第21話 ペットになった
信じられない言葉を吐いたエレナに、ラスキアは目を溢れ落ちんばかりに見開いて詰め寄った。
「し、正気かよエレナ!? コイツは海魔だぞ!? しかも『滅びの呪海』なんかに生息してるようなヤバいヤツだ!!」
エレナの肩に手を起き、正気を取り戻せと言わんばかりにぐわんぐわんと揺さぶる。
そして、ビシッと俺に指を突きつけてきた。
「それによく見ろよ! 斑模様のいかにも危険な体表に、ぶよぶよの体、それから悪魔みてぇなギョロギョロした眼球! こんな気色悪い生物をペットにするなんてあり得ねぇだろ!?」
いや、酷くない?
〈言語翻訳〉のエクストラスキルを獲得してしまったがためにラスキアの悪口が俺の精神にザクザクと突き刺さるんですけど。
剣での攻撃は回避したものの、言葉のナイフは躱せないぞ?
しかも俺が言葉を理解してるなんて思ってないため嘘偽りない真っ直ぐな本音を打ち明けているから、余計に傷口が広がる。
顔面蒼白で詰め寄ってくるラスキアに若干身を引きながら、エレナが手を広げて制した。
「ご、ごめん。ちょっと言葉足らずだったかな。ペットにするって言っても、愛玩動物として飼うってだけじゃないよ。どうせなら、『使い魔』としてテイムしようかと思って!」
「テイムだぁ~??」
ラスキアは俺に視線を落とす。
しばらく俺の姿を眺めた後、確信したようにコクリと頷いた。
「うん、やっぱりエレナはまだ意識が完全に戻ってないんだよ。こんな気色悪い海魔がエレナの命を救ったなんてあるわけがない。待ってろエレナ。今その悪夢から解き放ってやるからな」
そう言って、ラスキアは鞘に収めていた剣の柄を握る。
コイツ、何も理解してねぇじゃねぇか!
どんだけ俺を始末したいんだよ!?
慌ててエレナが止めに入る。
「だ、だからダメだって! 私を助けてくれたのは、夢でも幻でもないよ! この子が私に口移しで空気を送り込んでくれなかったら、今ごろ私は――――」
「ち、ちち、ちょぅおおおっと待てぇぇええええ! い、いま何つった!? く、くくく、口移しだとぉ!!?」
恐ろしい形相で俺を見下ろしていたラスキアは表情を一変させ、別の意味でエレナに詰め寄った。
「エ、エレナはこの気色悪い海魔と、キ、キキキキキキキ、キッスをしたってのかぁぁあああああああああ!!?」
いや、動揺し過ぎだろ。
どんだけウブなんだ。
キスって言っても、あくまでも救命活動だからな?
いわば人工呼吸みたいなもんだ。
それも相手はフグ。
……思い返すと、確かに年頃の少女の唇を奪ってしまったのは申し訳ない気持ちも多少あるが、あの時はそんな事を考えていられる状況じゃなかった。
マジで生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだから。
「ア、アタシのエレナの唇を奪いやがったなんて……やっぱりコイツ、ここで殺すッ!!」
ジャキン! と、今度こそラスキアは剣を抜いた。
そして両手で握った剣を天に掲げるように大きく振りかぶる。
そのラスキアを、エレナが背後から羽交い締めにして拘束する。
「もう! 何度言ったら分かるの! この子は使い魔にするんだから、殺しちゃダメだって!」
「と、止めるなエレナァ! エレナのファーストキスをこんなキモ海魔に奪われるなんてぇ! エレナが許してもアタシが許せねぇ!! 絶対にぶっ殺してやるッ!!」
やめろやめろ!
もうそれ俺を殺す趣旨が変わってるから!!
さっきまでは討伐対象である海魔だから殺すっていうまだ納得できる理由だったが、今はもう完全に私怨だろ!?
口振り的にちょっと嫉妬も含まれてんじゃねぇのか!?
えっ、まさかラスキアってそっち系……?
「ぷくぷくぅ!!」
無駄な争いは止めるよう、俺が声を上げる。
すると、場が静まった。
エレナもこれ幸いと言うように、俺を指差す。
「ほら、この子も"喧嘩はやめて"って言ってるよ! だから剣を下ろして!」
「……さっきもんなこと言ってたが、偶然に決まってるだろ」
愚痴りながら、ラスキアは渋々剣を下ろした。
今回は口で言ってるほど殺す気はなかったのかな。
ラスキアは呆れるようにため息を吐き、俺をただ見下ろす。
「人間の言葉を理解する海魔はいるが、こんな浅瀬にはまだ出てこないはずだ。もっと強い魔物……それこそ魔王の幹部クラスじゃねぇとな」
「だけど、この子は私の精神に語りかけてくれたんだよ。絶対に助けるから安心しろ! って」
「はぁ? このブッサイクな面で、人間の言語を喋ったってのか? それも海中で?」
おい、誰がブサイクだ。
失礼だろ。
「口から喋ったっていうよりかは、脳内に直接語りかけてきたみたいな感じかな? 高位の魔法使いが扱う『テレパシー』系の魔法に近かった気がする」
「テレパシーねぇ……」
ラスキアは訝るような視線をエレナから俺へと這わせた。
そして俺のフグのぶにぶにの背中をツンツンと突っついてくる。
「だったら、アタシにも語りかけてみろよ。アタシの言葉が分かるんだったら、できるだろ?」
「ぷくぅ……」
どうしようね、これ。
〈思念伝達〉と〈言語翻訳〉を掛け合わせれば、ラスキアにも俺の言葉を送ることはできる。
エレナにやったのと同じ要領だ。
ただ、問題なのは今しがたラスキアが口走っていた内容である。
曰く、"人間の言葉を理解する海魔は魔王の幹部クラスだ"……というもの。
もしここでラスキアの要望通り脳内にテレパシーでも送ろうもんなら、いよいよ危険な海魔ということになり問答無用で討伐されるんじゃないだろうか?
"魔王の幹部と思しき不気味な海魔"にランクアップした肩書きを有してしまえば、もうエレナの言葉も届かないんじゃないかと思うんだが……。
《状況的に対象ラスキアの要求は無視することを推奨します。マスターの懸念通り、この場で不用意に〈思念伝達〉を発動してしまえば、反って人間からの不安と疑念を増幅させることになるでしょう》
そうだよな。
アドバイザーもそう言っていることだし、決定だ。
ラスキアの要求は、全力で無視する!!
「おら、どうしたよ。さっさとアタシにテレパシーを送りやがれ」
「ぷく」
「……できねぇのか? やっぱりテメェはただの雑魚海魔なのか?」
「ぷくぷく」
どれだけ煽られようが、無視を決め込む。
絶対に〈思念伝達〉は発動しないもんねー。
色々な切り口で煽ってきたり、俺の体を突っついたり揺さぶったり軽くしばかれたりもしたが、徹底的にラスキアを無視する。
口をぱくぱくと動かして空気を吸うだけだ。
数十秒ほどラスキアを無視すると、やがて勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「どうだ、エレナ! コイツは何の反応もしないぞ! もちろん、アタシにテレパシーも送ってきてねぇ!」
「え~、おかしいなぁ? ねぇねぇ、それなら私に話しかけてくれない? 一緒にお喋りしたいな」
「ぷくぷく」
……悪いな。
ラスキアを無視した以上、今は話を合わせるためにエレナもシカトさせてもらう。
ここでエレナにだけ話しかけたら彼女一人だけが浮いてしまうからな。
語りかけても反応がないフグを見て、エレナも不思議そうに頭を傾げる。
「あれ、私もテレパシーが聞こえない。うーん、でもさっきは海中で聞こえた気がするんだけど……」
「ほら見ろ。だからそんな大した海魔じゃねぇんだって」
「でも、私を助けてくれたのと、半魚人魔を何十体も倒してくれたのは本当だよ!」
「それもどこまで信じて良いもんなんだか……。酸素不足で意識が朦朧としてたんじゃねぇか? 一種の錯覚や幻覚状態になってたって方がまだしっくりくるぜ。どうせこんな雑魚海魔にそんな能力はない…………と思ってたんだが」
ラスキアは一歩足を動かし、落下防止用の船の柵に手をかける。
そして、真下の海を眺めた。
「この船の周囲だけ、海水が変色してる。しかも魚の肉片らしき物体も転がってやがる。あれは半魚人魔の体の一部だろう。この惨状を見る限り、相当数の半魚人魔が海中で何者かに殺されたのは間違いない」
ラスキアの言葉に賛同するように、傍で話を聞いていた船乗りの男が頷いた。
「あ、あの、口を挟むようで悪いんだが、勇者様が海面から顔を上げたのと同じタイミングで付近の魔力反応が一斉に消失したんだ。あれは大規模な魔法で海魔を掃討した時に見える魔力レーダーの反応に酷似していた」
「……チッ。状況証拠的には、半魚人魔を殺ったのはコイツで決まりか……?」
ラスキアは忌々しそうな目で俺を見下ろした。
好意的な視線ではないものの、多少は落ち着きを取り戻したらしい。
それに、俺の実力も認めてくれているようで嬉しいぜ。
エレナは嬉しそうに笑って一段落ついたようにパンッと手を叩いた。
「それじゃあ決まりだね! この子は私の使い魔 兼 私たちのペットに決定ー!」
「ぷくぷく」
「……やれやれ。もう好きにしてくれ」
ラスキアは呆れたように眉間を押さえて頭を振った。
が、すぐに俺に詰め寄って。
「でもアタシはまだお前を信用してねぇし、許してもねぇことは忘れんな。妙な動きをしてみろ。すぐにアタシの剣の錆にしてやるからな!」
「ぷ、ぷくぷく」
「ハッ! 意味も理解してねぇのに一丁前に返事なんかしてんじゃねぇよ!」
どうすりゃええねん。
ラスキアは腕を組みながら、ふんっとそっぽを向いた。
彼女と仲良くするのは難しそうだが、とりあえず一旦命を繋ぐことはできた。
こうして俺は、ひょんなことから出くわした異世界の金髪美少女――エレナの『使い魔』に昇格したのだった。




