嵐の中の呼び出し
深夜、雨の音が執務室の窓を叩いていた。
分散型信用システム――DCS。
それは今、誰にも知られぬ地下の小部屋で、カルムとサラと共に細心の注意を払って進めている。
だが、気配を完全に消せるわけではない。
「そろそろ、嗅ぎつけられる頃だろうな……。」
嫌な予感が胸をかすめた、その翌朝だった。
「大臣殿、陛下より御前召喚の通達です。」
衛士の声が、背筋を凍らせた。
沈黙の間
謁見の間は、ひどく静かだった。
玉座の上、王はいつものように無表情で座り、重い冠を載せた頭を微動だにせず、
その眼光だけが鋭く、暗い深淵のように俺を射抜いていた。
「…聞いている。」
低い声が響く。
「分散型信用システム。DCS。
それが何を意味し、何を生むか――。
貴殿の口から説明せよ。」
声を出すのも苦しいほどの圧力の中で、
俺は震えながら、しかし一語一語、言葉を紡いだ。
「DCSは、中央集権を排し、全ての取引記録を分散型台帳に刻み、国民一人一人の手に"信用"を委ねるシステムです。
いかなる権力も、それを恣意的に操作できず、改竄できず、
民が互いに認め合う取引の積み重ねが、その人の信用を作る――
そういう仕組みです。」
王は何も言わず、ただ静かに聞いていた。
「…この国の統治は、王を中心に成り立つ。」
その言葉が、刃のように胸を刺す。
「…王の権威なくして、国家は成り立たない。」
貴族たちが頷き、玉座の階段の上で、不穏な空気が充満する。
俺は歯を食いしばった。
「…それでも、私は信じています。」
「信用を、国民の手に返さねば、この国は――また破滅します。」
「誰か一人が、すべての信用を握る世界では、必ず…信用が、力に飲み込まれます。」
最後の言葉を吐き出したとき、足元が崩れ落ちるような感覚があった。
(終わったな…。)
そう覚悟した。
だが――
王は、何も言わなかった。
ただ静かに、俺をじっと見つめ、手を軽く振った。
「…下がれ。」
その言葉だけが響いた。
処分も、賞賛も、何もなかった。
ただ、沈黙がその場を支配していた。
処分を覚悟して
執務室に戻った俺は、椅子に座り込むと、息を荒くしながら机に顔を伏せた。
「終わった…。これで、俺は終わりだ。」
カルムとサラも青ざめ、誰も言葉を発せず、
外の雨音だけが、無情に響いていた。
勅命
数日後――
雨が止み、薄い陽光が差し込んだ朝。
一通の勅書が、王宮から届けられた。
王国勅命
「分散型信用システム(DCS)の開発を正式に認め、これを新たな国の基幹技術とするべし。
ただし、システムの設計および管理方針は、必ず王の承認を経ること。」
手が震えた。
「…認めた…?まさか…。」
カルムが呆然と呟く。
サラは目を細め、深い息を吐いた。
「王は…利用するつもりだ。」
そうだろう。
だが、それでも、道は閉ざされなかった。
「このシステムを生かすも殺すも…俺たち次第だ。」
俺は拳を握りしめた。
「やるしかない。王の意志を超えて、本当の信用の在り方を作り出す。」
「これは、もう俺たちの戦いじゃない。この国全ての未来の戦いだ。」
窓の外、街路の人々が行き交う。
その誰もが、自分の信用を、力を、命を、守る権利を持つ未来のために――
俺たちは、戦わねばならなかった。