8.ミームンパパのほんわか談義
ミームン谷に流れる川で釣った魚やふもとで採った山菜、畑の野菜のミームン料理を食した後、大広間に移り、演芸会が行われた。ミームン一家によるⅩ県の民謡と日本語に訳されたフィンランド民謡の歌唱から始まった。一礼すると幕が下りた。観客が拍手をした。
再び幕が上がると、舞台には丸テーブルと横に椅子が用意されており、ミームンパパがくつろいだ感じで座っていた。ミームンパパは火の点いていないパイプを口から離し、身体を客席の方に捩じり、ゆったりとした口調で話し始めた。
「やぁ、皆さんこんにちわ」
どうやらピンマイクをつけているらしい。大声は出していないがはっきりと聞こえる。
「ミームン谷の散歩はいかがでしたか?」
「良かったで~す」
「今日は折角ミームン谷に来ていただいたのでほんわか生活について少しばかり聞いてもらいたい」
パパはゆっくりと会場を見渡し、やさしく微笑んだ。
「『ほんわか』とは一体何だろうね?何も起こらないこと?何も考えないこと?いやいや、そうじゃないとボクは思うんだ。人生には、嵐の日もあれば、凍えるような冬の日もある。困ったことや、ちょっぴり悲しい出来事だって、必ずやってくる」
「でもね、そんな時こそ『ほんわか』の出番なんだと思うよ。どんな嵐の中でも、心の奥底に小さな暖かい火を灯し続けること。そしてその火が、いつか必ず、又新しい芽を吹く季節を連れてきてくれると信じることだと思うんだ」
パパはパイプを置き、腕を組み、遠くを見つめるように語る。
「考えてもごらん。毎日は特別な冒険の中で暮らしているわけじゃない。日が
昇ることに安堵して、感謝して、川の流れを見て安らぎを感じる。木々や草花が季節の変わりを歌い、虫や蝶たちが戯れている。そして友達が訪ねてくる。そんな当たり前の小さなことに、どれほどの喜びが隠されているか、気付くことなんだ」
「例えば、スズメの啼く声を聴きながら、コーヒーの香りを嗅いでいる。遠くで子供の笑い声がしている。そんな何気ない瞬間にこそ、『ほんわか』があるのじゃないだろうか」
パパは観客をゆっくりと見渡した。
「そしてね、『ほんわか』は自分一人で抱え込んでいるものじゃない。隣にいる誰かと分かち合うものなんだ。ボクはいつも思うんだ。人生は完成された物語じゃないんだ。たくさんの未完成な章が有って、時には間違った道を歩むこともある。でもそれで良いんだ。完璧じゃなくたって、温かい心が有れば、どんな物語だって『ほんわか』に満ちた、素晴らしいものになるとボクは信じているよ」
少しトーンを変えて締めくくる。
「ここにはテレビもラジオも有りません。この後、しばらく演芸を楽しんでもらいます。でも今話した『ほんわか』のこと忘れないでね。そして持ち帰り、周りの人たちに伝えて欲しいのです」
ライトが暗くなっていき、幕が下りる。拍手が起きる。