第10話 やだ、中層の海魔、弱すぎ……!?
リヴァイアサンから必死に逃走してしばらく。
俺は風属性スキルで発生させた空気を体内に取り込んで、ぷくぅ~、と丸々膨らみながら海中を上っていた。
「ぷくぷく~……」
やれやれ、今回はヒドイ目に会ったぜ。
興味本位で海底遺跡なんかに近付いたのが間違いだった。
まさか空間転移のようなスキルでいきなりドラゴンが現れるとは。
あんなの誰も予想できないよな?
〈探索〉で周囲を探っていても意味がない。
アドバイザーが教えてくれたからほんの一瞬事前に把握することができたが、それでも対応策を練り、行動に移すまでの時間はなかった。
リヴァイアサンが見逃してくれたから拾った命に過ぎない。
今後はこの辺りも考えないとなー……。
《――お知らせします。ただ今、『死海』エリアを抜けました。現在の水深は一〇〇〇〇メートル――中層『恐怖なる海牢』エリアに突入しました》
おっ、エリアが変わったか!
"主"と呼ばれるリヴァイアサンが現れた『死海』エリアは最大限の警戒体制を敷きながら突き抜けてきた甲斐があった。
そして、現在の水深は一〇〇〇〇メートルか。
依然として海面からはほど遠い距離だが、最初俺が目覚めた『ニルの深淵』エリアが水深二〇〇〇〇メートルだったことを考えると、折り返し地点までやって来たことになる。
心なしか、辺りの雰囲気も柔らかくなった気がするな。
まあ相変わらず〈暗視〉スキルを常時発動させた状態でも薄暗い空間で景色の代わり映えはないんだが、化け物みたいな上位存在が魍魎跋扈していた深層とはプレッシャーが違う。
あそこは常にどこから脅威が現れるか分からない、超絶ハードサバイバルモードだったからな……!
つーか、やっぱりこの海って水深が浅くなればなるほど海魔って弱くなるのか?
《はい。おおむね水深の深さと海魔の脅威レベルは比例関係にあると言えるでしょう。ただ、稀に浅い水深にも強力な海魔が現れることはあります。しかし、その逆はありません》
つまり水深が深い場所に雑魚の海魔が迷い込むことはあり得ないってことですね。
まあ、そりゃそうだろうな。
たしか超深層が『ニルの深淵』エリアだったか?
そこにたどり着く前にまずは深層の『死海』エリアを五〇〇〇メートルくらい潜らなきゃならんし、まず雑魚が入り込める余地はない。
となるといきなり最深部の『ニルの深淵』エリアからスタートだった俺ってめちゃくちゃイレギュラーだったんだな……。
絶っっっ対にレベル一の初心者がプレイしていい環境じゃなかったからな!
しかも体はフグだし!!
「……ぷくっ?」
転生場所に対して文句を垂れていると、何やらキラキラとした煌めきが体を掠めた。
周囲に意識を戻すと、何やらキラキラとした霧のようなものが漂っていた。
何だこれ??
――――――――――――――――――――
名前:魔力プランクトン
レベル:1
HP:1/1
MP:100/100
物理攻撃力:1
物理防御力:1
魔法攻撃力:1
魔法防御力:1
敏捷性:1
器用さ:1
スタミナ:1
スキル:繁殖Lv.10
――――――――――――――――――――
お、鑑定スキルが発動した。
へぇ、こいつらは『魔力プランクトン』っていうのか。
異世界の海にもプランクトンとかいるんだなぁ――……じゃなくて!!
鑑定スキル発動してんじゃん!?
いや、鑑定スキル自体は最初から発動はしてたんだが、ずっと無効化されてロクに使い物にならなかったからな。
何気にちゃんとしたステータス文を見るのはこれが初めてである!
すげぇ!!
《『ニルの深淵』エリア、『死海』エリアに生息する海魔は極めて強力であるため鑑定耐性を有している個体が多いですが、中層である『恐怖なる海牢』エリアのレベル帯は五〇~二〇〇ほどです。マスターの現在のレベルは『恐怖なる海牢』エリアの海魔の中でも上位に位置しますので、これまでよりもスキルの効果が通りやすくなるでしょう》
そういうことか!
それじゃあシーラカンスやリヴァイアサンみたいな怪物じみた海魔はもういないってことだな!?
《絶対ではありませんが、遭遇する確率は少ないです。また補足ですが、"魔力プランクトン"は一定数捕食することでMP値が上昇します。発見した場合は、積極的に捕食を行うことを推奨します》
なに、そうなのか?
それじゃあ試してみようかね。
「ぷっくぅ~!」
俺は精一杯大きな口を開けて魔力プランクトンを捕食した。
キラキラとした光の粒子が体内に取り込まれていく。
味は……うーん、よく分からんな。
魔力プランクトンを捕食すると同時に海水も吸い込んでるから、何の味もしない。
例えるなら、しらす一匹をグラスの水で流し込んでるような感じだ。
大量の水で流し込まれて素材の味を感じる暇がない。
どんぐらい捕食したら良いのか分からないから、とりあえず目につくキラキラを片っ端から吸い込んでいった方が良き?
《中層では現在のマスターでも十分に戦えるレベルの海魔が多いので、問題ないかと思います》
そうかそうか!
まあ別に俺は戦闘狂ではないので果敢に海魔に喧嘩を売っていこうなんてことは思っちゃいないが、最悪バトルになったとしても生存確率が高まっているのは嬉しいな。
"十分に戦えるレベル"ってことは、逃走に専念したら逃げ切れる可能性はもっと上がってるだろうし。
《ただ、》
ウキウキ気分で魔力プランクトンをパクパク食べていると、アドバイザーが一拍間を置いた。
どうかしたのか?
《"魔力プランクトン"は捕食するだけでMP値が上昇するため、捕食対象として非常に魅力的な海魔の一種です。それゆえ、"魔力プランクトン"が多数発生する場所は他の海魔も集まってくる傾向にあります》
え、マジすか?
じゃあここに留まってたら付近の海魔が寄ってくる可能性があるって――――〈探索〉が反応した。
こちらに向かって、真っ直ぐ接近してくる海魔の影が赤いアイコンとして脳内に流れ込んでくる。
ほどなくして、その海魔は堂々と姿を現した。
「ギギギィィ……シャァァアアアアアア……!!」
〈鑑定〉か発動する。
――――――――――――――――――――
名前:デッドリーシャーク
レベル:62
HP:3341/3341
MP:4766/5210
物理攻撃力:8154
物理防御力:6051
魔法攻撃力:4129
魔法防御力:4152
敏捷性:2994
器用さ:2138
スタミナ:6536
エクストラスキル:攻撃狂化
スキル:高速遊泳Lv.10、突撃Lv.10、破壊Lv.10、引き裂きLv.10、肉食Lv.10、削歯
――――――――――――――――――――
目の前に出現したのは、巨大なサメだった。
鋭い槍のように長く尖った鼻先が特徴的で、その奥には獲物をぐちゃぐちゃに引き裂くであろうギザギザの歯が無数に覗いていた。
フグである俺の体が小さいから余計に大きく見えてしまうが、恐らく人間と比べても結構大きい部類に入るだろう。
体長は五メートル以上はありそうだ。
凶悪な見た目からして肌で感じ取れる、圧倒的な捕食者としての風格。
フグに転生したばかりの頃の俺ならばビビって一目散に逃げていただろうが……不思議と心は落ち着いていた。
まあこれまでにもっと凶悪かつ強大かつ恐ろしい海魔に遭遇しっぱなしだったからな。
まだフグとして数時間しか生きていないが、すでに歴戦の猛者のごとく修羅場を潜り抜けてきた自信がある。
そのおかげか、今さらちょっと強そうな外見のサメ一匹と対峙したところで特に何とも思わない。
「ぷくぷくぅ~」
「ギシャァァアアアアアア!!」
デッドリーシャークが咆哮を上げながら突っ込んでくる。
威嚇のつもりかもしれないが、生憎リヴァイアサンさんのちょっとした唸り声の方がよほど恐ろしい。
ぶっちゃけこんなサメに凄まれたところで別に怖くない。
コンビニ前でオラつくヤンキーを遠目から眺めるおじさんのような気分だ。
《デッドリーシャークはマスターよりも格下の海魔であるため、戦闘になった場合でも脅威は少ないと推測します》
アドバイザーが心強い意見をくれた。
そうだな。
俺もこのサメ公に対して脅威は感じないし、腕試しがてらちょっと戦ってみるか。
〈鑑定〉で相手のステータスを確認しても、全体的に俺より弱いっぽいし。
「ぷくっ!」
俺は突っ込んでくるデッドリーシャークに向き直る。
魔力プランクトンに釣られてやって来たんだろうが、これは俺の獲物だ!
わざわざ乱入してきたサメに譲ってやるほど俺は優しくないぜ!
「ギシャァアアアアアアア!!」
刃物のように鋭利な鼻先を突きつけて向かってくるデッドリーシャーク。
まずはエクストラスキル〈水属性の大器〉を発動!
水属性スキルの使用と威力上昇を併せ持つこのスキルで小手調べといこうじゃないか!
俺は体内から空気を抜き、代わりに海水を多量に吸い込む。
でんっ、と丸く太った俺は、デッドリーシャークに向かって水属性スキルを発動。
口から、ドゴンッ! と水の砲弾を吐き出した。
さあ、どう対抗するデッドリーシャーク!?
「――ギジャァアアアアアアア!!」
俺が吐き出した水の砲弾はデッドリーシャークの顔面に直撃し、頭部を丸々破壊した。
「ギシャ……ギシジャァアアアア……!!」
そしてデッドリーシャークは沈黙。
靄のような血を大量に撒き散らしながら、力なく倒れ――動かなくなった。
…………え?
もしかして、一撃で死んだ……?
《――経験値を獲得しました。マスターのレベルが七七から七八に上昇しました》
俺の質問は、アドバイザーの無機質な定型文が回答してくれた。
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