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第17話  フグの決意に救いの手を


 ドシュ――――!


 腹から背中を貫通する、先端が鋭利に削られたもり

 その銛はその他の半魚人魔が手にしているものとは毛色が異なり、有り体に言えば上位互換に据えられているような強靭な武器に見えた。

 コイツ、普通の半魚人魔よりも階級が上の個体か……?


 ニタァ……、と悪辣なる笑みを湛える半魚人魔の醜い相貌。

 鱗に覆われた不気味な腕から伸びる銛は俺の腹に埋まり、切っ先が背中から飛び出ていた。

 いわゆる――串刺しである。


「…………ぷ、ぐぅ…………っ!」


 体内に留まっていた空気がボコボコと勢いよく海中に流れ出し、それに後押しされるように血がドクドクと失われていく。

 傷口が燃えるように熱い。熱い。

 ――激痛、――嗚咽、――吐血。


《――腹部から後背部にかけて甚大なダメージを確認。HPが著しく減少しています》


 アドバイザーの言葉と同時に、ステータス画面が眼前に現れる。


 ――――――――――――――――――――

 名前:フグ(仮)

 種族:バルーンパファー

 レベル:80

 HP:2916/4183

 MP:9164/9501


 物理攻撃力:10411

 物理防御力:6329

 魔法攻撃力:7803

 魔法防御力:6001

 敏捷性:3446(+1000【種族補正】)

 器用さ:5631

 スタミナ:5972


 種族スキル:旋風力せんぷうりき

 ユニークスキル:異種変形メタモルフォーゼ

 エクストラスキル:咬撃こうげき、水属性の大器、毒属性の大器、思念伝達、奪食だっしょく、言語翻訳

 スキル:鑑定、知者の導き、逃走Lv.4、高速遊泳Lv.5、瞬転しゅんてん探索サーチ、暗視


 スキルポイント:950


 称号:転生者、フグの加護、特異成長、格上殺し(ジャイアントキリング)幼体特攻ベイビーキラー、暴君

 ――――――――――――――――――――


 HPは……三千弱か……。

 一撃で千二百くらいダメージを受けた。

 銛が体内を貫通しているのだ。

 余裕で致命傷。

 むしろまだ半分以上HPが残っていることを喜ぶべきか……。


《マスター、第二陣の襲撃に備えてください》


 アドバイザーの無機質な忠告に応えるように、半魚人魔の雄叫びが海中を揺らした。


「ギュギュプァアアアアアアア!!」

「ギュァァアアアア!!」

「ゲュプアアアアアアア!!」


 銛を構えての突撃。

 ただ武器を構えて特攻するだけの、奇抜さの欠片もない芸のない戦術だ。

 しかし、そのシンプルで原始的な戦術であるからこそ、攻撃が当たりさえすれば相手に明確なダメージを与えることができる。


「……ぷ、ぐぐぅぅぅううううううう!!」


 俺は風の刃を撃ち出す。

 迫り来る半魚人魔は何とか両断した。

 ついでに俺に銛を突き刺した半魚人魔も葬り去る。


 だが。


「ギュップァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 仲間が殺されたのにも関わらず、半魚人魔は勝鬨を上げるようにえた。

 俺の〈風刃ふうじん〉のスキルを食らえばほぼ即死するっていうのに、戦意が挫ける気配はない。

 俺に一撃食らわせることに成功したから、調子づいたか?

 半魚人魔の士気が一気に上がっている。


《――マスター》


 アドバイザーの機械的な音声が、やけに重たく脳内に響いた。

 察する。

 次に発されるであろう言葉を。

 俺の心中に渦巻く、この窮地を脱する合理的な最適解を。


《――頭上に浮かぶ少女を見捨て、この場から離脱することを推奨します》


「………………」


 俺は言葉を返せないでいた。

 アドバイザーは気にせず続ける。


《半魚人魔の〈集団行動〉のスキルは厄介ですが、マスターひとりなら逃げることは簡単です。このままでは、少女もろともマスターも命を落とすリスクが高まります》


 ――妥当だ。

 アドバイザーが提案してきた策がきっと正しい。

 俺一人だけならば、こんな奴ら相手をするまでもない。

 仮に全面戦争になったところで、俺の完勝は目に見えている。


 考えてもみろ。

 そもそもこの少女とは偶然この広い海で出会っただけに過ぎない。

 それも俺が異世界の人間がどんな存在なのか気になったからこの辺りまで近付いてみただけ。

 当初の目的は、ある意味ではすでに達成されている。

 この世界の人間も、俺が想像する人間像とさして違いはなかったということが分かったのだから。


 俺はフグの海魔で、彼女は人間の女の子。

 種族すら違う。

 そんな存在を、命を犠牲にしてまで助ける価値があるのか?

 このまま見捨てても、誰も咎めやしない。

 むしろ、それが自然の摂理。

 弱肉強食だ。

 俺だって何度も食われそうになり、殺されそうになり、結果的に偶然今この瞬間まで生き延びているだけに過ぎない。

 この少女は、運が悪かった。

 運に恵まれなかった。

 神様が見放してしまったのかもしれない。 


 だから。


 だからこそ。


「――……ぷっくぅぅうううううううううううううううう!!」


 ――――俺は、絶対にこの少女を見捨てないッッッ!!


 全身に力を漲らせる。

 俺は半魚人魔こいつらと戦うぞ!!


 フグに転生した?

 海魔として人間に恐れられている?

 この少女が弱く不運だから、海で溺死するか、半魚人魔に刺し殺されるのが必然?


 全部関係ねぇ!!

 そんなのクソ食らえだ!!


 自分の手で救える命があるのにそこから逃げるのは、俺のポリシーが許さない!!


「ぷくぷくぅぅ!!」


 半魚人魔の群れ全てを倒す必要はないんだ!

 一部だけでいい!

 特に俺たちの上部に位置している半魚人魔は海面に浮上する行動を妨害してくるから、一旦アイツらだけを殲滅する戦略で動く。

 そして一刻も早く少女を海面まで押し上げる。


 彼女の息が途切れるまでが、タイムリミットだ。


「…………!」


 少女が何かを訴えかけるような目で俺を見た。

 彼女の位置からなら、俺の体に銛が貫通している様がありありと見えていることだろう。

 が、俺は気にせず漏れ出た空気を再充填し、浮力を増大させる。


「ギュパァアアアアアアアアアア!!」

「ギュゥウアアアアアアア!!」


 同時に、半魚人魔も襲撃を開始。

 俺は特攻を仕掛けてくる半魚人魔を蹴散らした。

 特に少女を直接狙う奴は一匹足りとも見逃すことはできない。


 できるだけ少女に影響が出ないよう配慮しながら、風属性スキルで半魚人魔の群れと本格的な交戦が始まる。

 海面までの距離はもうあと僅か。

 だが、その"僅かな距離"を、半魚人魔が果敢に阻んでくる。


「ぷ、ぷぐぅっ!」


 時間との勝負だ。

 恐らく少女の息は、もう底をつきかけている。

 いつ溺れてもおかしくない。


 焦る。

 いまだ体を動かす度に激痛が体内を暴れまわる。

 それを気力だけで抑え込み、アドレナリンを大放出させながらヒレをバタバタと動かした。


 だが、ようやくだ。

 ようやく少女の体が海面に届きそうになった。

 このまま勢いに乗って浮上を試みた――その時。


《――大規模な魔力反応を検知しました。大至急、この場から離れてください》


 アドバイザーの警告。

 ――刹那。

 全くの意識外、百メートル以上離れた海洋の向こうから、鋭利な激流のトルネードが現れる。

 至近距離で無秩序に暴れる半魚人魔に気を取られていたため、一瞬反応が遅れた。

 それが、決定打となってしまう。


 ――ドゴゴゴォォオオオオオオオオオン!!


「ぷ、ぐぅ……ッ!!」


 俺の体を激流が呑み込んだ。

 否、抉り穿ったと表現した方が適切だろうか。


 空気で膨らんだ大きな体の制御が効かなくなる。

 それもそのはず。

 なぜなら、俺の体の大部分がズタズタに引き裂かれていたからだ。

 凄惨な傷口が血濡れた気泡で溢れ返る。

 HPが加速度的に減じる感覚。


「…………ぷ……く……!」


 くっ、そ……!

 ここまでか……!!


 だが、少女を守ることはできたぞ……!

 海面まで、あと二、三メートル……。


〈思念伝達〉を発動する。


 ――悪いが……ここまで、らしい。あとは……自力で、踏ん張って……浮かび上がっ……てくれ。俺は……もう、助けてやれそうに、ない……!


 その言葉を告げ、俺は萎んだ体でゆっくりと海に沈んでいく。

 空気が漏れ出て、浮力を失ったから当然の結果だった。

 少女は目を見開いて顔を青くする。


「…………っ!!」


《HPの急激な減少を確認。大至急、回復スキルを取得し、即座にこの場を離脱してください》


 眼前に回復スキルの取得ウィンドウが現れた。

 そう、だな。

 さすがに……これは不味い。

 即死してないのが……不思議な、くらい……だ。

 意識がトんじまう……前に……回復スキルの……取得……を……!!


 俺が最後の力を振り絞って回復スキルを取得しようとした、その瞬間。


 ――――――!!


 体が、ぽわっと温かい何かに包まれる。

 かすかに目を開いてみると、俺の体が淡く光っていた。

 これは、なんだ……?

 体が光にくるまれて心地よい感じ……。


 徐々に、意識が鮮明になってきた。


 ぱちり、と閉じかけていた目を開ける。

 と、俺の目の前には海面に浮上しに行ったはずの少女が弱々しい体で人差し指を向けていた。

 彼女の指先が淡く光り、そこから魔力が流れてくるのを感じる。


《少女が発動させた回復魔法の影響により、マスターのHPが一部回復しました》


 なんだと……!?

 少女って……まさか、この少女が……?


「ぷ、ぷく……っ!」


 反射的に、〈思念伝達〉を発動。


 ――ど、どうしてこっちに戻ってきたんだ! せっかくキミが助かる千載一遇のチャンスだったのに!!


 焦りと怒り、回復してくれた感謝がい交ぜになったぐちゃぐちゃの感情で俺は叫んだ。


「――――、」


 少女は必死に押さえていた口から、手を離す。

 いや、手から力が抜けるといった方が良いだろうか。

 全てを諦めたような、あるいは全てを受け入れたような、そんな瞳で俺を見据える。

 そして、両手で封じられていた口から残りの数少ない気泡が漏れた。

 美しい口が流れるように動く。

 声こそ聞こえない。

 彼女は〈思念伝達〉を獲得していないから意思は分からない。

 言語が違うから読唇術も使えない。


 でも、少女が刻んだ言葉の意味は、なぜかはっきりと認識することができた。

 彼女の指先を通じて、心にするりと染み渡る。


 ――――ありがとう。生きて。


 刹那。


「ごぼぼぼぉぉ……っ!!」


 少女の口からトドメというように大量の気泡が溢れた。

 同時に、瞳から生気が失われ、目蓋がゆっくりと閉じられる。

 あれだけ生きようともがき暴れていたのは幻だったのかと思うほどに、小柄な体は今やピクリとも動かない。

 まるで天使の迎えを待つ遺体のように、海の中を揺蕩っていた。


「――――ぷっくぅぅぅううううううううううっ!!!」


 俺はフグに転生して初めて――心の底から激昂した。



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