第20話 陸でも生きられるようになった
いかにも好戦的な装いの赤髪の女が、俺に剣を突き立てる。
その剣が俺を貫こうと迫る刹那、エレナの制止の声が飛んできた。
おかげで剣の軌道は寸前でずれ、俺の真横に突き刺さって止まる。
「……なんだと?」
赤髪の女は、眼帯をしていない方の目で俺を見下ろす。
視線だけで射殺してしまいそうなほど憤怒に溢れた眼光だった。
が、その瞳が少し柔らかくなり、女が顔を上げた。
「どういうことだエレナ。このクソ海魔が、エレナを助けただと?」
「うん、そうなの! だからラスキアも剣を下ろして!」
赤髪の女――ラスキアはエレナにそう告げられ、いよいよ不可解そうに眉を傾けた。
そして俺とエレナを交互に数回見た後、チッと舌打ち混じりにゆっくりと立ち上がる。
俺のすぐ隣に突き刺さっていた剣も引き抜かれ、ラスキアが腰に提げた鞘に収まった。
ややあって、小型ボートに乗り込んでいたエレナが梯子を伝い、俺たちがいる大型船の上までやって来る。
「お、おおお! 勇者様! ご無事ですか!?」
「ゆ、勇者のお姉ちゃぁああああああん! 生きてて良かったぁぁあああああああ!!」
エレナに、一人の中年男性と少年が駆け寄ってくる。
少年はエレナよりも年下で、彼女に抱きついて涙を流していた。
二人ともエレナを心配していたことが伝わってくる。
「ご心配をおかけして、すみません……。アレス君も、心配してくれてありがと、ね」
エレナは少年の頭を優しく撫でながら、傍の中年男性に軽く頭を下げた。
ぐっしょりと濡れた衣服や金髪からぽたぽたと海水が滴り落ちている。
疲労の色は見えるが、意識もはっきりしているし、エレナはもう大丈夫そうだ。
「ぷくぅ」
俺を置いてけぼりにして、何やら温かい雰囲気が漂っている。
これは……何とか助かりそう、か?
ほっと胸を撫で下ろそうとした瞬間――息苦しさが襲ってくる。
うぎゃ!
そ、そうだった!
今の俺は、息が、できないん、だった……!!
「ぷ、ぷくぷくぅ……!!」
ジタバタとヒレを動かし、身を捩るように体を動かす。
が、多少の気晴らしになるかならないかの違い。
いや、なってねぇな。
一秒ごとに徐々に苦しさが増幅してくる感覚がある。
まさかの窮地にアドバイザーに頼る。
どうにか助けてくれぇ!!
《水中に戻れば呼吸は可能となります》
そ、それは分かってるんだけどさ!!
どうやって網で捕獲された状態から海に戻るんだよ!!
《網からの脱出は容易いと推測します。マスターが持つ風属性スキルであれば簡単に切断可能です》
そ、そうか。
しかし、どうやって海まで戻る?
もう俺は船の上に打ち上げられちゃってるんだが……!
《風属性スキルを応用すれば、ごく短時間であればマスターの体を浮かすことが可能です。その方法で船体から脱出し、海に飛び込むことができれば命は助かるでしょう》
な、なるほど。
風属性スキルを応用すればいいのか。
でも、仮にそれができたとしても、はいそうですか、って逃がしてくれると思う?
特にこのラスキアって女は今にも俺をぶち殺してやろうという気概がヒシヒシ伝わってくるんだけど。
下手に動くと抹殺されかねない。
《問題ありません。現在のマスターのステータス値であれば、どのような攻撃スキルを使用しても打倒は容易です》
自動的に、〈鑑定〉が発動される。
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名前:ラスキア
種族:人間
レベル:38
HP:1856/1943
MP:914/1107
物理攻撃力:2999
物理防御力:1845
魔法攻撃力:983
魔法防御力:1536
敏捷性:1541
器用さ:1364
スタミナ:2813
剣技:サークルブレイド、バスターソード
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ラ、ラスキアのステータスか?
レベルは……三十八。
他のステータス値を見ても、たしかに俺よりも弱いみたいだが……。
《対象ラスキアのステータス値は、マスターのステータス値よりも大幅に下回っております。この場で戦闘に発展したとしても、脅威にはなり得ません。マスターの所持するどの攻撃スキルでも対象ラスキアに致命傷を負わせることが可能です。九十%以上の確率で即死させることができるでしょう》
い、いやいやいや!
ここで戦った場合って、ラスキアを殺すってことか!?
確かに雰囲気からして俺は歓迎されていない様子だが、だからと言ってさすがに殺すのはやり過ぎだろ!?
それに前世は人間だったということもあり、人を殺害する気にはなれない。
余程の巨悪なら話は別だが、ラスキアはまだ話せば分かって貰えるかもしれないし!
どうにか戦闘は行わず、平和的に解決する手段はないか!?
《――いくつか解決策は存在します。この場で人間の気を逆撫でする動きをせず、恒常的に陸上での活動を可能とする目的であれば、こちらのエクストラスキルの取得を推奨します》
――――――――――――――――――――
エクストラスキル:陸上呼吸 1000ポイント
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おっ、なんか出てきた。
このエクストラスキルは、どういう効果なんだ?
《エクストラスキル〈陸上呼吸〉は、陸上でも呼吸が可能となるスキルです。ただし、〈陸上呼吸〉を発動中は魔力を常に消耗します》
文字通りのスキルみたいだな。
そしてエクストラスキルってなだけあってスキルポイントも高額だ。
が、背に腹は代えられない。
そのスキル取得してくれ――――と思った瞬間、違和感に気付く。
それは残りの俺のスキルポイントだ。
〈言語翻訳〉のスキルを購入した時、たしか俺の残りのスキルポイントって"九百五十"しかなかったような……?
う、嘘だろ!?
ギリギリ買えねぇじゃねぇか!?
《問題ありません。マスターの現在のスキルポイントはちょうど千ポイントございますので、エクストラスキル〈陸上呼吸〉の取得は可能です》
え……千ポイント……?
でもたしかにさっきは九百五十しかなかったと思うんだが。
《半魚人魔の群れを討伐したことによるレベルアップで、新たなスキルポイントを獲得しました。それを加算し、合計スキルポイントはちょうど千になっております》
言われてみれば、さっきレベルアップしました、って音声が聞こえてきた気がする!
そのおかげでHPも全快したしな!
そ、そうか。
ギリギリ買うことができるのか。
よし!
ならばそのスキル取得してくれ!
ぐ、苦しいから、できるだけ早く……!!
《――スキルポイントの精算が完了しました。エクストラスキル〈陸上呼吸〉がステータスに追加されます》
アドバイザーの言葉と同時、俺のステータスが表示される。
――――――――――――――――――――
名前:フグ(仮)
種族:バルーンパファー
レベル:81
HP:4273/4273
MP:9653/9653
物理攻撃力:10594
物理防御力:6426
魔法攻撃力:8001
魔法防御力:6143
敏捷性:3529(+1000【種族補正】)
器用さ:5699
スタミナ:6104
種族スキル:旋風力
ユニークスキル:異種変形
エクストラスキル:咬撃、水属性の大器、毒属性の大器、思念伝達、奪食、言語翻訳、陸上呼吸
スキル:鑑定、知者の導き、逃走Lv.4、高速遊泳Lv.5、瞬転、探索、暗視
スキルポイント:0
称号:転生者、フグの加護、特異成長、格上殺し、幼体特攻、暴君
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早速だが、〈陸上呼吸〉発動!!
クワッ、と体が震撼する。
俺のフグボディに新鮮な空気が入り込んできた。
「ぷくぷく~!」
体を吹き抜ける空気!
爽快感!
清涼な潮の香り!
息苦しかったのが嘘のようにすっきりと意識が鮮明になった!!
おおおおおおお!!
すごい!
これが〈陸上呼吸〉の効果か!
マジで水中にいる時と全く変わらないくらい空気が吸えるぞ!!
「ぷっくぷっく」
かつての俺は人間だったから、むしろ陸上呼吸しかしてこなかったはずなんだが、すっかりフグが染み付いちまったもんだ。
今や海中の方が安心感があるくらいだからな。
まあ、何はともあれ呼吸問題は片がついた。
となれば必然、次に問題になってくるのはこれからの俺の処遇である。
「ぷくく~……」
このまま穏便に海の中にリリースしてくれたら万々歳なんだが……果たしてそう丸く収まるかどうか。
エレナは擁護派だから助けてはくれそうなんだが、やはりネックなのはこの赤髪眼帯の女性。
剣士らしきラスキアという者の存在だ。
彼女は剣を収めたものの、今も警戒を怠らずに俺を凝視している。
眼光だけで生物を殺せるとしたら、俺はすでに御陀仏になっているだろう。
そう確信するほどの、憤怒と怨嗟と、その他形容し難い負の感情が混ざり合わさった視線だった。
ラスキアは、我慢ならないと言わんばかりにエレナに言葉を浴びせる。
「エレナ! どうしてこの海魔を庇うんだよ!」
エレナは泣きじゃくる少年(アレスと言ったか?)を宥めつつ離れ、ラスキアがいる元へ歩いてくる。
船の床に打ち上げられた俺を慈愛に満ちた瞳で眺めた。
「さっきも言ったでしょ。その子が海で溺れてる私を助けてくれたんだよ。襲いかかろうとしてきた半魚人魔の群れもこの子が全部倒してくれたの。私を守りながらだったから、体に傷まで負って……この子だって死んじゃってたかもしれないのに、私を助けるために……」
「アタシは海魔のコイツがエレナを襲おうと様子を窺ってるところを見たぜ! だから半魚人魔の野郎と同じ末路を辿らせてやるんだよ!」
ギロリ、とラスキアが俺を睨みつける。
殺意マシマシだ。
「ぷくぅ!?」
ヤバイヤバイ!
早く宥めてエレナさん!
「だからダメだって! それにこの子は私を襲おうとなんてしてないもん! そうだよね?」
「ぷくぷく!」
「ほら、この子も"そうだよ"って言ってるよ!」
エレナが俺に話しかけてきたので、フグの体で精一杯頭を縦に振った。
ふと周囲を見てみると、至るところに気色悪い血飛沫が飛び散っているのを発見した。
中には人間と魚が融合したような不気味な生物の死体も転がっている。
言うまでもなく、半魚人魔の亡骸だ。
このラスキアって女が倒したのか?
「……じゃあ、聞くけどよ。エレナはコイツをどうするつもりなんだよ。このまま海に帰せってか」
「ううん。実は、私に考えがあるんだ」
エレナはつかつかと俺の元までやって来た。
俺の目と鼻の先にエレナの靴先がある。
その状態で、エレナはしゃがんで俺のフグの背中を優しくナデナデした。
そしてラスキアに顔だけ向き直り、堂々と宣言をする。
「この子は――――私のペットにします!!」
エレナの唐突な宣言。
それから、たっぷりと間を置いて。
「…………はあぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!?」
ラスキアの間抜けですっとんきょうな声が、広い海に響き渡った。




