表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/34

始動の時

アストリア港、夜明け前の薄明かりの下で、DCSの中央認証ノードが静かに稼働を始めた。

魔素の波が街の上空を淡く震わせ、港の荷積み場には初めて「分散信用証明」の旗が掲げられた。

その旗の下、商人たちがEJ端末を掲げ、労働者が荷を運び、役人が符文を刻む。

「…これが、始まりだ。」

俺は港の高台で、息を呑んだ。


DCS――分散型信用システムが、ついに正式稼働した。

王の勅命のもとで始まった国家プロジェクトは、今や港から内陸の市場、村々の交易所へと少しずつ広がり始めていた。


特権階級の解体、そして再配置

だがその裏で、かつての貴族たちの屋敷には、静かに瓦解の音が響いていた。


「荘園管理権限、港湾関税徴収権、地代徴収権…これらの特権はすべて廃止され、国家の信用管理局に移管される。」

布告が読み上げられた瞬間、王都の議事堂には怒号が渦巻いた。


「ふざけるな!代々我が家が管理してきた土地を奪うのか!」

「取引の記録を公開?それは我々の恥を晒せというのか!」


だが、完全な放逐ではなかった。

「お前たちの知識は、この国の資産だ。」

王は玉座から静かに告げた。

「交易、会計、法、歴史、外交――その知恵を、国のために使え。

お前たちには、新たな役割がある。」


貴族たちは抵抗したが、最終的には折れた。

荘園主は「土地税調整局」の専門官に、

交易貴族は「国際取引監理局」のアドバイザーに、

会計貴族は「信用評価局」の審査官に。

かつての特権階級は、知的労働の担い手として再配置された。


彼らは気づいていなかった。

「今は必要とされているが、やがてDCSの一般公開が進めば、

その専門知識すら、市民の手に解放される。」

特権が溶け、均され、知識さえも公共のものとなる未来が、確実に迫っている。

それはまだ遠い未来の話に見えたが、確かにそこにあった。


国家システムとして動き始める歯車

王都の「信用評価局」では、かつて伯爵家だった者が、若い商人の申請書に目を通し、

「これは正当な取引だ。信用スコアの更新を承認する。」

と判を押していた。

その隣では、元侯爵の老紳士が、税率の変更提案をめぐり、若い庶民の監査官と議論を交わしていた。


「法の精神とは何だ?お前は分かっていない!」

「ですが、信用の価値は一部の知識人だけのものではありません!」


かつてならあり得なかった光景が、そこにあった。

貴族の知識が、民の知恵と交わり、国家の仕組みの一部として組み込まれていく。

それは、痛みを伴いながらも、確実に未来へ繋がる変化だった。


遠い未来への約束

夜、俺は港の高台で、街を見下ろしていた。

EJ端末を掲げ、笑い合う商人たちの声。

「これで取引履歴は誰でも見られるんだろ?便利じゃないか!」

「誰も嘘をつけない。それが一番だ!」


だが、その足元で、かつての貴族たちはまだ「自分たちの居場所」を模索していた。

「このままでは終わらんぞ…。」

「いや、終わるんだ。この国は、信用が流れる国になる。

血筋ではなく、価値が物を言う時代になる。」


それは、まだ遠い約束だ。

だが確かに――その時代は、始まりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ