ジルガ新貨の紙幣:その手触り、重み、虚ろな輝き
群衆が握りしめ、振りかざし、時に破り捨てる「ジルガ新貨」。
その一枚一枚には、国が掲げた「信用」という理想が刻まれていたはずだった。
だが、今、その「信用」は、手の中でただの紙切れへと変わりつつあった。
紙幣の形状とデザイン
ジルガ新貨の紙幣は、前時代の粗末な木版刷りの紙幣とは一線を画し、王国史上初めて「多色印刷」と「特殊な透かし技術」が施されたものだった。
大きさはおおよそ 縦9センチ、横18センチ。手に取ると、わずかに長めで、旧紙幣よりも薄い。
表面には、ジルガルド王国の象徴たる双頭の金獅子が堂々と描かれ、その両側には金色の箔押しで王冠と剣の紋章が光を受けて鈍く輝く。
だが、よく見ると、その金箔は薄く、指で何度も擦ればすぐに剥げそうな粗悪さがあった。
肖像画として中央に描かれているのは、現国王レオニダス四世の威厳に満ちた横顔。
しかし、細部の彫りは荒く、輪郭の線はかすかに滲んでおり、印刷技術の未熟さを露呈していた。
紙質
その紙質は、羊皮紙に似た柔らかさを持たせた特殊な繊維入りの「新王国紙」を使用しており、指で軽く撫でると、わずかな凹凸が感じられる。
しかし、湿気に弱く、汗ばんだ手で握ればすぐにしわが寄り、角はすぐに折れ曲がった。
何度も触れた紙幣は、油染みのような手垢が広がり、薄い茶色の汚れが目立つ。
さらに、印刷のインクは完全には定着しておらず、雨に濡れた一枚は、にじんでしまい数字や模様が読み取れなくなることもあった。
裏面の意匠
裏面には、ジルガルド王国の大地を象徴する「大樹と山岳」の風景画が広がっている。
だが、その色調はくすんだ緑と茶色が主で、華やかさはなく、むしろ薄汚れた地図のような印象を与えてしまう。
加えて、隅には「金銀との等価交換保証」の文言が小さく印字されており、その字体は癖の強い筆記体で、市民の中には「読めない」と不満を漏らす者も多かった。
匂い
新貨を束で抱えた時、鼻を近づけると、微かに薬品と金属のような匂いが混じる独特の香りがした。
印刷時に使われた防偽インクの名残だが、鼻を突くその匂いは不快感を与え、民衆の間では「これは呪われた金だ」という迷信めいた噂まで囁かれていた。
新貨を持つ者たちの手の感触
「これが俺たちの命綱だ。」
そう言って握りしめた新貨は、確かに重みを感じた。だがその重みは「希望」の重さではなく、「不安」の重さだった。
指先で折り目をつけると、ざらつきがあり、パリパリと乾いた音を立てて折れる。
汗で滲むと、柔らかくへたれ、紙幣同士がくっつき、破けやすくなる。
そして、何より――手の中に残るのは、しっとりとした不安と、紙に染み込んだ汗と油のぬめりだった。
市民たちは、その紙幣に「価値」を見出そうと必死だった。だが、その触感、におい、質感、すべてが「危うさ」を物語っていた。
それはまるで、国そのものの儚さを象徴しているかのようだった。