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変わりゆく街、変わらぬ願い

春の風が、城下の市場通りを吹き抜けていた。

薄曇りの空の下、俺はコートの襟を立て、静かに歩を進めた。


石畳の上に広がる喧騒と匂い。

新鮮な野菜の山、香ばしい焼き菓子の匂い、エルゼラの香辛料を詰めた麻袋、港から届いたばかりの干し魚の樽。

「これが…今の市場か。」

立ち止まり、目を細めた。


子供たちが走り回り、商人たちは笑顔で客を迎え、客たちは財布ではなくEJ端末を掲げ、

「確認できたぞ!信用証明もバッチリだ!」

「こっちは取引スコアに影響しないから、まとめ買いで!」

そう叫びながら、活気にあふれた声が通りを満たしていた。


俺はそっと、足元の石畳を見下ろした。

この石の上に、かつて――


あの日の市場

「紙幣を持っていても何も買えない」

「金貨の重みより、パン一切れの方が価値があった」

「人々の目が血走り、声を荒げ、怒鳴り、奪い合い、時には殴り合った」


あの頃、この市場は腐臭と罵声の渦だった。

野菜の屑が転がり、蠅が群がり、薄汚れた紙幣が風に舞い、

それを必死で拾い集める老人や、子供の手を引きながら泣きじゃくる母親の姿があった。

パン屋の前には長蛇の列ができ、

「今日の分は終わりだ!」と叫ぶ店主に、男が殴りかかり、

その隣で、引き倒された荷車から麦袋が転げ落ち、群衆がそれに殺到する。

――そんな地獄が、確かに、ここにあった。


今、見上げた空の下で

「変わったな…。」

思わず、独りごちた。

港から届いた積荷が、道を辿って市場へと流れ、

その流れの全てが、DCSの青白い光の下で記録され、保証され、

人々は「奪い合う」のではなく、「取引する」ことで得られる安心を手にしていた。


「信用があります。だから、これを買えます。」

「この支払い履歴があるので、次の取引もお願いします。」


そんな声が、あちこちから聞こえる。

小さなやり取りの中に、かつて失われた信頼が戻りつつあるのを感じた。


それでも、心の奥で

(…だが、これで本当に良いのか?)

ふと、胸の奥に沈む声が囁く。

この流れの裏側で、貴族の特権は徐々に解体され、

王の権威は「信用」という形で再編され、

市場の笑顔の下には、まだ見えない新たな格差の影があるのかもしれない。


「それでも、だ。」

俺は深く息を吸い、胸に刻む。

この市場を、もう二度と地獄には戻さない。

そのために、進むしかない。

たとえ道が曲がりくねり、間違いがあったとしても。


「変わり続けろ、国よ。

生き続けろ、この街よ。

そして――お前たちが、この時代を作れ。」


心の中で、まだ見ぬ未来の人々に、そっと呼びかけた。

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