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第1話  フグに転生した!?


「――――ったく、酷いことしやがる」


 早朝の堤防に着くなり、俺は辺りに散らばる生き物を見て眉をひそめた。

 その生き物は完全に動かなくなっている個体が多いが、中にはぱくぱくと口だけ動かしている個体もいる。

 不意にその中の一匹――――黒い模様が目立つ()()と目があった。


「フグだって一生懸命生きてるのにな。釣り人にとって邪魔だからって、ゴミみたいに放り投げて殺されていいはずがねぇよ」


 俺は持ってきたエアーポンプ付きの大きな釣りバケツを取り出して、予備のバケツを使って海水を汲み上げる。

 釣りバケツの方に海水を移し、エアーポンプを起動させるとぶくぶくと泡が出始めた。

 あとは手当たり次第に地上に投げ出されたフグを回収していく。

 こうして海水の中に戻してやるとフグは復活して元気に泳ぎ回るのだ。

 ただ、やっぱり大半は衰弱が酷かったり、すでに事切れているフグが多いのだが……それは仕方ない。


「何匹か死んじゃってるのもいるが、今日は結構生き残りが多いな。お前ら、苦しかっただろうけど、もう大丈夫だからなー」


 フグたちはぷくぷくと口回りを動かしながら釣りバケツの中を遊泳する。

 文字通り、水を得た魚のように元気にヒレを動かしていた。


「ははは、こうして見ると意外とフグって可愛いんだよな。まあ、釣り人にとったら厄介極まりない悪者なんだが」


 釣り人にとって、フグは邪魔な存在だ。

 仕掛けたエサに異様に食いつくし、噛みつく力も強いから釣り針が潰されることもある。

 しかもリリースしてもまたしつこく釣り針のエサに食い付いてくる旺盛な食欲も持ち合わせているから、キャッチ&リリースをしても意味がない。

 いたちごっこなのだ。

 だからフグがかかったら海に戻さず堤防に捨てるというのは、釣果を上げるためには当然だと割り切る釣り人も多い。

 あるいは不満のはけ口か。


「……でも、やっぱり俺は命を粗末にすることはできないな」


 釣り人は魚の命をいただく者だ。

 だからこそ、あらゆる命に対して真摯な気持ちで向き合いたいと思っている。

 食べるためや自衛のための殺生ならまだしも、ただ邪魔だったり遊び目的で命を無駄にする奴は俺のポリシーが許さない。

 遠くのブロックにちらほらと見える先客の釣り人たちに静かな憤りを覚えながらも、もはや俺の釣り前のルーティーンと化したフグの救助活動を手際よく進めていく。


「よし、ここら辺のフグはこれで救助できたかな」


 ここは知る人ぞ知る田舎の釣り場だ。

 新卒社会人から三年が経過した俺は地方の営業職に飛ばされ、日夜残業まみれの超ブラック労働をこなしている。

 そんな社畜道を突き進む俺の唯一の楽しみが、休日にこうして一人で釣りに没頭することだった。

 本当は魚とか飼ってみたいんだけど、残業続きで世話ができないからなぁ。


 はあ、とため息をこぼしながら、堤防の先まで向かう。

 いつも俺が釣りを行うスポットだ。

 この時間帯のこの場所は人が少なくて一人で釣りを楽しめる。


 俺はフグがたくさん入った釣りバケツを持ちながら移動する。

 このフグたちは、俺が釣りを終えて帰ると同時に海に戻してあげるつもりだ。

 エアーポンプなどの付属品が付いている上に海水とフグが入っているため結構重いが、もう慣れたものである。

 ざっ、ざっ、とコンクリートを踏みしめ、潮の香りに心惹かれながら目の前の広大な海に近づいていった。 


「ん? おいおいあんな所にまだフグがいるじゃないか」


 堤防の先っぽ、俺が釣りを行おうと思っていた場所で一匹のフグがピチピチと跳ねていた。

 幸い、まだ元気そうだ。 

 あれならバケツに入れてあげたらすぐに回復するだろう。


 堤防の先まで到達した俺はバケツを置き、硬い大地でもがくフグを優しく両手で掬った。

 すると、威嚇のためかぷくーっと風船のように体を膨らませる。

 真っ白いお腹がどんどんと大きくなった。


「ごめんごめん。すぐに海水に戻すから怒らないでくれ」


 ずんぐりむっくりな可愛らしいフォルムにチェンジしたフグを微笑ましく眺めながら、バケツに入れようとした、次の瞬間。


 ――――ザブァアアアアアアアアアアン!!


 突如高波が打ち上げ、背後から俺の足元を白く泡だった波が押し寄せていく。


 な、なんだ!? 

 さっきまでそんな荒波は立ってなかったのに!?


 さすがに激しい波が襲っている中で釣りをするのは危険だ!

 一旦避難しようと、フグたちが入った重い釣りバケツを持ち上げようとした。


 ――それが、俺の運の尽きだった。


 ガクン、と足を踏み外す感覚。

 ここは堤防の先っぽだ。

 一歩先は海。


 その状態で、俺の視界が上から下に百八十度回転する。


「うわぁあああああああああああああ!!!」


 空中で体が半回転し、仰向けの体勢で真っ逆さまに落ちていく。


 ――――ドボォォオオオオオオオオオン!!


 釣りバケツもろとも、激しい着水と共に俺は海に沈んでいく。

 薄暗い水中では、海面に鈍色の光が煌めいていた。


「がぶぁ! ごぼごぼごぼっ……!!」


 口から大量の気泡が弾ける。

 ヤバイ!

 急いで水面に上がらないと、息が……!!


 慌てて浮かび上がろうと上に手を伸ばすと、その先には大量のフグたちがいた。

 皆一様に、俺を見下ろしている。

 ああ、そうか。

 さっき俺と一緒にバケツで救助していたフグたちも海に落ちてしまったんだな。


 何匹ものフグたちは、何を考えているのか分からない丸い瞳で俺の周囲に群がってきた。

 すると何故か少しだけ苦しさが和らいでいく。

 困惑しつつも水面から顔を出そうともがくと、一匹のフグが俺のおでこにキスをした。


「ごぼっ! がッ、ごぼぼ……ッ!?」


 突如、謎の心地よさに包まれていく。

 必死に水面に上がろうともがく意思とは裏腹に、肺から空気は減り、体は徐々に海底へ沈んでいった。


 やばい、早く水中から出ないと……。

 でも、力が抜けて体が動かない……。


 俺は、ここで…………死ぬのか……?


「――――ぷくぷく」


 俺の周囲、頭上に無数のフグが身を寄せてくる。


 まるで死者を迎えに来た天使を彷彿とさせるフグたちに囲まれながら、俺は苦しさを感じる間もなく意識が薄れていった。




 ●  ○  ●




 ――――ごぼっ。


 かすかに気泡が立つ音を感じた。

 それをキッカケに、徐々に意識が覚醒していく。

 閉ざされた目蓋をゆっくりと開けると……辺り一面、薄暗い闇だった。


「……ぷくぷくっ!!?」


 な、なんだこれは!?

 俺、ちゃんと目開けてるよな!?


 しっかり目を開けている感覚はあるのに、辺りは濁った青色のような闇が広がっていた。

 左を見ても、右を見ても、同様の光景。

 まるで深海の奥深くに引きずり込まれたかのようだ。


 ちょっと待て。

 落ち着け、俺。

 まずはゆっくりと状況を思い出すんだ。

 俺が覚えている最後の記憶は……ハッ、そうだ!

 フグを助けようと思ったら荒波に襲われて、そのまま足を滑らせて海に落下したんだった!

 そこでフグに囲まれながら俺は水中で意識が遠退いていって……。


 ぶるる、と体が震える。


 そ、それならまさか、ここは死後の世界!?

 死後の世界は無があるだけだという説は耳にしたことがあるが、本当に何もないんだが!

 マジもんの『無』しかないんだが!!


「ぷく……ぷくっ!?」


 それに今気付いたが声を発することもできない。

 視界も濁った紺色に染まっているから役に立たないし……ていうか、視野広くね?

 なんか目が顔の真ん中についてるというか、顔の横についてそうな感覚なんだけど。

 馬や牛みたいな感じか?

 いや、でもかつて人間だった俺の顔面がそんな奇怪な変形を遂げているわけはないはず。

 まあ、いずれにせよ視界に何の変化もないからどっちでもいいんだが。


「ぷくぅ……」


 あと重要な器官といったら聴覚か?

 音は……よく分からんな。

 でも、何か空間の奥底からかすかな震動音のようなものは感じる……かもしれない。

 例えるなら無人の潜水艦の中に佇んでいるような、静寂ながら緊張感のある震音だ。


 ていうかさっき、ごぼっ、とかいう音が聞こえなかったか?

 なんかその音で目覚めたような気がするんだけど、気のせい?

 まるで深い水中の中でかすかに漏れた空気が上に昇っていく音のようだったが……まさかここが深海な訳はないので、正体は不明だ。


 クソッ!

 結局考えたけど何も分からずじまいじゃねぇか!


 俺は今どんな状態で、これからどうなるのか誰か説明してくれーーー!!


「ぷくーーーっ!」


 心の中で叫ぶと、不意に無機質な声が響いた。


《ステータスを確認しますか?》


 うわぁあああ!!

 こ、今度はなんだ!?

 人の声……ていうか、AIみたいな人工的な声が脳内に響いてきたぞ!?


 びっくりして体を跳ねさせるが、あまり手足の感覚はなく、胴体が大きく跳ねた。

 そしてゆらゆらと暗い紺の闇に浮かぶ。


 不思議な感覚だったが、俺は目の前に現れたウィンドウ画面に目が釘付けになっていた。

 そのウィンドウ画面には、先ほど発された言葉と同じ内容の日本語が記載されている。


 俺は絶句した。

 なんだこのシステムは。

 なんだこの展開は。

 過去に暇潰しで読んでいたネット小説の記憶がフラッシュバックする。

 ドクンと心臓が高鳴った。


《ステータスを確認しますか?》


 黙っていたらもう一度声が聞こえてきた。


 こ、この質問に答えればいいのか?

 だが、生憎俺は声を発することができないんだが……心の中で答えれば反応するのだろうか?


 は、はい。

 確認します!


 目の前のウィンドウの表示が切り替わる。


 ――――――――――――――――――――

 名前:フグ(仮)

 種族:ノーマルパファー

 レベル:1

 HP:25/25

 MP:100/100


 物理攻撃力:100

 物理防御力:50

 魔法攻撃力:50

 魔法防御力:50

 敏捷性:10

 器用さ:50

 スタミナ:50


 スキル:なし

 スキルポイント:200


 称号:転生者、フグの加護

 ――――――――――――――――――――


「……………………」


 俺は表示された内容に絶句した。

 な、名前が『フグ(仮)』だと……!?

 それに種族もノーマルパファー。

 パファーってたしか、フグって意味だったよな……?


 サァー、と血の気が引いていく。


 つまり自分は種族も肉体もすでに人間ではなくなっているということ。

 これは俗に言う、異世界転生ってやつか!?

 じゃあ何に転生したのか?

 肝心なのはそこだ。


 もう一度、ステータス画面を凝視する。

 穴が空くほど文面を睨みつけた。


 そして上を見上げると同時に、吠える。


「ぷくぷくぷくーーー!!?」


 ――――俺、フグに転生したってことぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?


面白そう! 続きが気になる! フグ可愛い!! と思われた方は、

ぜひぜひ★★★★★評価とブックマークお願いいたします!!


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