報告書の闇
深夜の執務室。
机の上に、厚い紙の束が無造作に積まれていた。
それはカリスタ王国からの極秘報告書。
EJシステムを試験導入した国家の一つで、かつて「信用の光」を求めていた国だ。
薄暗いランプの光の下、俺は報告書の表紙をめくった。
そこには、冷たい文字が無感情に並んでいた。
カリスタ王国「信用台帳」管理運用状況報告(第七次)
・全市民の取引履歴は中央記録院にてリアルタイムで監視
・商業活動、寄付、賃金支払、税納付、医療受診、教育履歴の全データは国王直属の監査局に即時送信
・「不敬発言」や「反政府行為」の傾向を示す取引パターンの検出アルゴリズムを導入
・検出結果に基づき、市民口座の一時凍結措置、および「信用回復指導プログラム」の参加を義務化
・凍結対象者:過去三ヶ月で2,416名
・「信用低下」により賃金支払の遅延・公共施設利用の制限を受けた市民:約8,000名
・市民からの苦情、抗議の声:累計12,451件(回答済み:0件)
…その他、詳細は添付参照。
ページをめくるたび、紙が手の中で重く感じられた。
目に飛び込むのは、数字ではなく、数字の裏に潜む息苦しい生活の匂いだった。
ある主婦が、子供の薬を買おうとしたが、口座が「信用不良」で凍結され、
夫に頼ろうとしたが、その夫も「政府非協力的」とみなされていたため、家族で「信用再教育」を受けさせられたという記録。
ある若者が、友人との食事代をEJで支払った際、その友人が「信用低下リスト」に載っていたため、連座して信用スコアが低下し、
その結果、就職内定を取り消された、という記録。
「これは……!」
声が震えた。
ページの端に添えられた、薄い紙片。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
『信用』が人を支えるはずだったのに、
今や『信用』が人を縛り、壊している。
どうして、こんなことに……。
俺は椅子の背もたれに倒れ込み、天井を見上げた。
喉が、からからに渇いていた。
「これは、俺が作ったシステムの…成れの果てなのか。」
手のひらで顔を覆うと、心臓が痛いほど脈打っているのを感じた。
「信用を守るための技術が、監視と弾圧の道具にされた。」
「王が、"信用の支配者"になったとき、国は…こうなるのか。」
息が詰まる。
吐き出した言葉は、震えた。
「…俺は、何を作ってしまったんだ。」
ページの隅に、ある言葉が血のように滲んで見えた。
「信用の名の下に、誰が誰を縛るのか。」
その問いが、胸を刺した。
俺は報告書を握りしめ、ぐしゃりと音を立てた。
だが、潰れるのは紙だけで、押し潰されるのは自分の心だった。
「信用の名を、権力に奪われてはいけない。」
「もう、王の手の中に…これ以上、何も握らせてはならない。」
重く、苦しい決意が、胸の奥に沈殿した。