第18話 ファーストキス
瀕死の重傷を負った。
大部分が損壊したフグの体で、意識が遮断される前に回復スキルで少しでもHPの回復を図ろうとした。
が、意図せず体の回復は叶えられた。
俺が回復スキルを取得するよりも先に、少女が俺を回復魔法をかけてくれたから。
彼女もとっくに限界は超えているだろうに。
あと少し頑張れば海面に浮上できて命が助かったであろうに。
その命拾いできる絶好の機会を投げ捨てて、わざわざ俺のために舞い戻ってきたのだ。
どこの馬の骨とも知れない、海魔を助けるために。
「ごぼ……ごぼぼ……っ」
少女の口から抑え込まれていた少量の空気が気泡となってゆらゆらと海面に昇っていった。
それはまるで、彼女の魂を具現化したようだった。
失われた命が、天に召されていくような。
「ぷっくぅぅぅううううううううううっ!!!」
激昂し、心中で吼える。
ふざけるなっ!
このまま死なせてたまるかよ!
最後の最後で俺に回復魔法をかけて……海魔である俺を生かしてお前が死ぬなんてこと絶対に許さねぇぞ!!
「ギュププァァアアアア!!」
「ギュアアアアァァア!!」
「ギュギュァプァアアアアアアア!!」
好機と捉えた半魚人魔が四方から同時に襲い来る。
俺は静かに〈風刃〉を発動。
中距離から様子を窺っている個体は〈空気弾〉で頭や心臓を撃ち抜いた。
それでも、半魚人魔の数が減った実感はない。
目先の個体をいくら倒したところで、全体の数から見ればまだまだ誤差の範疇。
コイツらを全滅させるには、それこそ嵐のような大規模破壊攻撃を発動させるほかない。
今までは少女に意識があり、必死に口を押さえて空気が漏れないよう耐えていたから余計な刺激を与えるまいと気を遣っていたが、今やそれも必要ない。
ここで半魚人魔《お前ら》全員――死ね。
〈旋風力〉の種族スキル内でも最大火力の一撃。
殺れ――――〈嵐風刃〉ッ!!
――――ズザザザァァァアアアアアアアン!!
俺を中心に、嵐のようや風の刃が暴風のごとく吹き荒れる。
水を切り裂き、圧縮された鋭利な空気の斬撃が半魚人魔を無造作に切り刻んだ。
意識を失った少女に流れ弾が当たらないよう注意はしているが、それでもこれほどのスキルを発動させると海中がどよめくように重く揺れるのはどうしようもなかった。
「ギュパァ……!」
「ギュゥアアア……!!」
「ギャパァァァア……!」
〈嵐風刃〉はさすがの威力で瞬く間に半魚人魔をズタズタに引き裂いた。
大量の血溜まりで変色する海中。
辺りから生命の気配が消え失せる。
《――マスターのレベルが八十から八十一に上昇しました。各種ステータス値が上昇しました》
《レベルアップにより、HP/MPが全回復しました》
大量に半魚人魔を倒したから、レベルが上がったらしい。
幸いにもHPとMPが全快し、再び復活を遂げる。
あとは遠距離から攻撃してきた姑息な野郎だが……。
俺は〈探索〉を発動し、周囲に存在する生物の位置を確認。
赤いアイコンが、俺から離れるように遠ざかっていくのが見えた。
これがさっき俺にトルネード型の水属性スキル攻撃を食らわせてくれやがった野郎か?
《恐らく、半魚人魔を率いるボス個体ではないかと推測します。マスターの〈暴君〉の影響範囲外ギリギリからの攻撃でした》
まあ、そんなとこだろうな。
もしかしたらさっきのクラーケンも戻ってきやがったのかとも思ったが、この状況だと半魚人魔の一派と考えた方が自然だ。
他の海魔が乱入してきたってのもあり得なくはないがな。
「……ぷくっ」
だが、逃げているなら一旦見逃してやる。
今は残党を追いかけてまで全滅させるほどの余裕はない。
俺の体力ではなく、傍らに浮かぶ少女の命が持たないからだ。
脅威は全て排除したので、〈暴君〉をオフにしてすぐに少女の元に駆け寄った。
――おい、生きてるか!?
「………………」
〈思念伝達〉で問いかけてみるが、応答はなかった。
くっ、これは最悪の事態も想定しないとダメか……!?
とにかく、少女の体内に空気を送り込まないといけない!
だが、意識がない状態では海面まで上昇させても空気を吸い込むことができないのではないか。
それならばどうにかして俺が少女の体内に空気を送りこまないといけない。
「ぷくっ……!」
どうするかと思案した瞬間、一つの手段を閃いた。
上手くいくかは分からないが……一か八かだ!
俺は〈旋風力〉の種族スキルを発動させて自らの体内に少し空気を生み出した。
ぷくぅ~、と軽く俺のフグボディが丸っこく膨らむ。
そして少女の鼻先まで接近した俺は――――少女に口づけをした。
――ちゅっ。
「ぷくぅ!」
「………………」
少女の口にしっかりとフグの口を着けて密閉させ、無理やり空気を押し込んだ!
ごぼほぼぼ!! と、空気が口の端から漏れるが気にしない。
減った空気はすぐに〈旋風力〉で充填可能だ。
俺は贅沢に空気を浪費しながら、酸素を少女に供給した。
「ぷくぅ! ぷくぅ! ぷくぅぅううう!!」
何度も空気を送る。
懸命に少女の口の中に息を吐き出す。
決して強すぎず、それでいて簡単に空気が海中に漏れてしまうほど弱すぎることもなく。
絶妙な力加減を見極めながら、必死に人工呼吸を続けた。
「ぷくっ! ぷくぅ! ぷくくぅぅううう!」
「………………」
瞳を閉じた少女は、まるで眠っているかのようだった。
しきりに息を口の中に吹き込むが、反応はない。
くそっ!
周囲の半魚人魔は全滅させたから、邪魔が入る余地はない。
やはりこのまま海面まで浮上させるべきか!?
だが、海面から顔を出せたとしても、すでに意識を失ってるこの子が自力で呼吸できるかどうか……。
少女に口付けをしながら逡巡する。
懸命に。何度も。必死に目覚めることを祈りながら。
何十回目の人工呼吸を行い、胸中に諦めと絶望が顔を覗かせた――その瞬間。
「――――――ごぼっ!」
少女が、かすかに息を吹き返した。




