第24話 勇者少女との同居生活
――翌日。
俺は、部屋で一匹お留守番をしていた。
「ぷくぷく」
ここはエレナとラスキアが暮らしている家だ。
二階建ての民家で、その一階の部屋にあたるエレナの私室だった。
部屋は女の子らしい感じはあまりなく、生活必需品と必要最低限の物品が数個まとめられているだけだった。
全体的に物が少ない。
もしやエレナってミニマリスト?
「ぷくぅ~」
ちなみに俺も、自分の『家』を得た!
まあ、家と言ってもこの水槽なんだが。
昨日エレナが村から譲り受けた水槽である。
横幅一メートルくらいあって、それなりに広々としている。
ただ、この水槽内には海水しか入っていないから、暇である。
砂すらなく、本当に透明の水の囲いの中で生かされているような状態だ。
エレナの部屋も簡素であるため、すでに見飽きてしまった。
「ぷくぷく~……」
ため息混じりに水槽の底で大人しくじっとしていると、玄関が開く音がした。
そして、二人の女子の話し声が聞こえてくる。
「お待たせ、ぷっくん~! 帰ってきたよ~!!」
「ぷくぷく!」
エレナが帰ってきた!
今日は朝からどこかに行っていたから、実に数時間ぶりの邂逅である。
「……はあ、くれぐれもあんまり入れ込み過ぎんなよ。あくまでもソイツは海魔だってこと忘れんな。しかも契約紋も刻まれてない、中途半端な支配下にあるってこともな!」
後ろから部屋に入ってきたラスキアは、呆れながら忠告する。
相変わらず荒々しい口調だ。
少し焼けた筋肉質な肉体美は相変わらず綺麗で、赤髪と眼帯も特徴的だ。
ぷち疑問だが、ラスキアってなんで眼帯してんだろうね?
「見て見てぷっくん! 今日はぷっくんのために色々と集めてきたんだよ~!」
エレナは抱えていた袋を、ドサリ、と床に置いた。
中々の重量感がありそうだ。
「まずはこの砂! 水槽の中に砂がないとちょっと落ち着かないもんね!」
嬉しそうに、パンパンに砂がつまった瓶を数本取り出す。
浜辺から取ってきたっぽい。
小麦色でさらさらとした砂だ。
「まだこれだけじゃないよ! 砂を敷いたら、次はこの岩! 魚ってこういう岩肌の隙間に隠れて棲んでたりするから、住み心地が良くなるかと思って!」
次はゴツゴツした凹凸が目立つ岩が出てきた。
浅瀬にある海の岩から拝借してきたのだろうか?
「ついでに、ちょっとした海藻とか水草も取ってきたんだ! こういうのがあると、より自然な環境に近付くよね!」
続けてワカメみたいな海藻と細長い水草が入った袋を取り出す。
異世界の海藻や水草も日本のものとほぼ変わらない。
エレナは入手してきた品々を床に置いて並べると、早速俺の水槽に投入してきた。
「じゃあ、まずは砂から入れていくね。ちょっとだけ避けててね、ぷっくん」
「ぷくぷく」
エレナの指示通り、俺は水槽の角に身を寄せた。
すると水槽の中に、ザザザザザァァ、と砂が滝のように投入される。
袖をまくったエレナの綺麗な手と腕が水の中に入り、砂を水槽の底全体にまんべんなく広げた。
「ぷくぷく~」
次に、岩と海藻が投入される。
良い感じにゴツゴツの岩を水槽の真ん中あたりに置き、海藻も岩に挟んだり砂の中に根本を埋め込んだりして自立させた。
「――はい、完成! どうかな、ぷっくん! 前よりも住み心地は良くなった?」
「ぷくく~!」
俺は喜びを表すように、水槽の中をぐるぐると遊泳した。
おお、これ思ったよりすげぇな!
簡易的なアクアリウムみたいだが、そこそこ完成度が高い。
さっきまで水しかなかった空虚な空間に、一気に彩りが生まれた感じだ!
「ぷっくぷく~!」
「あはは、ぷっくんも喜んでるみたい!」
水槽内を泳ぎ回る俺を見て、エレナは嬉そうに微笑んだ。
隣にいるラスキアは何とも言い難い表情で眺めている。
「あ、そうだ! 今日はぷっくんのご飯も持ってきたんだよ! 昨日からなにも食べてないでしょ?」
エレナは袋をガサゴソと漁り、一つの箱を取り出した。
食事か。
たしかにエレナと出会ってから今に至るまで何も食べていないが、別にそんなお腹が空いてるってこともない。
エレナと出会う前に結構たらふく食ったからな。
エネルギーはまだかなり余ってる感覚はある。
だけど、そんな俺のお腹の事情など知る由もないエレナは、パカッと箱を開けた。
瞬間、嗅覚にズドンと重い一撃を食らう。
「ぷくっ!?」
うわ、臭っ!?
めちゃくちゃ強烈な匂い。
これは何度も嗅いだことがある。
釣り餌の独特の香りだ!
「じゃじゃーん! 漁師の人に譲ってもらった、漁獲用の餌でーす!」
箱の中には、大きな芋虫みたいな生き物がうにゅうにゅと蠢いていた。
いやあれ、ユムシじゃねぇか!?
まるで男のちn……おっと、これ以上はやめておこう。
「お、おいエレナ! その芋虫みてぇなの、不用意に部屋で開けんなよ!? この部屋が臭くなるぞ!」
「あ、そ、そうだよね。でも、ぷっくんのご飯だし……」
「にしたって、ちょっとずつやりゃいいだろ! それか外に水槽持っていって食わせてやれ!」
ラスキアが鼻を手で覆って抗議する。
つーか、ユムシはそこまで臭くなかったような気がするんだが……異世界のユムシは性質が違うのかね。
ちょいと熟成が進んだオキアミくらい匂いがキツいぞ。
エレナは一匹のユムシを一摘まみし、俺の目の前に持ってくる。
「どう、ぷっくん? 美味しそうかな?」
「ぷくぷくっ!」
俺は全力で頭を横に振った。
いくらフグに転生したと言っても、さすがにユムシを食らうのは俺の前世の魂が拒絶している。
「喜んでるのかな?」
「……いや、これ嫌がってんじゃねぇのか?」
「うーん、この餌は食べないのかなぁ。昨日ダーベ村長にも聞いたんだけど、ぷっくんはどの魚類にも似てない姿形だって言ってたから……。ぷっくんって何を食べて生きていたんだろう?」
主にアンモナイトとか食ってましたね、なんて言ったら卒倒するかな。
ただ、ユムシは断固NGだ!
どうせ釣り餌なんだったら、せめてオキアミとかにしてくれ!
エレナは残念そうにユムシを下げた。
「ごめんね、ぷっくん。ぷっくんが食べれそうなもの、また漁師の人に聞いておくね」
「コイツはタフそうだし、二、三日くらい何も食わなくても死にやしねぇだろ。中にはほとんど食事を摂らない奴もいるくらいだからな」
ラスキアはぶっきらぼうに答える。
まあ、たしかにしばらく飲まず食わずでも問題なさそうではあるけど。
「はあぁぁ~~。見れば見るほどぷっくんは可愛いなぁ……!」
「ぷくぷく」
水槽にほっぺを擦り付けんばかりにエレナが顔を寄せてくる。
可愛らしいお顔がドアップに出てきてちょびっとドキリとする。
しばらくエレナが水槽にスリスリしていると、不意にコンコンと鳴った。
玄関の扉がノックされたようだ。
来客だろうか。
「ん、誰か来たのかなぁ」
「アタシが出てくる」
「いや、いいよ。私がいくから! ラスキアはぷっくんを見守ってて! ラスキアにもぷっくんの可愛さが伝わってほしいから!!」
エレナはこの部屋を出て、玄関へと向かった。
必然、室内でラスキアと二人きりになる。
俺はチラリとラスキアを見た。
「……やれやれ。どんだけこのペットに惚れ込んでんだよアイツは」
でも、と続けて。
「エレナがあんなにはしゃぐのなんて初めて見たぜ」
ラスキアはエレナが発った玄関へと続く廊下を眺めながら、誰にともなく呟いた。
「いつも周りのために笑顔を貼りつけちゃいるが、やっぱ無理してる部分も多かっただろうからな。勇者としての重圧もそうだが、陰で囁かれる悪評や陰口、それに何より……勇者としての自身の不甲斐なさ」
ラスキアが、エレナの心情を吐露する。
そして俺の水槽までやって来て、中腰になった。
俺と目線を合わせてくれたらしい。
「でも、お前の存在がエレナにとっては救いになってるのかもな。アタシの次に心から通じ合えたヤツだからよ」
ラスキアは俺に向けて水槽のガラスをコンコンと叩いた。
「だから、絶対にエレナを裏切るような真似はすんなよ。あと早死にもダメだ。長生きして、ずっとエレナの傍にいてやれ。お前が死んだら、今度こそエレナが壊れちまうかもしれねぇからな」
そう告げたラスキアは、喜びと悲しみを混ぜ合わせたような、形容し難い微笑を浮かべていた。
ラスキアは本当にエレナを心配し、大事に想っているんだな。
にしても、エレナって他の人間からはイジメられているのか?
なんかちょくちょく不穏なワードが飛んでたんだが。
気になるが、まさか〈思念伝達〉を使って直接聞いてみる訳にもいかない。
ま、しばらくは様子見かね。
この水槽にいる限りは早死にすることはないし。
「ったく、ふてぶてしい顔で呑気に泳ぎやがって」
「ぷくぷく」
俺はラスキアの周りをちょろちょろと泳ぎ回った。
あ、ラスキアがちょっと笑ってくれたような気がする!
ダダダダ……、と玄関から急ぎ足の足音が響いてきた。
「ラ、ラスキア! 大変! 今すぐ支度して!」
「あん? どうしたんだよ」
俺を水槽越しに小突いていたラスキアは、背後からもたらされた言葉に訝しげに振り返る。
エレナは、焦りを帯びた声色で強めに答えた。
「"海の魔境"の対策会議を開くから、今すぐぷっくんを連れて出席しろって召集がかかったの!」
「ぷく?」
え、俺?
「今さら対策会議だぁ? 主催者はどいつだよ」
ラスキアは不機嫌そうに言い放った。
その質問に、エレナは一瞬唇を閉じ、そして意を決したように口を開く。
「【光】の勇者……ゼイン=フィリップスだよ!」
おや?
エレナ以外の、新手の勇者様ですか?




