第15話 運命
――不意に出現した、青色のアイコン。
そして唐突にもたらされた、アトバイザーの耳を疑う回答。
《非常に高い確率でそのアイコンの先には――――この世界の『人間』が存在していると推測します》
な、なな、なんだってーー!!?
に、人間!?
今、人間って言ったのか!?
《はい。亜人の可能性もありますが、この世界の人間と亜人の人口比からして人間を表していると推測する方が妥当です。人間の人口に対して亜人は少数ですので》
そ、そうなのか。
まあ人間でも亜人でもどっちでもいい!
この世界で人間らしい生物と出会ってないから、前世で人間をやっていた者として気になるのは自然だろう!
あ、半魚人魔はノーカンな?
アイツらは人間じゃなくてクリーチャーだから。
「ぷくぷく!」
俺は青色のアイコンを追いかけてみることにする。
が、何やらアイコンの方からこちらに近付いてきているようだった。
ここは海だ。
ということは、もしかして船でも乗ってるのか?
ちゃぷん、と海面から顔を出してみる。
が、目の前に映るのは広大な海と一心不乱に逃げ回るクラーケンの姿だけ。
クラーケンのデカイ図体が視界の一部を塞いでおり、さらに激しい水飛沫が邪魔で全く見えない。
「ぷくぅ!」
よく見ると人間と思わしき青色のアイコンがあるのはクラーケンが逃げた方角だ。
というか、今のまま行くと人間とクラーケンが綺麗に鉢合わせるような構図になる。
油断はできないが、やはりこの世界の現地人の見目姿は一度拝んでおきたい!
ってな訳で、俺もすぐに青色アイコンの元へ向かう。
「ぷくぷく~!」
青空の下、青い海を泳ぐ。
深海から海面まで二十キロ以上の距離を進んだことで泳力もかなり鍛えられたからな!
〈探索〉のスキルで認識している俺自身と人間と思しきアイコンとの距離は、およそ数百メートルってところか。
俺は高速遊泳のスキルを駆使し、クラーケンを追いかけるように人間の元へ直行。
しかし、一つ失念していた。
「ギッ!? ギュァアアアアアアア!!」
目の前を泳ぐクラーケンが背後を振り返り、恐怖に戦くように震えた。
あっ、そうか。
クラーケンからしたら、せっかく逃げたのに恐怖の対象が追いかけてきたと思っているんだろう。
先ほどよりも必死に十の手足を動かしながら逃げ出している。
「ぷくぅ」
違うんだけどなぁ。
もはやクラーケンに大した興味はないんだが、たまたま進路が一緒だから俺が追跡してるような構図になっているだけだ。
例えるなら、夜道で目の前を歩く女性と同じ進行方向を歩いていると女性の方がビクビクしてこちらを窺いつつ足早に去っていくような。
まあ、〈暴君〉をオフにすればいいんだが、そうすると今度はこっちに向かってきそうで油断ならない。
できればこの状態のまま、クラーケンが別方向に逃げていってくれるのが理想なんだが。
あ、そうだ。
一応〈思念伝達〉でも飛ばして話しかけてみるか?
――おーい、聞こえるか目の前のイカ君! 俺はキミには興味ないから、できれば別の方角に逃げてってくれないかなー?
「――ギュピィイイイイイイ!?」
〈思念伝達〉で話しかけると、クラーケンは一層あわてふためきながらバシャバシャと水飛沫を撒き散らす。
なんかさらに発狂してね?
《〈思念伝達〉は使用者の発言がそのまま相手の脳内に流れ込みます。そのため、〈思念伝達〉の受信者が理解可能な言語で送らなければ、意思の疎通ができません。相手によっては精神干渉系のスキル攻撃を受けていると誤解される可能性があります》
チッ、そういうことか。
〈思念伝達〉はあくまでも自分の言葉を相手の脳内に流し込むことができるだけのスキルってことね。
じゃあなんだ。
俺がクラーケン語を喋らなければならないってことかい。
無理じゃねぇか!
心中で悪態混じりのツッコミを入れたところで、一つの疑問が湧いた。
「ぷく?」
ん?
でもリヴァイアサンが俺に〈思念伝達〉を送ってきた時は普通に日本語だったぞ?
あれはどういうことなんだ。
もしや異世界のリヴァイアサンの母国語は日本語なのか?
《リヴァイアサンはエクストラスキルである〈言語翻訳〉を同時使用していたものと推測します。〈言語翻訳〉を用いれば、対象が解する言語に自動的に翻訳され、相手の言葉も日本語に変換されて解することが可能です》
そんな便利スキルがあったのか。
異世界転生系の作品だと現地人と日本語でコミュニケーションが取れるのは当たり前みたいな感じになってるが、この世界だと別でスキルを取得しないとダメってことね。
〈言語翻訳〉か。
今のところは特に必要はなさそうなスキルだが、もし人間と交流を図るなら必要になるだろう。
でもエクストラスキルだからまたスキルポイント高っけぇんだろうなぁ……。
あんまりスキルポイントを無駄遣いしてると肝心な時に死ぬ可能性があるから迂闊には手を出せない。
〈言語翻訳〉は一旦保留だ。
クラーケンを追いかけるように海を泳ぎながら、〈探索〉を確認。
俺と人間のアイコンはどんどん近付いている。
そして両者に挟まれる形で移動する赤いアイコン――クラーケンを表す――があった。
この速度だと、あと数十秒もしない内にクラーケンは俺と人間に挟み撃ちを食らうことになる。
でも待てよ?
普通、あんなクラーケンが出てきたら人間もビビるよな?
そして戦う力を持っているのだとしたら、絶対にクラーケンを撃退しようとするはずだ。
そうすると、あのクラーケンはこの世界の人間がどれくらい強いのかテストする丁度良い試金石として使えるかもしれない。
まああの人間が漁師のような一般人の可能性もあるが、非戦闘民が一方的に襲われているようだったらまたその時に考えよう。
さあ、そろそろだ。
海面から顔を出してみると、相変わらず目の前のクラーケンは邪魔なものの、その体の隙間からチラチラと船のようなものが見えた。
その下には黄色い……ボート? 的な物体も浮かんでいる。
なんだあれ。
異世界のバナナボートか?
黄色い浮遊物はいまいちはっきりと確認できないものの、船の造形に変わった様子はなかった。
そして、今のところ人間側からクラーケンに対する攻撃は見られない。
「ぷくぷく~」
そろそろクラーケンと人間側が接触する。
クラーケンは何やら魔法のようなものを発動しようとしていた。
人間からの攻撃は……ありそうにない。
やっぱりあの船に乗ってるのはただの一般人だったか?
少なくとも遠距離攻撃の手段は持っていないと判断して良いか。
もしかしたら戦士のような近接系の冒険者みたいなヤツはいるかもしれないから本当はもう少し様子を見たいが、あまりクラーケンを遊ばせ過ぎると死傷者が出る可能性がある。
……頃合いだな。
「ぷっくぷく!」
俺は海面から顔を出していたのを止め、少しだけ潜水した。
同時に〈暴君〉を一時的にオフ。
そして海面を必死に泳ぎ回るクラーケンの真下の海中をヒレをはためかせて泳ぎ、追い越したタイミングで再度〈暴君〉を発動した。
「ギュァアアアアアアア!?」
クラーケンが叫び声をあげる。
アイツは人間を襲いたいわけじゃなく俺から逃げたいだけだから、俺がクラーケンを追い越して人間側の方向に行き、その状態で〈暴君〉によって怯ませれば別の方角へと勝手に逃げていくだろう。
俺の予測通り、クラーケンは進路を急変更し、カーブを描くように逃げ去っていく。
が、アイツは進路を変更する直前に水属性の魔法らしき攻撃を船に食らわせやがった。
お、おいマジか!?
船は大丈夫なのか!?
確認したが、どうやら船は破壊されていない様子。
何らかの方法で防御したのだろうか?
いずれにせよ、クラーケンと船は直接接触はせずに済んだ。
〈探索〉では俺と人間のアイコンが被さっている。
大きな船の底が見えてきた。
どうにか被害は出さずにクラーケンを追い返せたようだ。
「ぷく?」
一呼吸ついた直後、海中に別の影が無数に現れる。
「ギュブァア!?」
「ギュバババ!」
「ギュアアァァアアア!!」
視界に映ったのは、さっき遭遇した半魚人の群れだった。
人間がいるこの辺りを蚊柱のように無秩序に泳ぎ回っている。
なんか殺気立っている雰囲気だった。
あ、なんだ?
また半魚人魔か?
「ぷくっ」
〈暴君〉は発動しているはずだが、こいつら殺気立ってて気付かなかったのか?
まあいいや。
もう一回威圧して追い払おう。
それでも逃げ出さなければ何匹か討伐したら分かるだろう。
そう考えて半魚人魔の群れを〈暴君〉で追い払っていた、その瞬間。
――――ドボォォオオオオン!!
上から何かが落ちてきた。
激しい水しぶきと気泡が慌ただしく海中を揺らす。
今度は何の海魔かと思ってそちらを見てみると、俺の目に映ったのは――
「ぐぶっ……ごぼぼぼ……っ!!」
――一人の少女だった。