絶望の行列、血眼の民
新たな通貨「ジルガ新貨」の発行から一週間後。
当初は希望に満ちた声があがった。商人たちは「これで取引が安定するならば」と条件付きで受け入れ、国王の布告も発表された。
「新貨は金銀と等価で交換可能」
「金貨一枚=新貨1000枚、銀貨一枚=新貨100枚」
「交換期日は月末まで」
だが――。
「金貨をよこせ!」
「私の新貨は何の価値もないのか!?」
「約束が違うだろう、金融大臣!」
王都中央銀行の前には、血走った目をした市民たちの長蛇の列が、日の出前から続いていた。
銀行のドアを叩く拳が鈍い音を響かせ、衛兵が必死に制止するも、怒号と罵声は止まない。
地面に倒れた老人が震える手で新貨を握りしめ、泣きながら叫んでいた。
「頼む!孫の薬代が必要なんだ!金貨に替えてくれえええ!」
銀行の窓口の奥、係官たちは顔を青ざめさせ、帳簿を睨む。
「金の在庫はもう、ほとんどない…!どうする、カルム局長!」
「新貨の交換申請は、昨日の時点で在庫の十倍以上だ!これ以上は――」
「黙れ!銀行は国の信用の砦だ!ここで止めたら、終わりだぞ!」
だが、その「信用」を裏付ける肝心の金銀は、最初から不足していた。
俺が提案した金本位制は、国庫に残っていたわずかな金銀を基盤にした「見せかけの信用」だったのだ。
「…時間がない。どうする、どうすればいい…」
俺は額から冷や汗を流し、窓の外で新貨の束を振りかざし、絶叫する群衆を見つめていた。
「あと三日で交換期日が来る。人々は金銀に替えられないと分かれば、新貨の信用は瓦解する。」
事実、既に市場には暗い噂が飛び交い始めていた。
「新貨は偽物だ」「国は国民を騙している」「交換なんてできない」
商人たちは新貨での取引を拒み、代わりに塩や穀物を直接の物々交換で取引し始めていた。
再び、国の中で「信用」という名の土台が崩れかけていた。
「これが…これが信用の重みか。」
声が震える。
貨幣の信用が一度崩れれば、国全体が崩壊する。それを防ぐための「金本位制」だったはずが、その足場となる金銀自体が足りない。
俺はふらふらと机に崩れ落ちた。
「こんなはずじゃなかった…!」
紙幣が紙切れになる瞬間を、俺は今、目の前で見ているのだ。
だが、そのとき――。
カルムが血相を変えて駆け込んできた。
「閣下!大変です!市場で偽金貨が大量に出回っています!」
「なに…?」
「新貨の信用崩壊に乗じて、悪徳商人たちが偽金貨を作り、国民から新貨を巻き上げています!交換期日前の混乱に便乗して、金貨がさらに信用を失っています!」
最悪だ。
新貨の信用が崩れれば、金貨の信用も崩れる。信用不安の連鎖が、国全体を呑み込もうとしていた。
「くそっ……!」
俺は歯を食いしばり、机を叩いた。
「これが、"ハイパーインフレの国"の現実か……!」
民衆の怒号が、壁の外で獣の唸り声のように響いていた。