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フグに転生したら勇者少女に飼われた件  作者: 空戯ケイ
第1章  フグの成り上がり
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D-2  【失格勇者】は命に代えても

ちょいと長め


 ――エレナは【失格勇者】である。


『勇者』という特別な称号を神から与えられながら、"魔"を払う力を持ち得ず、有する力は回復魔法と付与魔法のみ。

 これらの魔法が不必要なわけではないが、ただの回復と付与であれば神殿の聖職者や聖女、それから国王お抱えの聖騎士団、果てには素人の回復術士や付与術士でも再現可能なものだ。


 対して他の勇者はと言えば、邪悪なる魔を絶ち斬る神剣の一振り、巨竜を打ち倒す凄絶なる灼熱の戦略魔法、大地を割り周囲を灰塵に帰す破壊の体現者……などなど。

 その圧倒的かつ英雄的な武勇は枚挙に暇がなく、今も各地の魔境で並々ならぬ功績を打ち出し続けていると聞く。


「……だけど、私だって勇者なんだ。たとえ弱くて力になれなくたって、困っている人は見捨てない! 絶対に助け出すんだから!」


 魔力で駆動する魔法船の船首。

 『滅びの呪海』から吹く不気味な潮風に髪を揺らしながら、エレナは決意を胸に宿す。

 彼女が成し遂げなければならないのは、行方不明となった子供の救出。

 一人で魔法ボートに乗り込み、海魔かいまが蔓延る『滅びの呪海』に向かってしまった可能性があるらしい。

 三大魔境の一角に据えられているこの『滅びの呪海』に子供が一人で放置されれば、どのような未来が待っているか容易に想像がつく。


「そろそろ漁村から八百メートルほど離れる。息子が乗ってる魔法ボートはそこまで魔力容量が多くないから、普通ならこの辺りで発見できるはずなんだが……!」


 魔法船の操縦席――エレナの後方から、焦りと不安を滲ませた男が告げる。

 この男が、行方不明となった子供の父親だ。

 エレナが滞在する漁村の村民であり、船乗りでもある。

 魔力を燃料として動く魔法船の扱いは手慣れたものだが、如何せんこの船体が旧式のものであるため最高品質の機能性があるとは言えない。

 特に海魔からの防御機能に関しては最低限のものしか搭載しておらず、船が襲われでもしたらひとたまりもない。


 同じく船に乗り込んでいたもう一人の人物、エレナの仲間である剣士ラスキアが荒っぽく剣を構えた。

 右目は黒い眼帯で覆われているため、空いた左目で海を眺める。


「ちらほらと海魔らしき影が見え隠れしてやがる。まだ漁村に近いからそこまで強力な海魔は少ないだろうが、全員油断するなよ!」

「ラスキア。念のために、付与魔法をかけておくね」


 エレナはラスキアに両手を向けた。


「付与魔法――パワーブースト」

「おおっ! 力が漲ってきやがる! 助かるぜ、エレナ!」


 ラスキアの体が一瞬赤く光った。

 パワーブーストは、筋力と攻撃力を増強させる付与魔法。

 ラスキアはあまり魔法を使って戦うタイプではないので、物理的な攻撃力を高めるのに特化した付与魔法で援助するのが定番のコンビネーション技となっていた。


「くっ……この辺りにはいないのか? もしかして、もっと奥の海域まで迷いこんだんじゃ……!」


 食い入るように操縦室から周囲の海を凝視する男に、ラスキアが諌めるような口調で告げる。


「つーかよ、レーダーみたいなので捜索できねぇのか? この魔法船同士で識別できる信号とか調べられたら一発だろ」

「い、一応、魔力レーダーはあるんだが、この『滅びの呪海』内じゃロクに使い物にならない。付近に棲息してる海魔が持つ魔力に引っ張られてレーダーが狂うからな。魔法船特有の信号は出せるんだが、魔法ボートにその機能はない。そもそも、あの魔法ボートは補助的に近場の海に出る時に……それこそ百メートル以内の海域で使用する想定のモンだ。こんなに遠くまで航行することを前提に造られてないから、信号の送受信はできないんだよ」

「百メートルそこそこなら目視で確認できるからってか。にしても、万が一の保険としてそれくらいの機能付けとけっての」

「最新式の魔法船や魔法ボートならその辺りもしっかりしてるんだろうが……」

「チッ、これだから使い古した旧式はよぉ」


 最新式の魔法船は金がかかる。

 この漁村は決して裕福とは言えない暮らしを強いられているので、とてもではないがそのような高価な船を買うことはできないのだろう。

 使っているのは、親や祖父の代から受け継いだ数十年前の旧式の魔法船ばかりだ。

 まだ辛うじて動きはするものの、やはり所々ガタは来ている。


「今さらこの船に文句を言ったってしょうがないよ。とにかく今は一刻も早く子供を見つけることだけ考えないと…………ん?」


 エレナの瞳が微かな違和感を捉えた。

 目を凝らして遠くの海を眺めると、果てしなく広がる海洋の上にポツンと黄色い固形物が浮かんでいる。

 眼球のピントを絞ると徐々にその黄色い何かの輪郭が鮮明になってきて――――やがて、ボートの形をしていることを理解した。


「――見つけたっ!」

「な、なにっ!?」

「本当かエレナ!」

「うん! 急いであそこに向かって!」


 エレナはボートを視認した方角を指差し、男に指示を飛ばす。

 男は瞬時に意図を汲み取り、左に船を傾けて進路を変更。

 急旋回する船体にエレナは足を取られそうになるが、傍にいたラスキアが体を掴んで転倒を防いでくれた。


「あ、ありがとうラスキア」

「お安い御用だ」


 ラスキアはさすがと言うべきか、全く軸がぶれていない。

 全身に纏う筋肉の鎧だけでなく、体幹も十分に鍛えられている。


 船のエンジンが雄叫びを響かせた。

 魔力をフルスロットルで燃やし、最高速度で漂流する小型のボートへと急接近していく。

 どんどん目当ての場所に近付くにつれ、エレナ以外の者もボートの存在に気付いた。


「うわぁぁああああん! だれ、かぁ……ひぐっ、助けぇ……ぐすっ……助けてぇぇぇ……!!」


 そのボートの中には少年が一人乗っており、泣きじゃくりながら助けを求めていた。


「アレス! 今行くぞ!!」


 息子の姿を見た男が声を張り上げる。

 その気迫に押されるように、魔法船も唸りを上げた。


「よかった……無事そうだね」

「ああ。だが、油断はできねぇぞ」


 ラスキアが鋭い眼光で海を見渡す。

 エレナも海面を覗いてみると、不気味な影が不規則に現れては消えていた。

 大きな魚だろうか。

 しかし、この"海の魔境"たる『滅びの呪海』に棲息する魚類など、ただの魚であるはずがない。


 ――海魔だ。


 エレナが警戒して身構えた瞬間、隣のラスキアは息を呑んだ。


「海魔が来るぞッ!」


 その叫びと同時、海面から、ザバァアアアン! と水飛沫があがる。

 飛び散る海水の中から、水垢が張り付いたような濁った鱗を持つ生物が飛びかかってきた。


 硬質な鱗に、ギョロリと動く大きな眼球、そして鼻をつく生臭さ。

 魚類の性質を至るところに併せ持つその生物は、しかして人のような造形をしていた。

 飛び上がり、上から襲いかかるその海魔の全貌を目撃して、ラスキアが叫ぶ。


「こいつは……半魚人魔はんぎょじんまだッ!」

「――ギュブブブブブブブブゥゥウウウ!!」


 半魚人魔は、人間と魚を融合させたような不気味な海魔だ。

『滅びの呪海』の表層付近に棲息しており、短時間であれば陸上での活動も可能なため時折ときおり人が住まう港町に侵攻を行った前例もある。


 半魚人魔は、手にしていたもりのような粗末な武器をラスキアに突きつける。


「ラ、ラスキアっ!」

「心配ない! こんなキモ魚野郎ごとき……おっらぁああああああ!!」

「ギュババァァァアアアアアア!!」


 ラスキアは上空から突き刺そうとしてきた銛を剣で弾き、そのまま半魚人魔を斬り伏せた。

 どちゃ! と船の上で絶命した半魚人魔の死体が転がる。

 袈裟斬りにされた傷口からはおどろおどろしい血溜まりが広がっていた。


「くっ、やはりこの海域まで来ると海魔がいやがるな! にしてもやけに血走った目をしてた気がするが……」

「でも、すぐに倒せて良かったよ」

「半魚人魔は群れで行動する! 他の仲間に見つかる前にさっさと撤収するぞ!」


 ほっと胸を撫で下ろしていたエレナは、海面に蠢く無数の影を見て再び気を引き締める。

 この魚影は、恐らく全て半魚人魔のものだろう。

 海中からは大きな魔法船の船底がデカデカと見えているだろうし、飛ばし過ぎたせいで煩いエンジン音も広範囲に広がっているはず。

 特に『音』や『振動』に敏感な海魔がうようよとやって来るのも時間の問題だ。


「ギュゥウウウババアアアアアアア!」

「ギュパパァァァアアアアアア!!」

「ゲブュパァアアアアアアア!!」


 海面からいくつもの水飛沫が上がった。

 ラスキアの懸念通り、仲間の半魚人魔が襲いかかってくる。


「チッ! 次から次へと面倒くせぇな! まとめてくたばりやがれ! 剣技――サークルブレイド!!」


 ラスキアが剣を上向きに回転させた瞬間、海面から飛び上がっていた三体の半魚人魔の動きが空中で一瞬停止し、直後血を噴き出しながら海に還っていった。

 ドボボォン! と半魚人魔が海に落下する着水音が四方から木霊する。


「さすがラスキア……すごい剣技だね」


 だけど、この船の周囲を泳ぐ影はまだ無数にあった。

 半魚人魔の攻撃がこれで終わるとは思えない。

 ラスキアもそれは重々承知のようで。


「エレナ、アタシはこいつらの対応で手が離せそうにない! あっちの子供は頼んでいいか!?」

「うん! 私に任せて!」


 エレナとラスキアは互いに視線を交わし、こくりと頷いた。

 瞬間、ラスキアは操縦室の天井部に陣取り、大股を開いて咆哮を轟かせる。


「おらァ! かかってこいや出来損ないの魚人間どもが! お前ら全員、アタシの剣の錆にしてやんよ!」


 堂々と大見得を切ったラスキアに応えるように、船の周囲から半魚人魔が襲い来る。

 が、それらは瞬時にラスキアの剣によって屠られていった。


 ただでさえ強い剣士であるラスキアだが、今はエレナの付与魔法で力が増強されている。

 通常以上の能力に進化したラスキアに、雑魚の突撃兵でしかない半魚人魔は敵ではなかった。


「アレス……! ゆ、勇者様! どうか早くアレスを!」

「分かってます! 今行きます!」


 魔法船は、少年が乗り込む小型ボートの真横まで到達していた。

 エレナは船首のへりを両手で掴み、身を乗り出す。

 真下に、ボートの中でうずくまる少年――アレスの姿が見えた。


「アレス君! 私たちが来たから、もう大丈夫だよー!」

「うぇ、ぐすっ……あ……勇者の、お姉ちゃん……?」


 アレスは泣きながらエレナを見上げた。

 パッと見だが、大きな怪我などはしていなさそうだ。

 ラスキアが半魚人魔の注意を引き付けてくれている間に、素早くアレスを救出しなければならない。


 だが、まだ幼い少年であるアレスが自力でボートからこの魔法船に乗り移るのは困難だろう。

 目算でも二メートルは高低差があるため、まずは海面に漂うボートからこの魔法船の上までアレスを引き上げなければならない。


「アレス君! 今助けるからちょっと待っててね!」

「ぐすっ、う、うん……」


 エレナは魔法船に備え付けられていた縄はしごを回収し、すぐにアレスが待つボートの真上に戻る。

 魔法船のへりの部分に縄はしごのフックを引っ掛けて固定し、そのまま真下に落とした。

 アレスの前にバララララと縄はしごが垂らされる。


「アレス君! そのはしご登ってこれる!?」

「えっ、う、うん……」


 アレスは自信なさげに声を漏らした。

 涙は止まったようだが、不安な表情が見て取れる。


「さすがにあの年じゃまだ怖いよね……! アレス君、私が今からそっちに行くから、少し離れてて!」


 エレナは船首のへりから一歩後退し、魔力を漲らせた。


「付与魔法――パワーブースト! ディフェンスブースト!」


 エレナお得意の付与魔法を、自らにかける。

 元々の基礎能力値はさほど高くないエレナでも、付与魔法で能力を底上げすれば多少はマシになった。


「とうっ!」


 エレナはそのまま船首から飛び下りた。

 そしてアレスが待つボートの上に、ダンッ! と着地する。

 アレスはエレナの着地場所を確保するためにボートの端っこに寄ってくれていた。

 小柄とはいえ一人の少女が上から落ちてきた衝撃でボートがぐわんぐわんと揺れるが、二人して何とか海に投げ出されないよう耐える。


「よ、よし、何とかボートまで降りることができた。アレス君、もう心配ないからね!」

「ゆ、勇者のお姉ちゃああん!」


 アレスは安心したのかエレナに抱き付いてきた。

 嗚咽を溢しながら少し体温が冷たくなった少年の体を、エレナは慈愛に満ちた瞳で慰める。


「アレス君、今ここはとっても危険な状態なの。さっきから海魔が飛び交ってるのが見えるでしょ」


 アレスは無言でこくりと頷いた。

 今もラスキアが大声で吠えながら半魚人魔の注意を引き付け、剣で斬り伏せている。


「だから早く魔法船に乗り移って、すぐに漁村まで帰ろうね!」

「う、うん。でも……」


 アレスは縄はしごを見た。

 不安げに揺れる瞳にエレナは安心させるように微笑みで返す。


「大丈夫。私はあんまり戦う力はないけど、他の人のサポートなら得意なんだ。だから……パワーブースト!」


 エレナはアレスに付与魔法をかけた。

 筋力や体力が増強されるものだ。


「わわ、す、すごい! 体から力が溢れてくる!」

「これなら頑張れそうかな?」

「うん! やってみる!」


 付与魔法のおかげで自信がついたアレスは意を決して縄はしごを登り始めた。

 その後ろにエレナも続く。

 アレスはたどたどしい動きながらも一歩ずつ着実にはしごに足をかけていき、魔法船へと向かっていく。


(よし、このままいけばアレス君を救出できる!)


 その瞬間、海面が大きく波打った。


「エレナ! 新手の海魔が近付いてる! 凄まじい威圧感プレッシャーだ!!」

「――えっ!」


 魔石船の船首の先の海面が、ゴゴゴゴ……と不自然に水飛沫が上がっている。 

 空気と混ざり白く泡立った海水の表面から、三角帽子のような形のくすんだ色の頭部と、吸盤がついた幾本かの触手がバタつきながら姿を現す。


「ギュアアアアアアアアア!!」


 エレナが目視したのは、巨大なイカの海魔だった。


「ク、クラーケン……!!」


 目を見開いて僅かに硬直した後、すぐに我に返って真上ではしごを登るアレスに叫んだ。


「アレス君、急いで! クラーケンが狙ってきてる!」

「わ、分かってるよぉ!」


 急かされたアレスは登るスピードを速めた。

 エレナもはしごを登りつつ、海を注視する。


「ギュギュ……ギュアッ!?」


 数本の白い腕を伸ばして威嚇していたクラーケンが、突如体をビクつかせた。

 どこか恐怖を感じたような、怯えた雰囲気をまとわせている。

 エレナはクラーケンの様子の変化に違和感を覚えたが、それに意識が向かう前にクラーケンが行動を起こした。


「ギュウウアアアアアアア!!」


 クラーケンが血相を変えてこちらに直進してくる。

 このまま魔法船に激突してくるような勢いだ。


「や、やった。登りきれた! 僕、登りきれたよ勇者のお姉ちゃん!」


 アレスは魔法船の上から声をあげた。

 無事に船まではしごを登りきったようだ。

 エレナも即座にはしごに足をかける。


「良かった……! それじゃ、私もすぐにはしごを登って――――」


 刹那、クラーケンの周囲に青色の魔法陣が出現した。


「あれは魔法!?」


 気付いた時にはすでに遅かった。

 魔法陣からハイドロポンプのような水の激流が放出され、魔法船の船首に直撃。

 多少の防御魔法が張られているので大破は防げたものの、ぐらりと船体が大きく傾いた。


 それが、決定的な一撃となった。

 魔法船のへりに引っ掛けていた縄はしごのフックが、衝撃の弾みで外れてしまったのだ。


 ひゅ、と呼吸が漏れる。

 まだ縄はしごの途中にあったエレナの体は、唐突に浮遊感に襲われた。


(これ、まずい……落ち――――!!)


 ――――ドボォォオオオオオン!!


 派手に撒き散らされた水飛沫がアレスの顔に飛散する。

 びちゃびちゃ、と海水を浴びたアレスは眼前の事態を否定するように喉を絞り上げた。


「ゆ、勇者のお姉ちゃああああああああああああああん!!」


 アレスの悲痛な叫びは、深い海に沈んでいくエレナの耳には届かなかった。




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