第22話 『ぷっくん』の名を与えられた!
エレナの使い魔にランクアップしてから、しばらく。
船は海上を引き返し、港へと戻る最中だった。
そして、かくいう俺は――――とある釣りバケツの中に閉じ込められていた。
「ぷくぷく」
『滅びの呪海』から適当に海水を汲み上げてもらい、俺は小さな箱の中で泳ぎ回ることもなく静止していた。
透明なガラス素材で作られた釣りバケツであるため、外の景色が丸分かりだ。
エレナがしゃがんで俺を覗き込む。
「ごめんね、今はこれくらいしか入れ物がなくて。狭いかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね」
「ぷくぷく」
口から小さく気泡を出しながら、返事をする。
元気に泳ぎ回ることはできないが、まあじっとしていればそう苦に感じることもない。
「で、テイムするんじゃないのか? さすがに生の海魔をそのまま漁村に持っていくのは止めといた方がいいぞ」
「そうだね。今こそ、こっそり練習してたテイム魔法を試す時!」
エレナはぐっと拳を握り、ふぅ~、と深呼吸をした後、俺の目の前の釣りバケツに指先をつけた。
少女の細い指で視界が埋め尽くされる。
「――《その身を捧げ、共に歩み、我が命に従いたまえ》」
眼前の指がぽわっと光を帯びた。
同時、アドバイザーが反応する。
《――『従属魔法』の干渉を確認しました。対象エレナが、主従契約の義を結ぼうとしています》
来たか。
なんかあんまり俺の体に変化はないが、テイム魔法が発動されたらしい。
これどうするべきかね。
正直ずっとあの海でフグとして生涯を終えるってのは面白味がない。
もっと異世界の隅々まで味わいたい気持ちがあるからエレナに着いていくこと自体は良いんだが、テイムされると何か不都合があったりしない?
例えばエレナの命令には絶対服従とか。
あんまりキツい縛りを受けるのも避けたいんだよな。
あくまで俺は自由を重視したい。
思案していたところで、間髪入れずにアドバイザーが続けた。
《――が、自動的に破棄しました。対象エレナの従属魔法は無効化されます》
…………え?
ちょいちょい、なに勝手に無効化してんの!?
たしかにテイム魔法を受け入れるかどうか迷ってはいたけど、もうちょい考えさせてくれよ!
《これは私の意思ではなく、従属魔法のシステムによるものです。従属魔法は使用者よりも存在としての『格』が下の魔物にしか適用されません。マスターの体に従属魔法が影響を及ぼさなかったことから、対象エレナはマスターをテイムするのに十分な『格』を有していないものと推測されます》
存在としての『格』か。
俺は深海からここに来るまでに超次元の凶悪生物と邂逅してきて、レベルも大幅に上がったからな。
正直、そんじょそこらの人間にも海魔にも遅れを取らないくらいの自信はある。
ラスキアともかなりレベル差が開いていたが、エレナも同じだったか。
試しに、エレナに〈鑑定〉を発動してみる。
――――――――――――――――――――
名前:エレナ=シャーロット
【鑑定が無効化されました】
――――――――――――――――――――
……なに?
〈鑑定〉が無効化されたぞ!?
《対象エレナが有する何らかのスキル、魔法、または称号により、〈鑑定〉が妨害されました》
理由は分からないのか?
《その質問は現在のシステム権限では回答不能です》
……なんか前にも見たなこの反応。
その『システム権限』ってやつ、どうにかならんの?
痒いところに手が届かなくてもどかしいんだけど。
《システム権限を解放させるには、特殊条件を達成する必要があります》
またなんか別の概念が出てきたな。
『特殊条件』だと?
この世界は一体どういう構造で創られてるんだ。
アドバイザーにさらに深い質問をしようか迷っていたところで、忘れていた少女が不安げに俺を覗き込んだ。
「えっと……テイムはできたのかな?」
あ、今はテイムの途中だったな。
まあテイムは成功してないんだが、失敗に終わったことがバレたら不味いか?
さっきラスキアも、"生の海魔を漁村に連れていくのはダメ"とか言ってたし。
テイム魔法で一生誰かの命令に従って生きるのも嫌だが、このまま放流されてずっと異世界の陸地を羨んで一人で海を漂うのはもっと嫌だ!
ここは、全力でテイムが成功した演技をして乗り切ろう!
「ぷくぷく~!」
俺はエレナに懐いた可愛いお魚さんを演じ、狭いバケツの中を嬉しそうに周回した。
「やった! テイムが成功したのかな?」
「ぷっぷく~!」
「わあ! 可愛い! 見て見て、ラスキア! この子、嬉しそうに泳いでるよ!」
「……これ本当にテイム成功してんのか?」
ギクッ。
ラスキアが鋭い質問をしてくる。
「もちろん成功してるよ!」
「でもテイムが成功した使い魔は、体のどこかに契約紋が出現するんじゃなかったか? 見たところ……コイツの体に契約紋っぽいマークは見当たらないんだが」
え、テイム魔法ってそんなギミックもあんの!?
ちょ、あんま契約紋とか探さないで。
ジロジロと俺の体を色んな角度から観察するラスキアから逃げる。
まあ透明な釣りバケツの中に閉じ込められている俺に逃げ場なんてないんだが。
疑いの目を向けるラスキアに、エレナが可愛らしく抗弁した。
「そ、それは私のテイム魔法がまだ未熟なだけだよ。ほら、一部の魔物には契約紋が出現しなかったけどテイムに成功した事例もあるらしいよ!」
「それは幻獣とか精霊とか、テイム先の対象が高位存在の時だろ。それにその辺りが対象になるともはや従属魔法じゃなくて契約魔法とかの方が近いぞ」
「でも広義で言えば従属魔法でしょ! もうこの子は私の使い魔だもん!」
エレナは俺を守るように釣りバケツを抱擁した。
「なら確かめてみろよ。本当に従属魔法が発動されてるなら、エレナの命令には従うはずだ」
「分かった。見てて!」
エレナは俺に向き直り、命令を下す。
「そうだなぁ。じゃあ、その場でくるくる泳いでみて!」
「ぷくっ!」
俺は指示通り、体を曲げて自分の尾ヒレを追うように泳いだ。
「じゃあ次はバケツの中を激しく泳ぎ回って!」
「ぷくっ!」
猛スピードでバケツの中を泳ぐ。
ぐるぐるぐるぐるッ! と、弧を描くように泳ぎ、バケツの中に激しい水流が形成される。
まるで洗濯機のようだ。
「最後は、この指にタッチして!」
「ぷっくぅ!」
釣りバケツのちょっと上に持ってきたエレナの指先。
俺は勢いをつけて、その指先に唇を着けた。
フグキッスである。
「ほらほら! 見たでしょ、ラスキア! こんな真似、テイムが成功してなきゃできる訳ないよ!」
「う、ううむ……」
ラスキアは不満げに押し黙った。
まだ疑念は残るものの、エレナの言う通りこんな真似は普通の魚には無理だ。
要求されればもっとテクニカルな芸だって披露してやるぞ!
「……仕方ねぇか。これはテイムを認めるしかねぇ」
「やったー! これで晴れて私たちは主従契約を結ぶことができたね!」
「ぷくぅ~!」
満面の笑みで迎えてくれるエレナに、俺も自然と口元が綻ぶ。
まあフグだからあんまり変化ないかもしれないけど。
「なら次は、キミの名前を決めないとだね!」
エレナは釣りバケツを持ち上げて、俺と目線を合わせる。
「うーん、よく見てみるとキミって本当に不思議な海魔だよねぇ。見たことない形だし、既存の魚類のどれとも当てはまらない顔してる」
「ぷくぅ」
エレナがまじまじと俺を見つめた。
バケツ越しとはいえ、至近距離に美少女の顔が近付いてくるとちょっと心拍数が上がってしまう。
「そう言えば、キミってよく"ぷくぷく"って鳴くよね。それに、ぷくっと体が膨らんだりするし」
「ぷくく」
フグですからね。
フグとは体が膨らむものだ。
唇を尖らせて考えを巡らせていたエレナは、何かが閃いたように目を見開く。
「――決めた! キミの名前は、『ぷっくん』にしよう!」
「ぷくっ!?」
ぷ、ぷっくんだと!?
《対象エレナからマスターの名付けの提案が行われました。『ぷっくん』の名を承諾しますか?》
ぷっくん、ぷっくんか。
俺にしてはちょっと可愛らしすぎる気もするが……まあいいか。
その名前、受け入れるぜ!
《――承知いたしました。『ぷっくん』として、マスターの名を更新します》
ほんの一瞬、俺の体が書き変わるような感覚を覚えた。
エレナからの名付けが完了したらしい。
こうして俺は異世界で『ぷっくん』として生きていくことになったのだった。




