玉座の決断、王の賭け
王宮・玉座の間。
荘厳な石造りの壁に、古びたタペストリーが揺れ、王国の歴史と栄光を示す紋章が、薄暗い光に照らされていた。
だが、玉座に座る王の瞳には、かつての威厳とは異なる、深い陰影が宿っていた。
「この国は、もう限界だ。」
低く、絞り出すような声だった。
「王がすべてを決め、貴族が権益をむさぼり、民はその下で喘ぐ。
それが、"安定"の名で続けられてきた…だが、それはもう、終わりにしなければならない。」
臣下たちは息を呑み、大手商会の当主たちは視線を交わした。
その場にいたのは、
財務長官カルム、技術顧問サラ、そしてジルガルド最大の商会「シルヴァ・トレード」の長、ギルベルト・シルヴァ。
彼らは、この国の「新たな仕組み」を作るために密かに呼び寄せられたのだった。
勅命:国家プロジェクトとしての分散化
王の声が、重く、だがはっきりと響いた。
「分散型信用システム(DCS)を、国家の未来を担う基幹技術とする。
ただの実験ではなく、国家計画として推進せよ。
この国の信用を、一部の者の手にではなく、国民全ての手に委ねる。」
カルムが目を見開き、サラが眉をひそめ、ギルベルトは口元を歪めて笑みを浮かべた。
「大胆なお言葉だ、陛下。」
「だが――」
王は剣のような視線をギルベルトに向けた。
「この改革には、大きな障害が立ちはだかる。
貴族たちは、自らの特権を失うことを良しとせぬだろう。」
その声には、かすかな怒気がにじんでいた。
「ならば、古きものは壊さねばならぬ。
王家の血筋と貴族の権威、その幻想を打ち砕く。
そのために――お前たちの力が必要だ。」
王と商人の結託
ギルベルトは口元を舐め、低く笑った。
「貴族どもは、我々商人にとっても厄介な存在だ。
既得権にあぐらをかき、流通を牛耳り、利権で我々を縛る。
陛下が本気なら…我々は協力しよう。」
王は頷き、低い声で告げた。
「貴族の持つ荘園、交易路、港の管理権を一つずつ剥がし、商会と王命に移管せよ。」
「その過程で反発があれば、"信用の再審査"を行う。
賄賂、不正、横領、搾取の記録をDCSに晒し、"信用失墜"の名の下に排除する。」
カルムが息を呑んだ。
「それは――国家粛清だ。」
王は鋭い目を光らせ、玉座の肘掛けに手を置いた。
「これは戦だ。
だが、これをやらねば、国は滅ぶ。
私の名で勅命を出す。分散型信用システムの開発を急げ。
そして…古きものを、壊せ。」
主人公の決意と覚悟
夜、執務室に戻った俺は、灯火の下でカルムとサラ、そしてギルベルトと向かい合った。
「…王が動いた。
だがこれは、"国王の改革"ではない。
俺たちが作るのは、王を超える仕組みだ。
信用を、誰の手にも奪わせないシステムだ。」
サラがじっと俺を見つめ、低く言った。
「…あなたも分かっているでしょう?
これは、王政そのものの終わりを意味するのよ。」
「分かってる。」
俺は静かに、だが確かに言った。
「それでも…やるしかないんだ。」
ギルベルトは皮肉な笑みを浮かべ、杯を掲げた。
「ならば――この時代を飲み干そうじゃないか。」
外では、夜の港に風が吹き、
まだ目覚めぬ民たちの頭上で、
古き王国の終焉と、新たな価値の時代の胎動が、静かにうねりを上げていた。