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第16話  致命なる一撃


 頭上から降ってきた物体に、海中がかすかにうねる。

 見上げてみればそれは、一人の少女だった。


 は……?

 お、女の、子……? 

 なんで女の子が海に落ちて……?


「がはっ、ごぼぼぼ……!!」


 一瞬フリーズした思考は、苦しそうにもがく少女の光景を見て破壊された。

 ま、まずい!

 早く救助しないと!!


「ぷくぷくー!」


 俺は急いで少女の元まで泳ぐ。

 おい、アドバイザー!

 あの子を助けるにはどうすればいい!?


《人間は肺呼吸を主とした陸上生物であるため、海中では数分とたずに意識を失ってしまいます。そのため、まずは彼女の頭部だけでも海面に浮上させることが先決です》


 まあ、そうだよな!

 それを踏まえた上で、何か作戦とかあったりする!?

 服を咥えて無理やり海面まで引っ張り上げるべきか!?


《海中でもがく人間をその方法で引っ張り上げるのは非効率的です。ここはマスターの種族スキル〈旋風力せんぷうりき〉を使用して体を膨らませ、彼女の体を下から支える形で海面まで浮上させる策を提案します》


 おお、さすがアドバイザー!

 その手があったか!

旋風力せんぷうりき〉のスキルのおかげで俺は深海から海面まで約二十キロメートルの旅を成し遂げたんだから、その浮力は折り紙つきだ。


 俺は急いで少女の真下に泳いでいく。

 少女は苦しそうに手足をバタつかせているが、指先は海水をかき混ぜるだけで体は徐々に沈んでいる。

 溺れた時にもがくとより水の中に沈んでいくという話を聞いたことがあるが、その光景を俺は目の当たりにしていた。


「がぼぼぼ……ごぶぉ、ぼごごご……!!」

「ぷくぷく!」


 待ってろ!

 今助けてやるからな!


「ぷくぷくぷくぅぅぅ~~~!!!」


旋風力せんぷうりき〉を発動。

 俺の体内に空気が生み出され、どんどん風船のように体が膨らんでいく。

 そしてジタバタともがく少女の背中にスタンバイし、ぷくぅぅ~~!! っと膨らんだ。

 空気が発生したことで大きな浮力が誕生し、俺の背中が溺れる少女の背中と触れた。

 そのままどんどん空気を注入して海面に上昇していく。


「ごぼごぼぉ……!?」


 違和感を覚えた少女が背後を振り返った。

 少しでも空気が肺から漏れ出さないように唇を手で押さえながら、苦しさに耐えるように目を細める。

 細い腰には、申し訳程度のナイフのような武器が見え隠れしていた。

 少女は腰に差したナイフに視線を移す。


 くっ、そうか。

 少女からしてみれば俺は凶悪な海魔だ。

 きっと自分を捕食するために近付いてきたと思って、息も続かない中、懸命に抵抗しようとしているのだろう。

 だが、俺はキミの敵じゃないぞ!

 ただの可愛いフグちゃんだぞー!!


 敵意がないことを伝えるには――――ハッ、こういう時こそ、〈思念伝達〉の出番だ!


《――この世界の人間に〈思念伝達〉を送る際は、マスターの母国語では意志疎通が不可能です》


 そうだったな! 

 さっきのクラーケン問題と同じか!

 それを解決するスキルはたしか……〈言語翻訳〉だったか?


 アドバイザー、〈言語翻訳〉の取得に必要なスキルポイントを表示してくれ!


 ――――――――――――――――――――

 エクストラスキル:言語翻訳  1000ポイント

 ――――――――――――――――――――


 千ポイント……〈思念伝達〉と同額か。


 手痛い出費ではあるが、この子を見殺しにすることはできねぇ!

 アドバイザー、〈言語翻訳〉買った!


《――スキルポイントの清算が完了しました。〈言語翻訳〉がステータスに追加されます》


 即座に行動!

〈思念伝達〉&〈言語翻訳〉、同時にスキル発動!


 ――おい、少女! 俺の声が聞こえるかー!?


「――ごぼっ!?」


 少女に反応がある。

 よし、ちゃんと俺の声は彼女に届いている。

 あまりに突然の事態に動揺したのか少女の口から気泡が溢れ出るが、許してほしい。


 ――俺は海魔だが、キミの敵じゃない! むしろキミを救おうとしてるんだ! このまま体を膨らませて海面まで浮上させるから、できるだけ暴れないで俺に身を委ねてくれないか!?


「………………」


 少女は空気が漏れないよう口を両手で押さえながら、ギョロリと動くフグの目を見つめた。


 や、やっぱりダメか……?

 いきなり会った人間を信用できないのは分かる。

 ましてや俺は人間ですらなくフグだ。

 さらに海魔。

 この世界の住人が海魔をどういう目で見てるのか知らないが、あまり好ましく思われていないのは予想がつく。

 だから俺の言葉をどこまで信じてくれるか分からないが、少女は僅かに考えた後、こくりと頷いた。


 おお、分かってくれたのか!

 そうと決まれば!


「ぷくぷくぷく~~~っ!!」


 俺の体がみるみる内に膨らみ、少女の体を押し上げる。

 よし、あと数メートルもすればこの子の顔が海面から出るだろう。


 もう少しで少女を救うことができると確信した、次の瞬間。


「ギュバババァァアアアアアアア!!」

「ゲュプゲュパァァアアアア!!」

「ギュブ! ギュブァアアアアア!!」


 四方からもたらされる、不協和音の協奏曲。

 忍び寄る無数の影。

 それは俺と少女を包囲した、半魚人魔の群れだった。


 なんだコイツら!

 さっき追い払ったのに、まだいやがったのか!?


「ギュブブブブ…………ッ!!」


 群れの中でも一回り体が大きい半魚人魔が、魚類特有のギョロついた眼球で俺たちを舐め回すように視認。

 手には粗末なもりのような武器を携え、槍のごとく突きつけている。

 他の雑兵たる半魚人魔も似通った武器を突きつけてきた。

 年月が経って錆びた漁師の落とし物か、半魚人魔が自作したものかは知らないが、どちらにせよ粗末な代物だ。


「ぷくぷく……!」


 だが、生憎お前らに構っている暇はない。

 俺一人だけなら遊んでやっても良かったが、今は一刻を争う事態なのだ。

 この少女の息は、もう一分もたない。


 だからよォ…………全員退けやァァッ!!


「ぷっくぅ!!」


 称号――〈暴君〉を再発動。

 俺を中心として凄まじいプレッシャーが海中をうねり、周囲の全ての半魚人魔の生存本能を揺さぶった。

 これで今度こそ蜘蛛の子を散らすように逃げていくはず――――


「ギュバババァァアアアアアア!!」


 リーダーらしき半魚人魔が尾ヒレを動かして接近し、自慢の獲物《銛》を一番槍のごとく突き突けてきた。


 な、なんだと!?


「ぷくっ!?」


 俺は咄嗟に体内にパンパンに留めていた空気を吐き出し、空気のブレスを半魚人魔にぶつける。

 大量の空気の渦に押し返された半魚人魔は、絡み付く気泡を振り払うようにかぶりを振る。

 が、大したダメージは入っていないのか、鳩のように首を左右に傾げながら俺たちに銛の切っ先を向けた。


「ぷく……っ!」


 クソッ、なんなんだコイツら!?

〈暴君〉を発動したっていうのに、全然怯まなくなってやがる!

 さっきは一目散に逃げていったっていうのに、この短時間でどんな心境の変化がありやがったんだ!?


半魚人魔はんぎょじんまが有している〈集団行動〉のスキルが影響している可能性があります》


 アドバイザーが思考に割り込む。


〈集団行動〉だと?

 それはどういうスキルなんだ?


《〈集団行動〉は、エクストラスキル〈統率〉とセットで用いられるスキルです。〈統率〉によって与えられた命令を第一に行動し、自らの命を犠牲にしてでも遂行しよう動くのが〈集団行動〉のスキル効果です。"個"としての自我を消失させ、集団《群れ》全体が一つの"個"として動き続ける軍隊のような性質と考えれば理解しやすいでしょう》


 働きアリや働き蜂が自らが死ぬとしても巣のために体を張るようなものか。

 群れのため、命令のためなら、自らが殉じることも厭わない、と?


《恐らく群れのおさである半魚人魔はんぎょじんまの個体が存在するはずです。その個体が〈統率〉のエクストラスキルを有し、人間たちを襲うような何らかの命令を下した可能性があります》


 なんつー面倒な!

 ということは、事実上こいつらには俺の〈暴君〉の称号が無効化されるってことかよ!?


《エクストラスキル〈統率〉を行使している個体を無力化しない限りは、そのような認識の元で行動した方が無難でしょう》


 内心で盛大な舌打ちをする。

 ヤバい……ヤバいぞ。

 俺だけが助かるだけなら造作もないだろうが、それは俺の上に乗る少女を見殺しにする選択だ。


「ぷく……っ!」


 毒属性スキルでもぶちかましたら一掃できるのは間違いないんだが、そうなるとこの少女まで巻き添えを食らってしまう。

 毒属性スキルは敵を倒した後も毒がその海中に漂うからだ。

 回りに敵しかいない状況であれば被害を考慮することがないから楽なんだが、守るべき対象が一緒になっているとそうもいかない。


 かといって水属性スキルで一体一体潰していっても時間がかかる。

 噛みつき攻撃に関しても同様だ。

 そもそも広範囲に影響を及ぼすスキルや俺が激しく動き回る類いの攻撃はやはり少女がいるので使えない。


「ギュァアアアアアア!!」

「ぷくっ!?」


 背後から一体の半魚人魔が銛を構えて突進。

 寸前でその攻撃は避けたものの、咄嗟の行動であったため少女が俺の体でバウンドし、海中に浮遊した。

 その拍子に、ごぼぼぼ、と彼女の口から空気が漏れる。

 表情には苦痛が色濃く滲み出ていた。

 いよいよ本当に酸素が足りなくなっている!


 早くコイツらをどうにかしないといけないんだが、今の俺の体は大量の空気が詰め込まれているせいでパンパンに膨れ上がっている。

 敵からしたらこれほど狙いやすい標的もないだろう。


「ぷく……ぷくぅぅうううう!!」


 もうこうなったら四の五の言ってられねぇ!

 海面まではあと数メートル。

 ちょっと泳げばすぐに浮上できるくらいの距離だ。

 俺は深海からここまで二十キロ以上の旅路を一匹ひとりで乗り越えてきたんだぞ!

 少女を数メートル浮上させるくらい、造作もねぇさ!


 俺は体をさらに膨らませ、全身のヒレに最大限力を込める。

 そしてエンジン全開で、真上に推進した。


「ギュププァァアアアアアアア!」

「ギュブブブァァァァ!!」

「ギュアプアアアア!!」


 瞬間、上に陣取っていた数体の半魚人魔が、少女に向けて銛を突き立てる。


 ――させるかぁぁああああ!!


「ぷっぷくーー!!」


 種族スキル〈旋風力せんぷうりき〉の効果により、風属性スキル〈風刃〉を発動!

 風の刃を出現させて飛ばし、襲い来る半魚人魔を一刀両断した。

 海中に汚ならしい体液が撒き散らされ、半魚人魔は絶命。


 俺は倒した半魚人魔など目もくれず、少女を押し上げることだけに集中する。

 天上には、キラキラと太陽光を乱反射させる水面が近付いてきた。

 ようやくあと少しで海面に手が届く、と希望を手繰り寄せた――瞬間。


 ドシュ――――!


「…………ぷ、く……っ?」


 体内に感じる強烈な異物感。

 直後に迫り上がる沸騰するような激痛。

 視線だけを真下に落とした。

 ややあって。

 俺の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを理解する。


「………………ぷぐっ……」


 白いお腹と黒い斑模様の背中、そしてフグ特有の小さな口から――同時に赤い血が噴き出した。




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