分散の理想と権力の現実
DCS――分散型信用システムの設計室。
魔法陣が光を放つ机の上で、サラの手が符号を書き換え、カルムが計算結果をノートに走り書きし、ギルベルトの部下たちが新しい帳簿管理端末を試作していた。
「個人識別符と取引データの結合は安定したか?」
「魔素波長の重複検知は8割まで精度向上…だが、まだ"なりすまし"のリスクは残る。」
「署名情報を分散検証するノードは各地の商会施設を利用しよう。だが…それには、貴族領地の資産も一部接収せねばならないな。」
この技術は、ただのシステムではない。
王国の「力の地図」を塗り替える武器だ。
その事実が、空気を張り詰めさせていた。
既得権益者たちとの暗闘
「…貴族どもが黙って受け入れるはずがない。」
カルムが苦い声で言った。
実際、王都の貴族街では、既に不穏な動きが広がっていた。
「DCS?そんなもの導入すれば、我らの荘園収益の流れが丸裸になるではないか!」
「取引記録を民に見られるなど、恥辱だ!」
「この国は王と貴族のものだ。庶民に信用を委ねるなど、愚の骨頂!」
だが、完全な対立では国が割れる。
俺たちは、王の意を受け、ギルベルトら商人勢力と共に、"落としどころ"を探る交渉を始めた。
「分散台帳のノード管理の一部を、貴族家に委託する。」
「取引情報の一部は"信用審査委員会"にのみ公開とし、一般公開の範囲を段階的に拡大する。」
「既存の荘園収益を、"地方信用基金"として再編し、貴族家にはその管理報酬を与える。」
特権を「完全に奪う」のではなく、「形を変えて、信用社会の新たな役割を担わせる」。
それが、王の戦略だった。
「古き権力を一掃するのではなく、飼いならし、新体制の歯車として再配置する。」
俺は心の中で、これが理想からの妥協であることを理解しながらも、
「必要な現実」だと飲み込むしかなかった。
特区での試用開始
そして、ついに――
DCSの実証実験特区が港湾都市アストリアで始まった。
「この街を、信用革命の試金石とする。」
王の勅命のもと、アストリアの商人ギルド、労働組合、農業組合、市民代表が一堂に会し、試用開始の宣言が行われた。
「全ての取引は、DCSで記録されます。」
「EJと連携し、紙幣・現金の流通は段階的に縮小します。」
「賄賂、裏取引、搾取の構造は、取引履歴が全て証拠として記録されるため、原則不可能になります。」
だが、現場は混乱の連続だった。
「なぜ俺の取引履歴が公開される!?これは監視じゃないのか!?」
「信用スコアが下がった!?あの客が未払いだからって俺まで巻き添えか!?」
「取引の透明化なんて言うが、誰が得をするんだ!?結局、王と商人が得をするんじゃないのか!?」
市場の喧騒は怒号に変わり、労働組合の一部は「信用スコアの不公平性」を訴え、商人たちは「新システムの手数料負担」に顔をしかめた。
その一方で、密かに息を潜めていた旧貴族派は、
「やはり、この国は滅びる。今こそ王を引きずり下ろす時だ。」
と不穏な策謀を練り始めていた。
主人公の胸中
夜のアストリア港。
俺は積荷の山の前で、苦々しい潮風を浴びながら空を仰いだ。
「…これが、理想への道のりか。」
理想は遠く、現実は荒れている。
だが、諦めればすべてが終わる。
「王も、商人も、貴族も、民も――
この国の全てを巻き込んで、変えていくしかない。」
そのために、俺たちは戦っている。
これは、信用のための革命だ。
「もう戻れない。進むしかない。」
そう言い聞かせ、俺は再びDCSの試験端末の前に立った。