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最終章:ただ一人の市民として

春の日差しが、城下の石畳を柔らかく照らしていた。

花屋の店先に色とりどりの花が咲き誇り、果物屋の籠には南国から届いた果実が並び、

子供たちが笑い声を上げながら、青白い光を放つEJ端末を手に、屋台の菓子を買っていた。


俺は、そっと市場の通りを歩いていた。

かつて、この通りを駆け回り、泣きながら腐ったパンを抱えていたあの少女が――

今、目の前で、立派に背筋を伸ばし、花屋の帳簿をつけている姿を見つけた。


「……。」

思わず、足を止めた。


少女――いや、立派な女性となった彼女は、俺に気づくと、驚き、目を見開いた。


「……大臣!」

駆け寄り、軽く息を弾ませながら、彼女は笑顔を見せた。

「お久しぶりです!覚えていますか?あの時、港の…!」


「…ああ。」

俺は微笑みを返した。

「覚えているよ。あの時は、紙幣を拾い集めていたな。」


彼女は顔を赤らめ、照れ笑いした。

「もうあんな時代には戻りたくありませんね。

こうしてお花を売って、お客さんが安心して買ってくれる…。

本当に、ありがたいことです。」


「そうだな。」

俺はそっと頷いた。


「…でも、大臣がいなければ、きっとこうはならなかった。」

彼女の目が真っ直ぐに俺を見つめた。


だが、俺は小さく笑い、頭を振った。

「もう、俺は大臣じゃない。」


「え?」


「DCSが広がり、信用が流れを作り、価値が人々の手に戻った今――

この国に『特権階級』は、もう必要ない。

俺も例外じゃない。ただの、一人の官僚に過ぎない。」


驚いたように目を丸くした彼女に、俺はそっと肩を叩いた。

「だから、これからは君たちが、この国を作っていくんだ。」


そう言い残し、俺は市場の片隅の屋台で、小さな袋に入った焼き栗を買った。

EJ端末を翳し、淡い青い光が「支払い完了」の符号を灯す。


「…これが、なんと幸せなことか。」

栗の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、

遠くで笑い声が、風に乗って響いてきた。


かつて、この国を覆っていた怒号も、悲鳴も、腐臭も、

もう、どこにもなかった。


「これでいい。」

胸の奥で、静かに思った。

「これが、俺が作りたかった国だ。」


立ち止まり、空を仰ぐ。

春の陽光が、穏やかに頬を照らしていた。


――終わり。


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