禁断の書類
それは、他の経済資料や法令集の中に紛れて、異質な気配を放っていた。
「……これは。」
羊皮紙の中央には、古い文字でこう記されていた。
「記憶降霊の儀」
我が身を捧げし者、古き世界の叡智を招来せん。
意識を壊し、己を捨て、力を得よ。
知識は力なり。
代償は魂なり。
ページの周囲には、見たこともない幾何学的な紋章が浮かび、微かに青白い光を宿していた。
それが、かつて「大臣」であった誰かが選んだ最後の手段であることを、
言葉にしなくても理解できた。
「……これが、俺をここに呼んだのか。」
指先が、無意識にその文字をなぞった。
すると、視界の奥で、記憶の残滓が閃く。
王国の財務を背負った男が、絶望の中でページに手を置き、呟き、詠唱し、
そして、自らに"異世界の知識"を流し込んだ――
その光景が、頭の奥でフラッシュバックした。
(そうか、俺は――)
(この"記憶降霊の儀"で、前世の知識を流し込まれたのか。)
全てが繋がった気がした。
あの時、目の前で荒れ狂う市場の混乱の中で、
自分が「誰なのか」を理解できなかった理由。
無理やり流し込まれた「経済学」「金融政策」「世界史」の知識。
それは、本来この世界には存在しない、異世界の知識だったのだ。
それでも、この部屋で
だが――知識はあっても、現実は動かなかった。
どれだけ帳簿を読み、資料を積み重ねても、
国家財政の穴は塞がらず、紙幣の価値は崩れ落ち、
人々の生活は日に日に苦しくなっていった。
机の上のランプが揺れる。
その光が、ページの端に滲む涙の跡を照らしていた。
「俺は…何をしてきた?」
無力感に胸が締めつけられ、床に散らばる書類の上に拳を置いた。
だが、微かな青白い光が、再び羊皮紙の紋章から漏れた。
それは、まるで言葉を持たぬ声で告げているかのようだった。
「お前が、選んだんだろう?」
「この国を変えたければ、立ち上がれ。」