知識の檻
自室――その扉を開けた瞬間、鼻腔を満たしたのは紙とインク、古い革の匂いだった。
石造りの壁に囲まれた空間は、ただの部屋というよりも、知識の迷宮だった。
積み重なる本の山。
背表紙には、**「国家財政論」「港湾税制史」「貨幣鋳造術」「高等算術」**といったタイトルが並び、
机の上には、破れた帳簿と、走り書きされたメモが散乱していた。
「インフレ率 年次比較」「金準備枯渇、要再評価」「交易収支 予測不能」
……文字と数字が交錯し、知恵の屍骸が積み上がったような光景だった。
床には無造作に積まれた古い報告書。
その隅には、薄汚れた食器、冷めた茶の跡、開きっぱなしの法令集、
そして、ぐしゃぐしゃに丸められた草稿がいくつも転がっていた。
(…こんなに学んでも、追いつけない。)
重い息を吐き、机に手を置くと、そこに残るインクの滲んだ跡が指に触れた。
誰よりも学び、誰よりも考えたはずなのに――
国は傾き、貨幣は紙屑となり、人々は飢え、怒り、泣いている。
「……無力だ。」
声にならない声が漏れた。
机の上の羊皮紙の束をめくる手が、思わず止まる。
その一枚――他のどの資料よりも古びた、灰色の羊皮紙に、奇妙な記号が刻まれている一枚が目に入った。