:選ばれし勇者
――――――――――――――――――――
「ぷくく!?」
いや、コイツ弱っっっ!!
大層なセリフを吐いてるからどれほどの実力者かと思ったら、普通に雑魚じゃねぇか!
これ半魚人魔とタイマンならギリ勝てるくらいの強さだぞ。
たとえ半魚人魔であっても群れで襲われたら普通に死ぬぜ?
ましてや、クラーケンとかバレットシュリンプとか万眼ウツボとか、『滅びの呪海』の中層クラスの海魔が現れたら間違いなく瞬殺である。
そんなことを考えていると、いつの間にか会議室の隅々まで行き渡るほどの光がゼインの剣から放たれていた。
「俺の光剣魔法の餌食となるがいい!」
「やるってんなら望むところだ! かかってこいや!!」
ラスキアも剣を抜いて応戦する気マンマンだ。
その両者の行動に、周りの者たちが血相を変えて宥める。
「お、お待ちくださいゼイン様! 【失格勇者】に付き従っているような蛮族の戯れ言です! どうか今は抑えてください! 戦場ならばまだしも、このような村落で殺傷事件を起こせば国王陛下の耳に入ってしまいます!」
「なにぃ!」
ゼインの最も近くに座していた従者の男が、慌てて止めに入った。
アイツはゼインの仲間か?
「もう、ラスキアもだよ! こんな所で戦ったらダメでしょ!」
「エ、エレナ。で、でもよぅ……」
ラスキアもエレナに叱られ、語気が萎んでいく。
そして、ラスキアとゼインは互いに睨みつけるような目配せをした後、舌打ちをしつつ剣を下げた。
他の者たちは、ほっと胸を撫で下ろす。
瀬戸際で乱闘は回避できた。
ゼインは、ダンッ、と荒々しく席に座り、顎を上げた。
「……で、お前がテイムしたとかいう海魔はそいつか」
ゼインは眉間に皺を寄せながらエレナに問う。
「は、はい。この子ですけど……」
「ここまで持ってこい。危険がないか、この場の皆で確認する」
「え、でも……」
「安心しろ。テイムが完了しているのであれば取って食ったりはしない。我らの戦力として、どれほど貢献できるのかその技量を測りたいだけだ」
ゼインは妙に優しげな口調で答えた。
……こいつ、絶対なんか企んでるだろ。
俺を皆に紹介するとか言って背後から剣で刺してきそうだ。
それくらいのことは平気でやれそうな男だと直感が告げている。
まあいいや。
もし襲われたらその時は自衛させてもらうだけだ。
一応、不意打ち攻撃が来そうなら教えてくれ。
《承知いたしました。周囲を警戒しておきます》
これでいい。
最悪剣で斬られたとしても、俺とゼインのレベル差なら即死することはないだろう。
「……分かりました。それでは、そちらまで持っていきます」
エレナは渋々答え、俺が入った水槽を抱えながらテーブルの横を歩いていく。
テーブルに座る幾人もの戦闘員の背後を移動し、偉そうな態度で上座に座るゼインの元へ向かっていると。
「…………」
ゼインがテーブルに座っている魔法使いらしき女に目配せをした。
その女は小さく頷く。
そして何食わぬ顔で、手元に立て掛けてあった長い杖に触れる。
《――マスター。対象エレナへの攻撃動作を確認しました》
アドバイザーが反応したと同時、女は杖の位置を僅かにずらし、持ち手の先端をエレナの足に引っかけた。
「――ひゃ!」
ぐらり、とエレナが前のめりにバランスを崩す。
必然、エレナの手から水槽が溢れ落ちる。
俺の視界は、硬質な床へと真っ逆さまに落ちていく。
ちょおおおおおい!
そっちで来たか!!
自らの手すら汚さないとはとことん卑怯な野郎だ!!
だが、これ床に衝突したら確実に水槽割れるぞ!
どうにかできないかアドバイザー!?
《マスターのエクストラスキル、〈水属性の大器〉を使用し、水槽内の水を一つの塊と認識して操ることがことが可能です》
っ!
そうか、〈水属性の大器〉は水属性への高い適応と操作能力を誇る。
つまり、アドバイザーの言う通りこの水槽内の水を一つの塊として再定義し、俺の魔力で支配すれば!
――――〈水属性の大器〉、発動!
「ぷっくくぅぅぅーー!!」
落下していた金魚鉢タイプの水槽は、ビタッ、と空中で静止する。
その光景に、会議室が驚愕に包まれた。
「「「っ!?」」」
こけて床にへたり込んだエレナは、呆然とした様子で空中に浮かぶ水槽(フグ入り)を見上げる。
「ぷ、ぷっ、くん……?」
「ぷくぷく~」
おお、すげぇ!
〈水属性の大器〉ってこういう水を操ることもできるんだな!
今までは水属性の攻撃スキルをメインで発動してたけど、〈水属性の大器〉の真髄は攻撃だけに留まらないということか。
これ、使い方次第じゃ色々と便利かもしれないな。
「な、なんだそいつはァ!」
ゼインが再びいきり立った。
俺を指差し、驚きにのけ反っている。
立ったり座ったり忙しい奴だな。
「答えろ【失格勇者】! コイツは何なんだ!」
エレナが口を開く前に、背後の女性が制す。
「ちょっと待てやコラ。まずテメェがエレナを転ばせたことを謝罪しやがれ。そこの女に指示しただろ」
「ひっ」
ラスキアが食い殺さんばかりの威圧を込めた眼光で魔法使いの女を睨む。
女は恐怖に肩を震わせた。
「フンッ! 知らんな! どん臭ぇ【失格勇者】が勝手にこけただけだ。謂れのない言いがかりは慎め、従者が!」
「……あ、そ。やっぱテメェはここで一発シめとかねぇとならねぇみたいだなァ……」
「うん……ぷっくんを傷つけようとしたことは、許さない……!」
エレナがゆらりと立ち上がり、ラスキアが剣の柄に手をかける。
さっきはラスキアを宥めてた側だったエレナも、瞳にハイライトが失われていた。
え、怖!
エレナのこんな怖い顔初めて見た!
だが、ゼインは怯むことなくエレナに鋭く指を差した。
「【失格勇者】とその従者は奇妙な海魔を使って現場の秩序を乱していると国王陛下に報告させてもらうぞ! 嫌なら、その海魔を俺に引き渡せ! それも嫌ならこの場で全員血祭りにあげてやる!!」
この野郎、やっぱ最初から俺が目当てか。
俺を殺したいのか利用したいのか知らんが、どちらにせよこんなバカ貴族にひれ伏す気はない。
こんな奴に付き従うくらいなら、ラスキアに睨まれながらエレナの部屋の水槽で飼われてた方が百万倍マシだ。
「……エレナ。今度ばかりは、いいよな?」
「…………そう、だね」
張り詰めるような緊張感。
ラスキアの殺気が会議室を満たす。
その挑発めいた行動に、ゼインも再び魔法の発動に取りかかった。
「バカ女供が! そんなに死にたいならそこの気色悪い海魔ごとまとめて葬り去ってやる!!」
ゼインの剣が光を放つ。
両者がぶつかる気配を察した周囲の者たちが再度止めに入ろうと立ち上がった……刹那。
――カーン! カーンッ! カーンッッ!!
鐘が鳴った。
この中央会議場の外、村の方からだ。
激しく、何度も、打ち付けるような鐘が響く。
その鐘の音を聞いた瞬間、全員の体がピタリと止まり、顔色が変わった。
ゼインとエレナがぶつかることに対する緊張とは別種の、本物の恐怖が迫り寄ってきたような、絶望を匂わせる表情。
いきなり、どうしたんだ?
疑問に思っていると、会議室の扉が勢い良く開かれた。
そして、外から一人の若い男が雪崩れ込むように絶叫する。
「た、大変だ! 海魔の群れが港に乗り込んできやがった! このままじゃ村が海魔に滅ぼされてしまう! どうか、助けてください勇者様!!」




